4.『黒の女王』(下)

 月の明るい夜だったわ。

 あちらの世界には月が四つあってね。そのどれもが満月になった、美しくも怪しい夜だった。アタシ達は、その月明かりを避けるように、深い森の中を進んでいたの。


 その夜、アタシの部隊は敵に奪われた砦を奇襲する為に、本隊から離れて少数精鋭で動いていた。

 本隊が囮として正面から敵と戦っている間に、アタシ達が砦に乗り込んで制圧し奪還するって手はずだった。

 けど、実際には逆だったのよ。そもそも、最大戦力の美遊がアタシ達とは別行動って時点で気付くべきだったんだろうけど……。


 深い森を抜けたアタシ達を待ち構えていたのは、敵の主力部隊。囮にされたのは、アタシ達の方だったのよ。

 必死に応戦しながら森へ逃げ込んだわ。でも、こちらは十人程度。あちらは有象無象の怪物たちが何百体もワラワラしていて……とてもじゃないけど、逃げ切れなかった。

 一人がやられ、二人がやられ……仲間はどんどんと減っていったわ。


 アタシ達が戦っていた敵がどんな連中か、セイジュウローは聞いてる?

 あいつらはね、月明かりに照らされてもなお黒い、沢山の触手や棘や歯を持った、魚介類の出来損ないみたいな姿をした、気持ちの悪い連中なのよ。

 言葉は一切通じなかったわね。魔女連盟はあいつらのことを「異邦人エイリアン」と呼んでいたけど……詳しいことはアタシ達も全く知らないの。


 槍使いの黒子は、てらてらとヌメった触手に捕らわれて、悲鳴を上げる間もなく連中に食われたわ。

 アタシと同じ魔術師だった公子は、ウニの化け物みたいな奴の棘に全身を貫かれて、苦しみながら死んだわ。

 助ける余裕なんて無かった。足を止めた瞬間に、自分も殺されるって分かっていたから。


 ――そして森の反対側に辿り着いた時、アタシ達の部隊は半分になっていた。

 もう全員体力の限界。魔法を使う気力も残っていない。

 森の中からは「異邦人」達がジリジリと追いすがってくる気配があったけど、もうアタシ達は一歩も動けなくなってた。誰もが死を覚悟したわ。


 でも、その時。救世主が現れたの!


『遅くなってごめんなさい』


 月明かりを背にアタシ達の前に現れたのは、そう、美遊よ!

 美遊はアタシ達が囮にされたことを知って、急いで助けに駆けつけてくれたの。

 そして、アタシ達を抱きしめると、呪文を唱えて……気付けば、森の中にいたはずの「異邦人」達はいなくなっていたわ。何百といた連中が、全部。


 アタシ達は呆気にとられたまま、美遊に尋ねたわ。『一体何をしたのか?』って。

 そうしたら美遊は、とっても冷たくて綺麗な笑顔を浮かべながら、こう答えたの!


『ええ、とても単純な呪術なのだけれど……リサちゃん達を陥れた人たちに、リサちゃん達が辿るはずだった運命を押し付けてあげました。「異邦人」達が向かったのは、きっとその人たちの所でしょうね』


 ――後で聞いた話だけど、本隊が砦を奪還した直後くらいに、「異邦人」の群れが突っ込んできたらしいわ。アタシ達を追っていた連中ね。

 もちろん、奪還したばかりとはいえ砦は既に防備を固めていたわ。だから、味方に殆ど損害は出なかったの。

 ほんの数人を除いてね。


 ここまで言えば分かるでしょう?

 そう、アタシ達をハメた連中だけが、「異邦人」の餌食になっていたのよ。ざまあみろだわ――。


   ***


「味方は全力で守ろうとするけど、敵対しようとする連中には容赦しない――冷静に、冷酷に呪術で反撃してきっちりケリを付けてみせる。美遊が『黒の女王』と呼ばれた所以ゆえんよ」


 語り終えると、リサはその大きな胸を張りながらこれ以上無いくらいのドヤ顔をしてみせた。

 一方、僕はと言えば……リサの話をどう受け止めていいのか分からず、戸惑いがちに「なるほど」と返すので精一杯だった。

 だって、リサの話を信じるならば、美遊はあちらの世界で――。


 美遊の方をチラリと見やる。

 彼女は硬い表情でうつむくだけで、先ほどから一言も喋ろうとしていない。こちらと目を合わそうともしない。


「リサ。その……あちらの世界では、仲間同士の揉め事は日常茶飯事だったのかい?」

「流石にいつもってわけじゃないけど、まあそういう連中もいたわね。戦果を上げれば、それだけ食事も良くなるし期間も短くなるから、他人を陥れて自分だけ手柄をあげようって奴は少なくなかったわ。

 背中から刺されないか、ヒヤヒヤする部分はあるわね」

「つまりそれって、人間同士で――」

「――リサちゃん。思い出話はもうそこまでにしましょう? そろそろ本題に入りたいのだけれど」


 言いかけた僕の言葉を、美遊のあまりにも冷たすぎる声音が遮った。

 そこには強い拒絶の色が――「この話はおしまい」という意志が強く感じられる。

 そんな美遊の様子に何か察するものがあったのか、リサは一転して表情を引き締めると、「本題」――つまり「リサが美遊を訪ねてきた理由」について、ようやく口を開き始めた。


「ああ……そうだったわね。じゃあ、単刀直入タントーチョクニューに言うけど」


 そこでリサは一呼吸溜めて――とんでもないことを言い出した。


「美遊、アタシと一緒に!」

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