第3話 雨傘女(あまがさおんな)02

 エレベーターはきしむ音をたてて9階で止まった。ひろしは電灯が点滅する薄暗い廊下を進み、905号室の前で立ち止まる。部屋に鍵はかかっていない。ドアノブを引くと錆びついたドアから金属のこすれ合う嫌な音がする。



「土足で入る許可はもらってる」



 寛が先導するとすぐにリビングキッチンに出た。室内はかびの臭いと湿気がひどく、思わず顔をしかめてしまうほど陰気だった。電気をつけると6畳の和室と洋室が直結しているのがわかる。



「まあ、くつろごうぜ♪」



 寛、小夜、春馬は玄関が見えるリビングキッチンに陣取った。辺りにはテーブルや椅子といった生活を匂わせる家具が一切ない。春馬たちは無造作に置かれたカラーボックスの上に腰をおろした。



──勝手に入って大丈夫いいのかな……。



 今さらながら、春馬は不安げに周囲を見回した。取りあえずバットを持ってきたものの、やはり『幽霊狩り』をするとは思えない。しかし……。


 隣では小夜が三段警棒を片手でクルクルと器用に回している。同年代の少女が警棒の扱いに手慣てなれている姿はどこかアンバランスで、危険な雰囲気をかもし出していた。



──本当に、これから幽霊狩りをするんだ……。



 春馬のこめかみを嫌な汗が伝い、緊張している自分に気づく。やがて、10分ほどが経過したころ。玄関を見ていた寛が急に立ち上がった。



「来たぞ……お客さんだ」

「!?」



 寛の視線を追いかけた春馬は鼓動が早くなった。玄関のドア横、曇りガラスの向こう側。不規則に点滅する蛍光灯に照らされてボンヤリとした人影が見える。すぐにドアノブがカチャカチャと小刻みに動く。人影は部屋への侵入をこころみていた。



「いらっしゃ~い♪」



 突然、寛がスタスタとドアへ歩み寄った。かと思えば、鍵を開けて勢いよくドアを押し開く。そして人影へ向かって手を伸ばし、髪をつかんで部屋の中に引きずりこんだ。


 ズシャッ!! という濡れた衣服を床へ投げ捨てるような音がした。寛に引きずりこまれた人影はジャミングされた映像のように乱れている。やがて輪郭がハッキリしてくると春馬はその異様さに戦慄した。


 人影は肩まであるぼさぼさの髪で、ボロボロになった灰色のワンピースを着ている。顔や身体の皮膚が腐り、焼けただれていた。片方の眼球や頬肉がなく、眼窩がんかや頬骨が露出している。雨傘女あまがさおんなは明らかに人間ではなかった。



「ア゛ア゛ー!!」



 雨傘女は四つんいになり、奇声を発して威嚇する。敵意を剝き出しにする姿を見て春馬は息をみ、立ちつくした。隣では小夜が警棒をかまえながら寛へ呼びかける。



「ちょっと、兄さん!? 攻撃してよ!!」



 雨傘女を引き入れた寛はなぜか攻撃しない。しかたなく小夜は雨傘女へ駆けよって三段警棒を振り下ろす。バチン、という衝撃音とともに雨傘女の態勢が大きく崩れた。



「ヴーア゛ー!!」

「このッ!!」



 小夜は唸り声を上げる雨傘女に二撃目、三撃目を加えた。しかし、寛は銃を抜くことすらせず、ニヤニヤと現状を見つめている。寛が見つめているのは呆然と立ちつくす春馬だった。



「に、兄さん、どうしたの!?」



 寛に戦う気配はない。そのことに気づくと小夜は自分で決着をはかった。



──こ、こうなったら、わたしが……。



 小夜は動揺を押し殺して雨傘女と対峙する。そのとき……。



「ア゛ー!!!!!」

 


 劣勢に追いこまれた雨傘女は開いたままのドアへ向かって逃げ出した。寛は退路を断つどころか依然としてニヤついている。雨傘女はそのまま部屋を飛び出した。



「ちょっと!! 何で逃がすの!?」



 小夜は雨傘女を追って慌てて部屋を出る。すると、ようやく寛がコルト・ガバメントをガンホルダーから引き抜いた。



「ちょっと行ってくるから、春馬君はここで待っててくれ」



 寛はそう言い残して部屋を出てゆく。あまりの出来事に春馬は呆気あっけに取られたままだった。

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