5.むき出しの敵意とエゴと
「あちらの世界へ戻る……だって?」
「ええ、そうよ。アタシは『魔女連盟』の命を受けて、美遊を連れ戻しに来たのよ!」
リサが再び、むき出しの敵意を僕にぶつけながら答える。
彼女の眼差しには、「邪魔をするな」という意志がありありと表れていた。
冗談じゃない。美遊を、せっかく戻ってきた家族を、また連れ去られてたまるものか!
僕も負けじと「美遊は渡さない」という意志をこめて、リサを睨みつける。
――けれども。
「……戦況はそんなに悪いの?」
当の美遊は、はっきりとした拒絶の言葉を口にせず、むしろ心配げな表情すら浮かべていた。
「悪いわ。元々ジリ貧だったけど、最近じゃ連戦連敗が当たり前。仲間もだいぶ減ってるわ」
「そう……」
リサの言葉に、美遊の表情が苦渋に満ちたそれに変化していく。
……恐らくは、向こうに残してきた仲間たちのことを思っているのだろう。自分だけが地球へ帰ってきたという、罪悪感もあるのかもしれない。
美遊は優しい子だ。
もし仲間たちが未だ救われず苦しんでいるのなら、今の平穏な生活を捨ててでも助けに行ってしまうかも知れない。
けれどそれは――。
「駄目だ。美遊は連れて行かせない」
「せーちゃん……?」
ゆっくりと、畳を踏みしめるように立ち上がり、リサを睨みつける。
本当の意味で美遊の意志を尊重するのならば、僕が口を挟むことではないのかもしれない。だから、これは僕のエゴなのだと思う。
でも、それでも……それでも、ここで退く訳にはいかなかった。
「リサ、美遊はどこへもやらないぞ」
「へぇ。美遊の
「ああ。戸籍上はともかく……美遊はまだ十六歳だ。未成年を保護者の許可なく連れ出すのは、誘拐だ。そして僕は美遊の保護者だ」
僕とリサとの睨み合いが続く。
美遊はその様子をオロオロしながら見つめているが、動く気配はない。彼女も自分の態度を決めかねている、ということだろう。
そのまま、お茶の間を壁時計の音だけが支配し、長い長い、永遠に続くかのような数秒が過ぎていき――。
「なるほど、分かったわ。じゃあ、腕尽くで」
先に口火を切ったのはリサの方だった。
彼女は座ったまま、先ほどと同じように天井を指すように人差し指を立てると、そこに雷光を
それを見て、血相を変えた美遊が立ち上がろうとするが――。
「おっと、美遊は動いたり喋ったりしないでね? アンタの呪術は相手に触れるか、視界に収めて呪文を唱えるかしないと成立しない。この距離ではアタシの魔術に勝てないわよ? 下手な動きを見せた瞬間に、セイジュウローを黒焦げにするわ。美遊も、気絶くらいはしてもらう」
リサの脅しに、その場で固まる。
中々どうして、リサは抜け目ない。お茶の間のちゃぶ台を利用して、いつの間にやら僕からも美遊からも飛びかかりにくい、絶妙な位置をキープしていた。
「ふふ、分かったみたいね。自分達が詰んでいることを。じゃあ、美遊。ゆっくりと立ち上がって、アタシと一定の距離を保ったまま外へ出るのよ」
「ま、待て!」
「あん? まだなにかあるの? セイジュウロー」
リサの言葉に従い、ゆるゆると立ち上がろうとする美遊の姿に焦りが募り、つい声をかけてしまったけど……策はない。
鈴木さんからはまだ返信すらないし、今日は来客予定もない。というか、来客があっても人質が増えるだけだ。
なにか……なにかないのか?
「……あ、そうだ! リサ、確か『異世界』と地球とでは時間の流れにズレがあるって聞いたぞ。しかもそのズレは一定じゃないとも。今から『異世界』へ戻っても、元いた時間に戻れるとは限らないんじゃないか?」
そう。鈴木さんから聞いた話では、地球と『異世界』との時間の流れにはズレがあり、最大で十倍近くも差が出てしまうことがあるはずだった。
が――。
「問題ないわ。アタシがこっちへ来たのが数日前。その程度なら誤差範囲内よ。それに、基本的にこっちの時間の方が速く流れるらしいじゃない? だったらむしろ好都合だし……そもそも、時間魔法の天才であるこのアタシがそんな凡ミスする訳ないでしょ?」
「時間魔法? なんだ、それ。凄いのか?」
「……時間魔法は時間魔法よ。アンタにいちいち説明してる暇はないわ! さ、行くわよ美遊!」
「時間魔法」という聞き慣れぬ言葉が出てきたので少しいじってみたが……それも大した効果はなかった。
「リサならば調子に乗って説明し始めてくれるかも知れない」等と一瞬考えてしまったが、それは彼女を侮り過ぎだったらしい。
――話題が途切れ、焦りが一気に僕を襲う。
何か、まだ何か話題があったはずだと、思考をフル回転させる。「しっかりしろ、僕! その場しのぎは得意技じゃないか!」と、自己卑下なのか叱咤なのかよく分からない言葉で、自分を奮いたたせる。
「……そうだ! リサ、このまま異世界へ戻ってしまうつもりかい? 例えば、君のご両親に一目会いたいとか、そういう想いは欠片もないのかい!?」
そうだ。むしろ先にこの話題を出すべきだった。
リサにだって、地球に残してきている生き別れの家族がいるはずなのだ。会いたい人たちがいるはずなのだ。
だったら――言い方は悪いけど――彼女の里心を利用すれば、あるいは。
しかし、僕のその考えは甘すぎた。激甘だった。
「アンタ、それギャグで言ってるの?」
リサが、今まで以上の憤怒の表情で僕を睨みつけていた。年頃の愛らしい少女とは思えぬ、鬼のような形相だ。
「アタシが……アタシ達が何の為に戦って……、何の為に美遊をあの地獄へ連れ戻すのか、分かって言ってんの!?」
――バリリッ! と、指先の雷光がリサの感情とシンクロするように音を立てて膨れ上がる。
どうやら僕は、リサの触れてはいけない感情に触れてしまったらしい。……両親の話は、彼女にとってタブーだったのか? 両親とは不仲だった……?
いや、今の言い回しだと、そういうことでもないようだけど……。
どちらにせよ、僕はリサの逆鱗に触れてしまった訳で。
リサは僕に向けて冷酷で可憐な悪魔の笑みを向けながら、
「決めたわ。殺す。電撃で焼いて、炎で焼いて、最後に氷漬けにしてやるわ。さあ、覚悟しなさ――きゃっ!?」
――足が痺れていたらしく、畳の上で滑るようにすっ転ぶと、そのままちゃぶ台へと頭から突っ込んだ。
「バキィ!」という派手で致命的な音がお茶の間に響く。
……リサはそのまま、ちゃぶ台に突っ伏すようにしたまま、動かなくなってしまった。
……死んだ、かな? ああいや、僅かに背中が上下してるから、生きてはいるらしい。
なお、彼女の人差し指に漲っていた雷光は、リサが足を滑らせた時点で霧散していた。どうやら、集中を切らすと消えてしまうようだ。
「……えーと。美遊、これ、どうしようか?」
「とりあえず縛り上げちゃいましょう? あ、リサちゃんの魔法は人差し指から出るから、オイタしないように工夫して縛らないと。えーと、丈夫なロープは確か物置に――」
サディスティックな笑みを浮かべながら物置へロープを取りに行く美遊。
その姿に、僕の中に少しだけリサへの同情心が湧いてくるのだった。
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