3.私が呼んだの

 「モリモリバーガー」は、日本発祥のハンバーガーチェーンだ。

 その売りは、「国内産の新鮮野菜と国産牛を使ったヘルシーなハンバーガー」。……そもそもハンバーガーがヘルシーなのか? という疑問はあれど、女性や健康志向の強い人たちに人気で、最大手の「メック」には遠く及ばないものの、常に業界上位の売り上げを誇っている。


 洒落た内装と落ち着いたBGMも「モリモリバーガー」の特徴だった。女性が一人でも入りやすい雰囲気があるので、女子高生やら女子大生にも人気があるのだけれども……。


「おうおう! 店長出せ言うとるだろ!」


 ――僕らが店内に入ると、最悪の雰囲気に出迎えられてしまった。

 レジの前で、「いかにも」といったガラの悪そうな中年男が、店員を怒鳴りつけていたのだ。


「ただ今店長は不在でして……申し訳ございませんが、私の方で対応させていただけないかと――」

「お前らの都合なんぞ知らんのじゃ! いないなら呼べば済む話じゃろが!」


 ベテランらしき年かさの女性店員が対応しようとしていたけれど、男の方は激昂するばかりで、会話が全く成立していない。

 その後も何やらまくしたて続けているけど……どうやら、テイクアウトしようとしたら注文と違うものを出されて、それで怒っているらしかった。店側はすぐに注文通りの物を出したみたいだけど、それでも怒りがおさまっていないらしい。


「……美遊。取り込み中みたいだから、一旦出よう」

「えっ……? せーちゃん、店員さんを助けてあげないの?」


 僕の言葉に、美遊が不思議そうに首を傾げる。

 ……ああ、そうか。美遊の知っている小学生の時の僕は、困っている人やトラブルを見かけると、考えなしに関わろうとする、よく言えばお人好し、悪く言えば無鉄砲な子供だったな、等と思い出す。

 美遊の感覚からすれば、当然僕が店員に助け舟を出すと思っていたのだろう。


「……美遊。あの手のトラブルは、下手に第三者が絡むとかえってお店の迷惑になる事が多いんだ。お店にはこういう時のマニュアルがあって、その通りに対応してる。割って入ったら、それを邪魔することにもなる。――もちろん、あの男が暴力に訴えようとしたら止めに入るなり、警察に通報するなりしないといけないけど」

「でも、せーちゃん。あの男の人、店長さんが来るまであの場を動かなそうよ?」


 美遊の言う通り、男は落ち着くどころかますます興奮し、店員に罵詈雑言を浴びせている。

 周囲の客は居心地悪そうにしていて、既に何人かは店の外へと退避してしまっている。非常に良くない状況だ。

 とは言え、先程も言った通り、僕が中途半端に仲裁に入っても、余計に話をこじらせるだけになる可能性が高い。さてどうしたものか?

 等と、僕が思案していると――。


「――出来れば、使いたくなかったけど……仕方ないですね」


 傍らの美遊が、ふとそんな言葉を呟いた。気のせいか、その瞳は獲物を射抜く鳥類のような鋭さでもって、男を凝視しているように見える。

 そして――。


『アルビラ・エト・プリム。パロム・ガト・ペリム』


 ブツブツと、何語かも判然としない言葉を呟き出した。

 ――それはまるで、何かの呪文のように聞こえ、僕の背筋に謎の寒気が走る。……美遊の雰囲気が、明らかにおかしいのだ。


「……美遊?」


 不安になって呼びかけたけれども、美遊からの返事はない。彼女はずっと、怒鳴り続ける男を凝視している。

 そんな状態が数分間は続いた頃だろうか? それは突然に訪れた。


 店の自動ドアが開き、店内のトラブルを知らない新たな客が入って来たのだが――それはただの客ではなかった。

 三人組のガタイの良い男達だ。三人とも頭はパンチパーマで、真っ黒なロングコートに身を包み、大きなティアドロップ型のサングラスかけている、という風体だった。ぶっちゃけ、ヤクザだ。どう見てもヤクザだ。

 周囲の客や店員達に緊張が走るのが分かった。


 ――けれども、相変わらずレジ前で怒鳴り散らしている男は、ヤクザ達に全く気付いていない。

 相変わらず罵詈雑言を店員に浴びせている。

 ヤクザ達は、そんな男の様子をしげしげと観察すると……おもむろにレジへと歩み寄り、一人が男の肩に手を置いた。

 男は、そこでようやく自分がヤクザ者三人に囲まれている事に気付く。


「なぁ、兄さんよぅ? 俺ら、注文したいんだが……レジの前を開けてくれねぇかい?」


 ヤクザの一人の、ドスのきいた声が店内に響く。先程まで怒鳴っていた男は、今は口をパクパクさせて、まるで餌を欲しがっている鯉みたいな顔になっていた――。


   ***


「お騒がせしやした。皆さんは、どうぞごゆっくり……」


 ヤクザ三人は、そんなきっぷのいいセリフを残して店を出て行った。

 店員も店内の客達も、ようやく極度の緊張状態から解放される。


 ――あの後、ヤクザ達に声をかけられた中年男は、真っ青になって店の外へと逃げて行ってしまった。

 それはそうだろう。明らかにヤクザ者としか思えない男達に囲まれて凄まれたら、殆どの人が逃げ出すはずだ。


 ヤクザ達はそのままバニラシェイクを三つ頼むと、揃ってカウンター席に陣取り、ズズズズズッと威勢よく音を立てながら瞬く間にシェイクを飲み干し、さっさと帰ってしまったのだった。

 店員も客達も、どこか狐につままれたような顔になりながらも、ようやく店には平穏が戻った。


「……なんだったんだ、あれ? まあ、お蔭で助かったけど」

「ハァ~、五年振りのモリモリバーガー……美味しい♪」


 美遊はといえば、先程の珍事には興味が湧かないのか、久しぶりに食べるモリモリバーガーを堪能していた。

 この店のシンボル的なメニューであるモリモリバーガーは、上質な牛ハンバーグを濃厚なミートソースと共にバンズでサンドしたハンバーガーだ。やや汁気が多くて食べにくいけれども、他のバーガーチェーンにはない独特の食感が楽しめる。


「ああ……ポテトも美味しい……。幸せだわぁ」

「あはは、まあ喉に詰まらせないようにゆっくり食べてね? でも、良かった。何事もなく終わって」

「なんのこと?」

「え、なんのことって……、さっきのクレーマーと、途中で入って来たヤクザっぽい人たちのことだよ。何か物騒な流れになって、店や店員さんに害が及ばないか、ハラハラしちゃったよ」

「……?」


 僕の言葉に、美遊は何やら不思議そうな表情を浮かべながら、可愛らしく首を傾げていた。

 ……僕は何かおかしなことを言っただろうか?

 けれども、しばらくすると美遊は「ああ」と納得したような表情を浮かべて、こんなことを言って来たのだ。


「大丈夫よ、せーちゃん。あの怖いお兄さんたちは、怒鳴っていたおじさんを懲らしめる為に、んだもの。お店にもお客さんにも、酷いことはしないわ――」

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