3.芸達者なあいつ

「で、なんでカウンセラー兼教育支援担当としてお前が来るんだよ?」


 ユーキの強襲から数分後。僕らは黒木家の応接間に集まっていた。

 応接間は、玄関から入ってすぐ横にある六畳ほどの部屋だ。大きめの明かり取りの窓、高そうな大理石のテーブル、レトロなデザインのソファー、壁には本物の暖炉から移設した立派な飾り棚マントルピースまである。亡き祖父の趣味の賜物だ。

 ……普段は殆ど来客も無いので、無用の長物になってるんだけど。


「なんでって……それは私だからだよ! ちなみに紅茶がいいな!」

「いや、答えになってないし……茶を出すとも言ってないし……」


 ユーキと話しているといつもこうだ。

 こちらの質問には中々答えてくれないのに、自分の要求はストレートに伝えてくる。自分勝手と言うか、究極のマイペースなのだ。

 まあ、こういうぐいぐい来る奴なので、僕のように周囲との間に壁を作りがちだった人間とも「友達」になれた訳なんだけど……。


「あ、お茶なら私が――」

「美遊、まだお茶っ葉やティーポットの場所も覚えてないだろう? いいよ、僕が淹れてくるから……悪いけど、その間この変態の話し相手になってくれ……」


 美遊とユーキを二人きりにするのはちょっと気が進まなかったけど、仕方ない。ユーキが客なことには変わりないのだから、お茶くらいは出さないと。

 一人キッチンへ向かうと、背後からは「でも、びっくりした! ユーキちゃん、昔はあんなに可愛らしかったのに……なんだか男の人みたいになってるんだもん」という美遊の声が聞こえてきた。


 ……確かに。小学生の頃のユーキは、どちらかと言うと可愛い系の女子だった。

 長い綺麗な黒髪が印象的で、ちょっと野暮ったい黒縁メガネの下に、くりくりとした大きな目を輝かせた小動物系女子だったのに……どうしてこうなった?


   ***


 ティーポットと三人分のカップをお盆に乗せて応接間へ戻ると、思わぬ光景が目に入った。

 美遊は頬を赤く染めながら俯き、ユーキは真剣な表情を浮かべながら僕を出迎えたのだ。

 ……なんだ? なにか問題でも起きたのか?


「ねぇ、清十郎……」

「な、なんだ?」


 ティーセット一式をテーブルに置きながら、ユーキと向き合う。

 彼女のこんな真剣な表情を見るのは、随分と久しぶりだ。いつ以来だろう? 一気に場の緊張感が高まり――。


「君――美遊が必死にアプローチしているのに、? こんなに可愛い美少女と一つ屋根の下で暮らしてて、ピクリとも心が動かないのかい? 大丈夫? EDでもこじらせた? いい病院紹介しようか?」

「……」


 ――緊張して損した。本当に損した。

 ああ、そう言えばこいつはこういう奴だった!


「……あのなぁ、ユーキ。それはあまりにも、美遊にも僕にも失礼な――」

「ああ、ちなみに私が派遣されたのは、小中学校教師とカウンセラーの資格持ちで、二人と知り合いでもあったからだよ? いやあ、職場に鈴木さんが尋ねてきて『貴女の同級生だった美遊さんが発見されました。ついてはカウンセリング諸々の担当をお願いしたいのですが』って言って来た時は、驚いたよ!」

「……っ」


 ――ここでさっきの質問に答えるか!

 ああもう、本当にこいつの相手をしていると疲れる!


「ユーキちゃん、学校の先生なの?」

「ううん。私の職場はお役所だよ? 普段は、色んな事情があって学校に通えない子の支援や、親御さんの相談窓口担当してる。ま、学校で先生やってたこともあるけど」


 ユーキは教育大学へ進学して、小学校と中学校、両方の教員資格を取得していた。

 それで、最初は小学校で働いていたんだけど、何年かして「カウンセラーの資格を取る」とか言い出して、大学に通い直したんだ。

 何気に凄い奴ではある。


「凄いわ、ユーキちゃん……あんなにお勉強苦手だったのに」

「うん、まあ……だからこそ最初は教師を目指したんだけどね。私みたいに勉強が苦手な子供の助けになりたくって……。あと、合法的に少女を愛でられるしね!」


 ……いや、本当にこういう所がなければ凄い奴なんだけど。


   ***


「さて、じゃあここからは真面目な話をしようか――あ、清十郎ももちろん同席してよね? 実質的な保護者なんだから」


 カバンから眼鏡と書類の束を取り出しながら、ユーキが切り出す。

 僕と美遊が静かに頷くと、ユーキは赤縁の眼鏡をかけて、表情を真剣なそれに切り替える。お仕事モードに入ったのだろう。

 ……普段は「イケメン」にしか見えないのに、眼鏡をかけて真剣な表情になると「美人」に見えるのだから、本当に不思議な奴だと思う。


「美遊、確認だけど……本当に学校へ通わなくてもいいのかい? 一応、近隣には小中学校へ通えなかった人の為の『夜間学校』なんてものもあるんだけど。色々な年代の、様々な事情を抱えている人達が通ってるから、美遊も色眼鏡で見られないで済むと思うよ?」

「ええ。学校に通う気はないわ。……出来るだけおうちにいたいの。でも、勉強もちゃんとするつもりよ?」


 やはり美遊は、学校へ通うつもりはないらしい。

 僕もこの一週間、やんわりと説得を試みたんだけど、無駄だった。何が彼女をそこまで頑なにさせるのか、僕は量りかねていた。


「出来るだけおうちにいたいと言っても、昼間は一人に……ならないか。良かったね清十郎、無職で。美遊に寂しい思いをさせずに済むね」

「……ほっとけ」


 ユーキは冗談めかして言ったけど、多分皮肉も入っていると思う。

 もし僕がまともに働いていたら、ユーキが言いかけたように、美遊は昼間一人で過ごすことになっていただろう。それを懸念材料として、昼間の学校へ通うよう説得する流れに出来ていたかもしれないのだ。


「ま、本人が行きたくないと言っているのを無理強いするのは、私の流儀じゃないしね。まずはオッケーということにしようか。となると、自宅学習をベースに考えることになるけど……まあ、こちらにはいくつか条件がある」

「条件? それは難しいもの?」

「難しいかどうかは美遊次第だね……。まず、最低でも週に一度は、私の所に学習状況の報告を兼ねた面談に来てもらいたい。これはいいかな?」


 ユーキの確認に、美遊が頷く。その表情は真剣そのものだ。


「オッケー、じゃあ次だ。その報告の際に、毎度簡単なテストを受けてもらいたいんだ。本人の自己申告だけじゃなくて、きちんと客観的指標で学習状況を確認したいからね。――で、このテストで芳しくない結果が続くようだったら……きちんと先生のいる学校へ通ってもらうことになるよ?」

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