3.『黒の女王』(上)

「本当にすみませんでしたぁ!」


 お茶の間の畳に額をこすりつけるように土下座しながら、平謝りに謝る僕。

 目の前には、放心状態からやっと回復し、憤怒のような形相になったリサと――満面の笑みを浮かべているけれども、ドス黒いオーラを放つ美遊の二人がいる。

 もちろん、二人とも服はきちんと着ている。リサは美遊から借りた、ピンクのトレーナー姿だ。


「ゼゼゼゼ絶対に許さないんだから! あ、アタシの汚れないハ、ハダカを見ておいて、土下座くらいで許すわけないでしょ! 黒焦げにしてやるわ!」


 言いながら、天を指すように立てたリサの人差し指には、バチバチと目に見えるほどの電光が集まっている。明らかに自然の静電気というレベルじゃない。リサの指から放電しているように見える。

 ……「魔術師」というのは、本当らしい。


「リサちゃん。元はと言えば、私が止めるのも聞かずにドアを開けたリサちゃんも悪いんですよ? せーちゃんへのお仕置きはきちんと私がしておくから、家の中で電撃魔法は止めてくださいね?」

「――っ!? み、美遊のお仕置き……? わ、分かったわ、美遊に任せる」


 けれども、美遊の口にした「お仕置き」という言葉に、リサの形相が一瞬にして憤怒から恐怖のそれに変わり、指先に集まっていた電光もバチッと音を立てて消えてしまった。

 明らかに、美遊の「お仕置き」という言葉を恐れての反応だ。

 ……僕は一体、何をされてしまうのだろうか?


「せーちゃんも。さっき見たことは全部忘れてね?」

「え、あ……も、もちろんだとも!」


 美遊の「さっき見たこと」という言葉に、思わず脳内に焼き付いてしまったリサのあられもない姿が頭に浮かぶが、それを慌ててかき消す。

 凄いだったけれども、流石にリサのような小さな子の裸を見て喜ぶような趣味は、僕にはない。むしろいたたまれない気持ちにしかならないくらいだ。


の柔肌を見たのだから、ちゃんと反省してね?」

「え、十八歳? 誰が?」

「リサちゃんが」

「へぇ……」


 ――てっきり中学生くらいかと思っていたけれども、そうか、リサは十八歳なのか。

 そうかそうか。


「せーちゃん?」

「はい! 反省してます!」


 僕の心に少しだけ湧いた邪な心を見破るかのように、美遊が優しく微笑む。

 その笑顔を前に、僕は再び深く深く土下座するのだった――。



   ***


「さてと、そろそろ本題に入りましょうか? リサちゃん」


 僕が土下座から開放されて一段落してから、美遊がそう切り出した。

 「本題」とは、言うまでもなくリサが黒木家を訪れた、その理由についてだ。

 リサのボロボロの恰好からは、彼女が一度でも家に戻ったり、はたまた警察に保護されたりしたとは考えにくい。つまり、彼女は「異世界」から日本へ戻ったその足で、美遊に会いに来たことになる。


「ふふ、流石は美遊ね! 全てお見通しとは……『黒の女王』の名は伊達じゃないわね」


 けれども、リサの方もそれは承知の上だったらしい。

 「やっと聞いてくれたわね」とでも言いたげな不敵な笑みを浮かべながら……いや、待て。今、なんだかとっても「中二病」っぽい言葉が飛び出さなかったか?


「『黒の女王』って……?」

「せーちゃん、それは――」

「よくぞ聞いてくれたわねセイジュウロー! ええ、ええ聞かせてあげるわ! 美遊が――『黒の女王』がどれだけ凄いかってことを!」


 僕の問いに、あからさまに渋い顔を見せる美遊。

 けれどもリサは、それを完全に無視して、芝居がかった口調で「黒の女王」について語り始めてしまった――。



   ***


 あちらの世界に連れてこられたアタシ達は、戦う術を叩き込まれる為に、まず「学校」という施設へ入れられたわ。そこでは、それぞれの適正に従って組分けがされたの。


 運動神経が良い連中は、剣や槍を教える「赤の組」へ。

 目が良かったり手先が器用だったりした連中は、弓なんかの飛び道具の扱いを教える「青の組」へ。

 頭が良い子たちと……それ以外の子たちは「黒の組」へ。

 アタシと美遊は「黒の組」の同期だったわ。


 「黒の組」では、主に魔法を教え込まれたわ。

 と言っても、日本の学校みたいに懇切丁寧に教えてくれるわけじゃない。「見て、実際に体に受けて学べ」って、教師連中はアタシ達を魔法の標的にしたの。毎日毎日。

 もちろんある程度は手加減したみたいだけど、何人かの子はそこで命を落としたわ。可哀想にね。


 魔法はあちらの世界の力の象徴だけど、誰にでも覚えられるものじゃない。短時間で身に付くものでもない。

 だから、私達「黒の組」は戦場では足手まとい扱いだったの。力の強い「赤の組」の連中からは、それはもうひどい嫌がらせやいじめを受けたわ。

 ま、あいつらの殆どはすぐに死んじゃったんだけど。ざまあみろだわ。


 え? 「学校」行ってる間から戦わされてたのかって?

 当たり前じゃない。あの世界には、のんびり子供を育ててる余裕なんて無いのよ。

 魔女連盟――あの世界の支配者たちは、そんなに優しくないわ。


 天才魔術師のアタシも例外じゃなくてね。最初の一年は魔法もろくに扱えなくて、戦場では毎回死にかけるし、「学校」へ戻れば「赤の組」の連中にイジメられるしで、生きた心地がしなかったわ!

 ――でもね、そんな「黒の組」のアタシ達に救世主が現れたの。ええ、そうよ。美遊のことよ。


 美遊はね、アタシなんかの数倍は天才なのよ!

 あちらの世界でを、会得しちゃったんだから!

 美遊が、魔女連盟の中でも現役の使い手が少ない呪術を覚えちゃったものだから、「黒の組」全体の評価もウナギ登りだったわ。


 え? 呪術師はそんなに凄い存在なのかって? ……アンタ、美遊から本当に何も聞いてないのね。

 そりゃあ、凄いなんてものじゃないわよ。魔術師の魔法は精々、目の前の敵を燃やしたり凍らせたり出来る程度。戦力としては、剣士や弓兵とそんなに変わらないわ。

 でも、呪術師は


 呪術は目に見えないし、同じ呪術師以外には防ぎようもない。

 しかも、その効果範囲も半端ないわ。たった一人を狙って呪うことも出来れば、敵の大群をまとめて呪うことも出来る。

 その戦場に呪術師がいるかいないかで、戦いの結果は全く変わってくるのよ!


 だから、いつしかアタシ達は美遊のことを、尊敬を込めて「黒の女王」と呼ぶことにしたの。

 ただ単に凄い戦力だからってだけじゃないのよ? 戦場での美遊は、その振る舞いも「女王」にふさわしかったんだから!


 そう、あれはアタシの部隊が罠にハマって、絶体絶命のピンチに陥っていた時だったわ――。

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