5.とある回想

 ユーキが今のように男っぽい振る舞いをするようになったのは、中学生の頃からだ。


 元々は小柄で「小動物系メガネ美少女」だったユーキだけど、中学に上がってからグングンと背が伸びて、成長期の男子にも負けないくらいになった。

 顔立ちの方も可愛い系からカッコイイ系になっていき、それに伴ってか、段々と姉御肌な性格になっていったのだ。

 面倒見も良かったので、同性からそれはそれはモテたものだった。


 けれども、それを面白く思わない連中がいた。同学年の一部の男子と女子たちだ。

 彼らはつまらない嫉妬心から、ユーキのことを「男女」と呼んで連日からかうようになった。時には、ユーキの持ち物を隠したり、机に落書きしたりなど、小学生並みの幼稚な嫌がらせもしていたらしい。


 彼らは幼稚な割に狡猾で、僕を含むユーキと仲の良い人間の前では、嫌がらせをしないようにしていた。陰でコソコソと暗躍していたらしい。

 当のユーキも、騒ぎ立てるでもなく黙々と対処していたので、他の女子たちも途中まで気付かなかったくらいだ。


 けれどもある日、ついに「事件」が起きた。

 当時のユーキは、髪を長く伸ばしていた。とても綺麗な黒髪で、同性からとても羨まれていたものだ。

 その美しい髪に、誰かがガムを付けたのだ。長い髪の中ほどくらいに、汚らしいガムがベッタリと貼り付いてしまっていた。


 よほど狡猾な手を使ったのか、髪に付いたガムは、ユーキが気付く頃にはすっかり固くなっていた。

 今だったら、スマホで「髪に付いたガムの取り方」とでも検索すれば、良い方法も出てくるだろう。けれども、当時はまだインターネットも無い時代だ。

 女子たちはガムを綺麗に取る為の知識を持ち寄り、ああでもないこうでもないと相談し始め、僕を含む男子たちはその様子をオロオロと見守るような状況になった。

 ――その様子を、ユーキに嫌がらせをしていたグループがニヤニヤと眺めていた姿が、今も忘れられない。


 そんな、ざわついた教室の中で当のユーキは驚くべき行動に出た。


「ああ、いいよいいよ。こんなの


 言うやいなや、ユーキはハサミを取り出すと、ガムの付いている部分の髪をバッサリと切ってしまったのだ。

 背中まであった黒髪の一房を、うなじの辺りで、それはもう見事にバッサリと。

 途端、教室の喧騒はピタリと止んだ。嫌がらせグループの連中も、口をあんぐりと開けていたっけ。


 ――けれども、本当にクラスの全員が驚いたのは、その翌日のことだった。

 ユーキが、残った髪もバッサリと切っていたのだ。自慢のロングヘアは、ベリーショートへと変貌を遂げていた。


「どうだい? 似合うかい?」


 口調もそれまでより男っぽくなった、「姉御」というよりは「王子」とでも呼ぶのが似つかわしい、今のユーキが誕生した瞬間だった。

 クラスの女子達はユーキの変身ぶりにキャーキャー騒ぎ出すし、ユーキを敵視していた連中は苦虫を噛み潰したような顔を見せただけで、それ以降は彼女にちょっかいを出さなくなった。


 ユーキのベリーショートの髪型と男っぽい言動は、それ以来、今になっても続いている。

 「やってみたら何だかしっくり来た」とは、本人の談。元々、女の子らしい喋り方や恰好には違和感があったらしい。

 結果としてユーキも生き生きと出来るスタイルを身に付けられたので、結果オーライ……なのだけれども、彼女には一つだけ残念に思ったことがあったのだという。

 それは――。


「短い髪はとてもしっくり来るんだけど、切るのはちょっと勇気が要ったね。……美遊がさ、昔、私の髪を褒めてくれたことがあったからさ。ちょっとね」


 ユーキが髪の長く伸ばしていたのは、小さな頃に美遊が褒めてくれたからだった。

 天然の茶髪だった美遊にとって、ユーキの艷やかな黒髪は憧れだったのだとか。


 いつも強気で飄々としたユーキが、僕にだけポロッと漏らしたその本音。きっとあれは、彼女が漏らした数少ない弱音だったのだろう。

 ユーキは強い。でも、痛みを感じない訳じゃない。我慢しているだけなのだ。

 だからせめて僕は、彼女の味方で――「親友」であり続けようと思った。その思いは、今でも変わっていない。


 ***


『――だからね、清十郎。心配をかけてすまないけど、私は大丈夫だから』


 強がりや虚勢ではない、「絶対に負けてやらない」というユーキの強い言葉。

 彼女の意志を尊重するのならば――「親友」として対等に接するのならば、僕はこう答えるしかなかった。


『分かった、ユーキの意志を尊重する。でも、もし今度なにかあったら、きっと僕は容赦しないと思う。美遊だってそうだ。そのことはきちんと覚えておいてくれ』


 僕の言葉に、ユーキが『ラジャ(`・ω・´)ゞ』とだけ返してきて、その日の会話は終わった。

 ユーキが「戦う」と言っているんだ。なら僕は、それをきちんと見守ろう。

 そして彼女が助けを求めてきたその時は、全力で味方するのだ。


 その後、僕はユーキの言葉と、彼女の意志を尊重することを美遊にも伝えた。

 美遊は難色を示したけれども「せーちゃんがそう言うのなら……」と一応は納得してくれたようだった。


 ――けれども後日、僕はその認識が甘かったと思い知ることになる。

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