第2話 幽霊マンション02

 到着したのは9階建てのマンションだった。いたる所で塗装がげかかっており、外観だけで判断すると人が住んでいるとは到底とうてい思えない。ひろしは駐車場にランドクルーザーを止めるとトランクからバットを取り出して春馬に手渡した。



「はい、春馬君にはこれをあげちゃう♪」

「え!?」

「小夜から聞いてるよ。今日は誕生日なんだろ? プレゼントするから遠慮なく使ってくれ。じゃあ、俺は管理人に話を通してくる。ここで待っててくれよ」



 そう言い残して寛はマンションのエントランスへ消えてゆく。春馬はバットを持ったまま茫然と立ちつくした。やがて、スマホを見ている小夜さやに話しかけた。



「小夜さん、どういうこと?」

「どういうことって……さっき兄さんが言ってたでしょ。これからわたしたち、『幽霊狩り』をするんだよ」

「でも、これはバットだよ……」

「だから? バットを使って『幽霊狩り』をするの。ちゃんと退魔の秘文字が彫られてるでしょ」



 小夜はバットを指さした。よく見るとバットの表面は綺麗に削られており、見たことのない文様もんようが彫りこまれてある。



「その文様には除霊の効果があるの。持つ人の能力に応じて威力は変化するけど、が幽霊を見えるならそれなりの効果が期待できるよ」



 春馬に慣れてきたのか、小夜は親しげに呼び捨てにする。そして、スクールバッグから三段警棒を取り出して軽く振ってみせた。シュッという音がしてシャフトが伸びると、そこにはバットと同じ文様が彫りこまれてあった。



「わたしはコレ」

「じゃあ、バットと警棒で幽霊を殴るの?」

「そうだよ」

「……」


 小夜は簡単に言うが、春馬には幽霊を『殴る』という行為が想像できない。実体のない幽霊を殴れるのだろうか? という疑問が頭をよぎった。



「僕は除霊って御札とか呪文を唱えてやると思ってた……」

「あ、ソレ。兄さんの前じゃ絶対に言わない方がいいよ」

「え? どうして?」

「怒るから」

「う、うん……わかった……」



 なぜ怒るのか? と春馬は聞けなかった。戸惑いながら改めてバットを確認すると、文様は流れるような書体で美しい。



「これは文字? カッコイイね」

「それは梵字ぼんじって言うんだよ」

「梵字?」

「1200年以上前、仏教と一緒に日本へ伝来した神聖文字。そのバットには不浄をはらう、不動明王にまつわる退魔の文言もんごんが刻まれているんだって」

「不動明王? 小夜さん読めるの?」

「まさか。読めないよ。これは聞いた話……」



 小夜はチラリとマンションの方を見る。春馬が視線を追いかけると、ちょうど寛がエントランスから出てくるところだった。寛の後ろには小太りの中年男性が続いている。



「よお、待たせたな。こちらはマンションの管理人さん」



 紹介されると中年男性はペコリと頭を下げた。



×  ×  ×



 春馬たちは1階にある管理人室へ案内された。管理人室にはソファーや冷蔵庫が置いてあり、扇風機が1台だけ稼働している。そして、防犯カメラの映像を確認するモニターが4台設置されていた。



「防犯カメラは駐車場、エントランス、裏口、エレベーターの4か所です。ただ、が出るのは9階の905号室ですから……あまり意味があるとは思えません……」



 管理人は何かを嫌悪けんおして顔をしかめる。アレとは何なのだろうか? 春馬がそう思っていると、話を聞いていた寛がおもむろに顔を上げる。



「905号室ですね、わかりました。小夜、出現予定時刻まで何分?」

「……およそ30分かな」



 小夜はスマホを確認しながら答えた。



「サンキュー。じゃあ管理人さん、あとは俺たちに任せてください。喫茶店でコーヒーでも飲んで、ゆっくりくつろいで……1時間後にまた戻って来て下さい。そのときには全て解決してますよ」

「わ、わかりました。この部屋は自由に使ってもらってかまいませんので……怪奇現象をなんとか終わらせて下さい」



 管理人は早口で告げると早足で部屋を出ていった。

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