2.彼女の名はリサ
「ングングッ! おいしい! 白くてふわふわなパンおいしい!! ングングングッ」
「もう、リサちゃんったら、落ち着いて食べてくださいね? 喉につまらせますよ?」
黒木家の食卓で、金髪碧眼の少女が一心不乱に食パンを貪り食っていた。
言わずもがな、先ほど行き倒れていたあの少女だ。どうやら美遊の知り合いらしく、名前は「リサ」と言うのだとか。
……美遊にとって「知り合い」と呼べる人間はごくごく限られている。僕たち家族を除けば、鈴木さん達警察関係の人間か、ユーキの関係者か。
それ以外の人間となると、それは必然――。
「ええと、美遊。リサ……さんは、『異世界』での君の知り合い、ということでいいのかな?」
「そうよ? リサちゃんはずっと同じチームで苦楽を共にしてきた仲間なの。すごい魔術師なのよ」
「魔術師、ね……」
美遊が「呪術師」で、リサは「魔術師」。
呪術は運命を捻じ曲げる魔法らしいけど、「魔術」というのはファンタジー的な炎を出したり雷を起こしたりするあれだろうか?
興味はあるが、聞いてもいいものやら。
その「魔術師」たるリサはと言えば――。
「甘ッ!? なにこれ!? あ、ハチミツか! あ~ん、ハチミツなんて何年ぶりに食べるかしら? おいしい~! ングングッ、ミルクも最高だわ!」
牛乳をお供に、食パンをひたすらに食べ続けている。余程お腹が空いていたのだろう。
美遊はその光景を微笑ましく眺めているけれども……僕は少々不安を覚えていた。
リサは先ほど「見つけた」と言っていた。どうやら、美遊のことを探してここまで辿り着いたらしい。美遊と同じ「異世界からの帰還者」なのだろうけど、何故美遊を探していたのだろうか?
恰好を見る限り、一度家族のもとへ戻ったようにも見えないけど。
「プッハ~! ごちそうさま! おいしかったわ! ……ええと、そこのアンタ……あ、ありがと?」
「……どういたしまして」
何故か疑問形でお礼を言ってきたリサに、一応の返事を返しておく。
どうも、彼女の方も僕のことを警戒しているように見える。先ほどは「男!」という、僕にはどうしようもないことで悲鳴をあげられてしまったが……男が怖いのだろうか?
そんな内心の疑問が表情に出てしまっていたのか、すかさず美遊がフォローを入れてくる。
「あのね、せーちゃん。『異世界』の人間はね、女の人ばかりだったの。だから私達は何年も大人の男の人と話していなくて……リサちゃんも、ちょっと人見知りしているだけだと思うわ」
「女の人ばかり……? 男はいないのかい?」
「ええ。あちらの世界の魔法使いは女の人ばかりだし、私達――拉致被害者も女の子しかいなかったわ」
それは初耳だった。
「異世界」について鈴木さんから多少の説明は受けていたけれども、その情報は知らされていない。
もっとも、僕の方から「異世界」について詳しく聞こうともしていないのだけれども。
「……さっきはみっともない所を見せたわね。久しぶりに男と話したから、ちょっと怖……びっくりしちゃったのよ。改めて自己紹介するわ! 私はリサ。美遊の親友にして天才魔術師よ! アンタは美遊のパパ? それともお兄ちゃん?」
「……従兄だよ。名前は黒木清十郎。よろしくリサさん」
「ふ~ん、セイジュウローね。ま、覚える気もないけど、よろしく。あと、あたしのことは呼び捨てで良いわよ。『リササン』なんて、語呂が悪いわ」
リサの口調はどこかツンケンしている。大人の男が苦手という以上に、僕に対して敵意に近いなんらかの感情を抱いているのがありありと分かる。
……改めて彼女の姿を観察する。
ふわふわの金髪と青い瞳。けれども顔立ちは日本人のそれだ。ややツリ気味の大きな目をしていて、どこか猫科の動物を連想させる。服装も顔もドロドロに汚れているけれども、美遊に負けず劣らずの美少女だ。
背丈は美遊よりも更に低い。歳も最初に考えていたより下かもしれない。
リサの方も僕のことをチラチラと気にしている。どうやら、かなり警戒しているらしい。
さて、どうしたものか。鈴木さん辺りに連絡した方が良いだろうか? 等と僕が思案していると、美遊が意外なことを言い出した。
「――さ、お食事も終わったことですし……リサちゃん、お風呂に入りましょうか?」
「へっ? お風呂?」
「ええ、お風呂。リサちゃん、服も身体もドロドロじゃないですか。あちらではそれでも良かったけど、日本では清潔にしないと駄目ですよ? ささ、もう沸かしてあるから、お風呂場へ行きましょう?」
「えっ? えっ?」
美遊は、戸惑うリサを半ば強引にお風呂場の方へと引っ張っていってしまった。
確かに、リサのドロドロの姿は僕も気になっていたけれども、いきなりお風呂と来たか。同じ女子として気になったのだろうか。
僕としては、美遊とリサを二人っきりにするのに少し不安があるのだけれども……仕方ない。まさかお風呂場に乗り込んだり、聞き耳を立てたりする訳にも行かない。
今の内に鈴木さんへ連絡しておこう――。
***
リビングで一人、鈴木さんへのメッセージを打つ。
すると――。
『あ、駄目ですよリサちゃん? きちんと体を洗わないと』
『わわわ、やめて~。あったかいのは苦手なのよ~。あ、そこは自分で洗うから!』
――等という、少女二人のくぐもった声が自然と聞こえてきた。
……黒木家は広いだけのボロ屋で、しかも食卓のあるリビングとお風呂場の距離がやけに近い。なので、意識していなくてもお風呂場の音が漏れ聞こえてきてしまうのだ。
「……なんとか余裕を作って、風呂場のリフォームだけでもしないと駄目かもな」
少女たちの入浴風景を盗み聞いてしまったような恥ずかしい気分になり、思わずそんな益体もないことをひとりごちる。
やはり、美遊のような年頃の少女と暮らしていく上では、プライバシーには気を遣わないといけないだろう。うん。
「よし。送信、と」
鈴木さんへのメッセージを打ち終わり、送信する。
時刻はまだ9時を過ぎたところ。あちらは始業してそんなに経っていないだろうし、すぐには返事は来ないだろう。
さて、それまでの間どうやってリサを警戒したものやら? 等と考えていると、お風呂場に動きがあった。
『あ、ちょっとリサちゃん! 駄目よ!』
美遊の慌てた声が響く。どうやら何事かあったらしい。
僕は反射的にリビングを飛び出し、脱衣所のドアを叩いた。
「美遊? 何かあったのか? 大丈夫か?」
『せーちゃん? 駄目よ、そこから離れて――』
ドアを隔てたくぐもった声で美遊が警告を発する。
――だが、その警告は少し遅かった。遅すぎた。何故ならば。
「もう汚れは落ちたから十分でしょう!? あたしは出るわよ!」
リサが怒声と共に、ガチャリと勢いよく、脱衣所のドアを開いた。
自然、僕の目の前にリサが現れた形になる――全裸で。
『あっ』
僕とリサの声が奇麗にハモり――そのままお互いにフリーズする。
咄嗟に目を背けることも忘れてしまったので、リサの小柄で折れそうなほどに細い肢体や、それとは不釣り合いに大きすぎる二つの膨らみや、彼女の金髪が
そのまま、永遠に続くかのような数秒が過ぎ――。
「……せーちゃんのえっち」
しっかりと体にバスタオルを巻いた美遊が現れ、リサを回れ右させて脱衣所のドアを閉めてからも、僕は動けずにいた。
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