6.「首輪」
既にお昼を過ぎ、傾き始めた陽光がほのかに暖かく黒木家の庭を照らしている。
けれども、まだまだ季節は冬。太陽の光を浴びても肌寒さは誤魔化せない。
僕と美遊は、ロープできつく縛り上げたリサを、そんな庭の一角へ放り出していた。傍から見たら完璧に犯罪の現場と間違われることだろう。
リサの両足は、あぐらというか座禅のような形で縛ってあるので、這って進むことも出来ない。
両手にいたっては、忍者の印というか両手で作った指鉄砲というか、そんな形で縛り上げて人差し指の先がリサ自身の顎の下にくっつくように固定してある。リサの魔法は人差し指の先から出るらしいから、これで迂闊に魔法は使えない訳だ。
「……アタシとしたことが、不覚だったわ。まさか足が痺れてたなんて」
リサは既に目を覚ましていたけれども、文字通り手も足も出ない自分の状況に気付くと、自嘲するようにそんな言葉を漏らし始めた。
まあ、確かにあんなギャグみたいな結末が待っているだなんて、僕にも予想外ではあった。
けれども、実はリサがすっ転んだのは、彼女自身の落ち度ではなかったのだ。というのも――。
「あら、リサちゃんまだ気付かないんですか?」
「へ?」
「私が予め、呪いをかけておいたに決まってるじゃないですか。リサちゃんともあろう人が、まさかそれに全然気付かないなんて……意外です」
「え、ええええ!? い、いつの間に?」
――そう。リサがすっ転んだのは、彼女自身の落ち度ではなく、予めかけられていた美遊の呪術によるものだったらしい。
けれども、リサの言葉を信じるならば、美遊の呪術は「相手に触れるか、視界に収めて呪文を唱えるかしないと成立しない」はずなのだ。一体いつ、リサに呪いをかけたのだろうか?
「美遊、僕もそれが不思議なんだけど、一体いつ呪いをかけたんだい?」
「いつってもちろん、お風呂に入った時よ?」
『……えええっ!?』
美遊の何気ない種明かしに、僕とリサの驚きの声がハモる。
だって……それじゃあ美遊は、あの段階ではもうリサを警戒して呪いをかけていたことになる。あんなに仲良さそうにしていたのに。
「先程も言ったけど、リサちゃんに何か後ろめたい目的があることは、最初から分かっていたわ。でも、ウチの敷地内には、私やせーちゃんを害しようと考えている人間が入れないよう、『おまじない』をかけてあるの。それに引っかからなかったということは、リサちゃん自身は私やせーちゃんに危害を加えたい訳ではないということになるわ。
でも、リサちゃんの目的自体は分からなかったから、保険としてこんな呪いをかけておいたの。『私やせーちゃんに危害を加えようとしたら、即気絶するような目に遭う』って」
「――え、ちょっと待って。あの『不審人物避け』ってまだ続いてたの?」
どさくさに紛れて、とんでもないことを暴露した美遊に思わず問いかける。けれども、美遊は答える代わりにニッコリと僕に笑いかけて、またリサに向き直ってしまった。
……黒木家には僕の知らない「
「リサちゃん、あなた……まだ『首輪』を付けられているのね?」
「……そーよ。アタシはまだおつとめ中って訳。他の子達も一緒。だから逃げられない。心底むかつくけど、『魔女連盟』の言いなりになるしかないのよ」
美遊の言葉に、リサは悔しそうな表情を浮かべながらうなだれる。
……今、「首輪」とかいう気になる言葉が出てきたけど、なんのことだろうか? どうやら、その「首輪」とやらがあるから、リサ達は「魔女連盟」の言う事を聞かざるを得ないようだけど。
「美遊、その『首輪』というのは、どんなものなんだい? やっぱり呪いとか魔法とか、そういうもの?」
「あ……。そう言えば、せーちゃんにはまだ話していなかったかしら。ええ、『首輪』というのは、攫われた子供達が『魔女連盟』に付けられた魔法的な
と言っても、例えば脱走を防ぐとか逆らうと凄い頭痛に襲われるとか、直接的なものではなく、もっと精神的な枷。……具体的にはね、両親やお祖父ちゃんお祖母ちゃん、兄弟や姉妹に関する記憶を奪われていたの」
「記憶を……奪う?」
まだ幼さの残る子供から、両親や祖父母、兄弟姉妹の記憶を奪う。とても残酷な行為だ。怒りが湧いてくる。
けれども、それが枷だとか首輪だとかに例えられるのは、いまいちピンと来ない。どういうことだろうか。
「しかもね、せーちゃん。奪われるのは記憶だけだったの。『家族がいたこと』や『家族が大好きだったこと』という気持ちだけは、そのまま残されたの。そうすると、どうなると思う? 皆まだ、家族恋しい子供で……でも家族との思い出はぽっかり空洞になっていて、とてつもない寂しさや喪失感が襲ってくるのよ。『返して、家族との思い出を返して』と、そればかりを考えるようになるの。
『魔女連盟』は私達のその喪失感を利用して、言う事を聞かせようとしたのよ。『記憶を返してほしくば、自分達の為に働け』って……」
「ああ、だからさっき……」
先程、僕が「両親に会いたくないのか?」と言った時、リサは烈火の如き怒りを見せた。それはそうだろう。
今までの話から察するに、彼女やその仲間達はまだ「両親の記憶」を取り戻していないらしい。会いに行こうにも、両親がどこの誰なのかさえ分からないはずだ。
「あの、リサ……。知らなかったとはいえ、さっきはあんなこと言って、ごめん」
「……フン」
今更ながらリサに謝ったけれども、見事にそっぽを向かれてしまう。
リサは元々、僕に対して敵対心むき出しだったけど、どうやら完全に嫌われてしまったらしい。
「ねえ、美遊。お願いよ! アタシと一緒にあちらに戻って! アタシ達を助けてよ!」
「リサちゃん……ごめんなさいね? 私、あちらの世界には戻れないわ」
「っ!? どうして!?」
「せーちゃんにあんな情熱的に引き留められたら、もうどこへも行けないわ。ごめんなさいね、リサちゃん。私にとっては、せーちゃんが全てなの。自分自身よりも、お友達よりも」
先程は迷いを見せていた美遊は、今度はきっぱりとリサの懇願を拒絶していた。
……その理由が僕にあるというのは、またリサの怒りを買いそうなところだけど。
そのリサは、美遊の言葉にショックを受けたらしく、虚ろな目をしながら「どうしてよ……アタシ達よりそんなオッサンの方が大事なの? どうして……」等とブツブツと呟いている。気の毒だが、僕には慰めようもない。
「……さて、美遊。可哀想だけど、リサはこのまま鈴木さん達に保護してもらうのがいいと思うんだけど、どうだろう?」
「ええ、そうね。私もそう思うわ。『首輪』の外し方は分からないけど、せめてリサちゃんのご両親のことくらい調べてあげないと。ええと、鈴木さんには、お電話すればいいのかしら?」
「――いえ、必要ないですよ。美遊さん」
と、僕らの会話に割り込む声が庭に響いた。
驚いて声のした方――庭の入り口を見やると、なんとそこには鈴木さん本人がいた! 黒いトレンチコートに身を包んでいて、やけにダンディな立ち姿だった。
けれどもそんなことより、気になる点があった。
鈴木さんの後ろには、彼の部下だろうか、数人の男達が控えていた。全員ダークなスーツに身を包み、揃いのサングラスをかけているという一種異様な出で立ちだ。
――彼らの姿は、まるで宇宙人を捕まえに来た秘密組織みたいだった。
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