第3話 雨傘女(あまがさおんな)03

 小夜は常階段付近の広場に雨傘女あまがさおんなを追い詰めた。雨傘女は四肢を地面にわせ、口を大きく開けて威嚇する。小夜は警棒を油断なくかまえてゆっくり距離を縮めた。すると……。


 突然、小夜の真横をひろしが勢いよく駆け抜けた。そしてあっという間に雨傘女へ迫り、顎を思いきり蹴り上げる。雨傘女は大きくのけって倒れた。すかさず、寛は再び雨傘女の髪をわしづかみにして裂けかかった口へコルト・ガバメントを突っこんだ。



「じゃあな」



 寛は見下すように呟いて引き金を引く。雨傘女は七人ミサキと同様に淡い光を放って霧散した。小夜は安心して大きく息をつき、警棒のシャフトをグリップへ戻しながら寛を睨む。



「兄さん、さっきはどうしたの!?」

「悪い悪い。お前の戦いぶりに見とれていたんだ」

「絶対、ウソでしょ……」

「本当だって♪」



 寛は笑いながらガンホルダーにコルト・ガバメントを戻す。そしてわざとらしく眉を上げた。



「そういや、言い忘れてた……雨傘女って傘を返しに行く幽霊だろ? 傘を返すんだろうなぁ?」

「え?」



 寛は意味を理解できない小夜を面白がり、ニヤニヤと笑いながら続ける。



「雨傘女は恨みを返しに行く存在……その先には『宿やどおんな』っていう、これまたたちの悪い幽霊がいる。『雨傘女』と『宿り女』は男を奪い合って死んだ女のれのて。死んでも互いを憎んで争うほど執念深いのさ。今日は両方を狩る予定だ」

「じゃ、じゃあ……」

「そう。今、春馬君のいる部屋には『宿り女』が出る。春馬君はどうするのかなぁ」

「!?」



 小夜は慌てて春馬がいる部屋の方を向く。駆けだそうとした瞬間、寛が強く腕をつかんだ。



「何やってんの? 余計なことすんなよ」

「で、でも……」

「いいから聞けよ」



 寛は有無を言わせない雰囲気だった。



「『幽霊狩り』に必要なのは躊躇ちゅうちょのない暴力だ。仮にも、人の姿をした幽霊を殴ったり撃ったりするからな。それはわかるだろ?」

「……」



 小夜が無言でうなずくと寛はようやく手を放した。



「お前から聞いた話だと……。春馬君は学校でみんなに無視されて、二酸化炭素って呼ばれているんだろ? 居るのに居ないことにされる。一緒に居ることを嫌がられる……まるで扱いが幽霊じゃねぇか。それなのに、いつもヘラヘラ笑っているなら……そうとう屈折した感情の持ち主だよ。そんな奴が暴力に目覚めたらどうなると思う?」



 寛はタバコを取り出して火をつける。小夜が答えられずにいると愉快そうに笑い始めた。



「幽霊が見えるくせに見えないフリして……今まで、必死になって否定してきたんだと思うぜ。そんな奴に幽霊をまざまざと見せつける……治りかけで、取っちゃいけないカサブタを痒くて引っぺがすような快感だ。春馬君がどんなグチャグチャした性格になるか楽しみでしょうがないよ」



 寛にとって春馬は兵隊ポーン候補。幽霊を蹂躙できればそれでいい。性格がどうなるかなんて興味本位でしかなかった。



「小夜、お前に誘われてよほど嬉しかったんだろうなぁ~。でも、まさか『宿り女』とデートするハメになるとは思ってなかっただろうなぁ~。……最高じゃねぇか。青春はこうじゃねぇと♪」



 寛は『春馬が今ごろどうなっているか?』を想像して楽しんでいる。小夜は狂気に染まる寛を嫌悪して眉をひそめた。するとすぐに寛が呆れた顔つきになる。



「オイオイ、小夜。今、俺を軽蔑したな? でも残念。お前は俺と大差ないよ」

「……」



 寛の言う通りだった。『宿り女』の存在を把握していなくても、春馬を騙して連れてきたことに変わりはない。春馬に対して優越感を抱き、『デート』といつわって強引に誘ったのは小夜自身だった。



──わたしは兄さんと同じ……。



 『春馬を助けに行かない』という事実が何よりの証拠だった。小夜は壁を背にしてよりかかる。ストラップ越しの三段警棒がいつもより重く感じられた。



「今さら罪悪感とか感じてんじゃねぇよ。これは春馬君を『デッドマンズ・ハンド』へスカウトするための試験なんだ。春馬君が優秀な兵隊ポーンになるかどうか、すぐにわかるさ」



 寛は面白そうに笑いながら煙を吐き出した。

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