2.アラフォー、家を持て余す

「ひえぇ、疲れた……」


 十二月某日。その日の庭仕事を終え、僕はもうヘトヘトのヘトヘトになっていた。

 黒木家の土地は広大だ。なんと驚きの三百五十坪! ……けれども、その殆どは急斜面の緑地で、建坪自体は四十四坪くらいだ(それでも十分に広いと言われるけど)。


 その広大な土地を維持するには、お金と手間がかかる。祖父の時代には毎年、海外旅行に余裕で行けるくらいの維持費がかかっていたそうだ。

 庭木の数は膨大。しかも郊外の山中にあるせいで、どこからか草花の種が飛んできて、毎年のように見知らぬ植物が生えてくる始末。植木屋さんに年二回は入ってもらわないと、すぐに「鬱蒼としたジャングル」状態になってしまうのが、黒木家の庭だった。


 加えて、家屋敷自体が築五十年以上の古民家だ。

 「古民家」と言えば聞こえが良い気もするが、ようは古いボロ屋でしかない。昔は和洋折衷のおしゃれな一軒家だったのだけれども、今では所々にガタが来ていて、壁はひび割れや雨漏りがそこかしこに。

 こちらの修繕費も馬鹿にならない。


 それでも、両親たちが生きていた頃は、なんとか維持できていたのだ。

 五人分の稼ぎプラス祖母の年金は伊達じゃない。庭木はいつも綺麗に刈り込まれていたし、家も住むに不自由のない状態に維持出来ていた。


 けれども、四人がいっぺんに死んでしまい、全ては僕と祖母の肩にかかってしまうようになった。黒木家の家計は、そこから火の車が続いている。

 植木屋などの業者に頼むとお金がかかりすぎるので、庭の手入れも家の修繕も、自分たちでやるようになった。DIYというやつだ。

 その状態で約二年間、僕と祖母は十分に頑張ったと思う。見栄えは悪いけど庭木が伸び放題になることは無かったし、雨漏りに悩まされることもなかった。

 ――でも、それも祖母が足を悪くして、ホームへ入るまでの話だった。


 仕事を続けながら、週末は一人、庭の手入れと家の修繕に忙殺される日々。その生活は、確実に僕の心と体を蝕んでいった。

 僕は次第に、疲労からくる体調不良で会社を休みがちになった。そして、そんな状態が半年も続いたある日、「休職」を勧められた。

 ――あの会社で休職を勧めることは、退職を勧めることとイコールで……数日後、僕は退職届を提出していた。


 こうして、家族も職も失った僕には、維持費と手間ばかりがかかる広大な土地と家屋敷だけが残された。

 せめて家と土地を売れれば良かったのだけれども、不便な郊外の、しかも殆どが斜面というボロ屋付きの土地なんてものは、中々売れるものじゃない。以前、祖母と一緒に不動産屋に相談したこともあったけど、先方が示したのは難色だけだった。

 近所一帯が、開発の制限されている「風致地区」だったことも、それを手伝ったらしい。


 もちろん、両親達から受け継いだ遺産や、僕が今までに稼いだ預金もあるにはある。僕一人が細々と暮らすだけならば、しばらくの間は持つだろう。

 でも、それはあくまでも「しばらくの間」だ。


 僕は、これからまだ続くであろう人生を、売ることも出来ない土地とボロ屋と共に、どうにかこなしていかなければならないのだ。

 先のことを考える度に、目の前が文字通り真っ暗になる。


 ――僕のもとへ「彼女」が帰ってきたのは、そんな人生ドン底の時のことだった。

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