4.その少女、呪術師につき

「美遊が、呼び寄せた……?」

「ええ。あの人たちは、私のの効果に引き寄せられてきたの」

「おまじない……?」


 美遊の言っていることが、よく分からない。

 「おまじない」でヤクザを呼び寄せた? なんだろう、小学生男子が押しボタン式信号のボタンを連打して「俺が連打したから信号が早く変わった!」とか主張する、例のアレみたいな「子供っぽい思い込み」だろうか?

 けれども美遊の次の言葉は、僕のそんなふざけた想像を吹き飛ばすものだった。


「……そうね。せーちゃんには、この機会にきちんと話しておくわね? 本当は黙っておきたかったんだけど……」


 ――黙っておきたかった、という言葉に察してしまう。これから美遊が話そうとしているのは、「異世界」でのことなのだ。


「美遊。辛い思い出なら、無理して話さなくても――」

「ううん、聞いて。たとえ黙っていても、五年間かけて私の身体に染みついた技術が消えるわけではないし……何より、きっと私はをまた使ってしまうわ。私にとっては、その位に馴染んでしまったものなの。

 ――だから、せーちゃんには私の力のことをよく知ってもらって、もし私が間違えそうになったら、叱ってほしいの」


 美遊の眼差しは真剣そのものだ。……その気持ちに応えない訳にはいかない。


「分かった、聞くよ」

「……ありがとう、せーちゃん。その……この話を聞いても、私を嫌いにならないでね?」

「美遊を嫌いになることなんてあるもんか」


 瞳を不安に潤ませた美遊の手を握りながら、思わずそんな臭い台詞を吐いてしまう……けれども、これは僕の偽らざる想いなのだ。

 虚飾やごまかしはいらない。僕は二度と美遊を失いたくない。後悔なんてしたくない。

 だからいつでも、出来るだけ正直な気持ちを伝えておきたかった。


「もう、もう! せーちゃんたら……。ンンッ! じゃあ、話すね? 分かりやすく言うとね? 私が『異世界』で身に着けた技術というのは、いわゆる『おまじない』……なの」

「呪術って、あの、人を呪うやつ?」

「そう。もっと正確に言うと、人や物の因果に介入して、良い出来事を招いたり、逆に不幸を招いたりする……魔術の一種。あちらの世界には、ゲームみたいに炎を出したり吹雪を起こしたりする魔法もあったんだけど、私にはそちらの才能がなくて……その代わりに呪術の才能があったみたいなの」


 美遊は、とても恥ずかしいことを告白するかのように、頬を染め俯きがちに語っている。

 ……まあ、確かに。「魔法使い」と「呪術使い」じゃ、受ける印象が全く違う。前者は何となく派手で明るい印象もあるけど、後者には闇しか感じない。


「えーと、じゃあさっきヤクザの人達を店に呼び込んだっていうのは?」

「うん。呪術の中にね? その人が良い行いをすれば良いことが、悪い行いをすれば悪いことが起きるようになる術があって……ええと、そういうのを日本語でなんて言ったかしら?」

「ああ、因果応報?」

「そう、因果応報。あちらの世界では、悪いことばかりしている人達に対する罰として、あの術をかけることが多かったの。だからさっきも……」


 なるほど。さっきのクレーマーの男に「因果応報」の呪いをかけたから、男の身に「悪いこと」が降りかかったってわけか。

 ――ん? でも、待てよ。


「あれ? あのクレーマー男の身に災難が降りかかるのは分かるんだけど、さっきの場合、ヤクザの人達にも呪術が作用してないか? 彼らの行動も、呪術に左右された結果ってことだよね?」

「……ええ、そうなの。呪術は因果に作用する――悪く言えば運命を捻じ曲げる技だから、無関係の他人を事態に巻き込んでしまうことも少なくないの。大きく因果を捻じ曲げようとすれば、それだけ多くの人達の運命も変えてしまうことになるわ。だから、あまり大それたことをしてはいけないの……」


 そう語ると、美遊は沈痛な表情を浮かべ俯いた。

 ……もしかすると、大きな呪術とやらを使って、沢山の人を巻き込んでしまった経験があるのかもしれない。


「誰かの幸運が誰かの不幸になることもあるし、その逆もある。ゼロを一には出来ないし、一をゼロにすることも出来ない。呪術は、誰かに何かを押し付けるものなの。恐ろしい力よ。……でも、私は私の大切な人の為なら、この力を迷わず使ってしまうわ。ずっとそうやって生き残ってきたから……」

「美遊……」


 なるほど。呪術というのは、誰かの幸運を奪ったり、はたまた不運を誰かに押し付けたりするのが基本、ということか。

 美遊が自分の力に恥じ入っている節があるのも、やむを得ないことかもしれない。

 けれども――。


「でも美遊。その呪術がもたらす結果って、人間が日々生きる中で、当たり前にやっていることにも通じる所があるんじゃないかな?」

「……えっ?」

「世の中、誰かの幸運が別の誰かの不幸になることなんて、珍しくないさ。それこそ、競争や勝負をしていれば、自然と勝者と敗者に分かれるし、順位だって付く。それは、当たり前の事だろう?」


 全てがそうだとは思わないけど……この世は、限られたパイの奪い合いで成り立っている部分がある。

 事の大小はあれど、幸運の奪い合いや不幸の押し付け合いなんて、日常茶飯事のはずだ。美遊の言う呪術とやらは、それを人間の営みの中の出来事ではなく、「おまじない」で行うという、ただの手段でしかないと思う。


「そう……かもしれないけど……」


 美遊は僕の言葉に半ば納得しつつも、やはり認められないらしい。呪術という力に、よほどのトラウマがあるのかもしれない。

 きっと、呪術への嫌悪は美遊の心の中の、大切な部分に直結しているのだろう。理屈じゃないのだ。だったら、僕に出来ることは――。


「美遊、少し僕の話を聞いてくれるかい?」


 僕の言葉に、美遊は表情を曇らせたままコクンと頷く。

 それを見届けてから、僕は静かに語り始めた――。

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