第2話 幽霊マンション01

 ひろしの運転する車は丘札幌市郊外に入った。ショッピングセンターや家電、家具の量販店が並ぶ幹線道路を進んでゆく。


 どこへ向かっているのか? 何をして遊ぶのか? 春馬は全くわからなかったが、それほど気にならなかった。女の子からデートに誘われて一緒に車で出かける……今までの自分からは想像もつかない出来事に気持ちが高揚していた。


 自然と、春馬は積極的に会話へ参加した。話によれば、寛は鍵屋かぎや市内の商店街で理髪店を営んでいるという。



「じゃあ、寛さんは美容師さんなんですか?」

「違う、違う。理容師だよ、理容師」

「あ、床屋さん」

「そう町の床屋さん。小夜の髪も俺が切ってあげてんの」

「へぇ~。すごいですね……」



 春馬は後部座席から助手席に座る小夜さやの髪型をチラリと見る。視線に気づいた小夜は髪に触れながら寛へ顔を向けた。



「兄さんはレザーカットじゃないから曲線とかホント下手」

「オイオイ、小夜。切ってもらっといて、それはないだろ」



 小夜と寛はたわいもない会話で盛り上がる。仲のよい兄妹だった。二人を見ていると春馬は胸の奥が苦しくなった。妹を思い出して心が締めつけられる。春馬は眉根をよせてうつむいた。そんな春馬をバックミラーで確認した寛が再び話しかける。



「春馬君は小夜にどうやって誘われたの??」

「えっ!? あ……あのですね……」



 春馬は『デート』という単語を口にしてよいかどうか躊躇ためらわれた。すると、言いよどむ春馬にかわって小夜が答える。



「わたしがデートしようって言ったの」

「デート!? 小夜、お前も罪な誘い方するねぇ」

「僕も何かの間違いだと思いました。小夜さんはすごくモテから……」



 照れくさそうな春馬を見て寛の口角が上がる。



「俺の妹だからねぇ。そりゃモテるさ。ところで話は変わるけど……春馬君は、スレンダーマンって知ってる?」

「あ、それ知ってますよ!! アメリカの都市伝説ですよね? 確かダークスーツを着た背の高いノッペラボウで……子供たちをさらっちゃうんですよね?」

「さっすが~♪ 春馬君は詳しいなぁ~♪」



 寛は嬉しそうにウンウンと頷いた。



「もし……もしもだよ。スレンダーマンが実在したら春馬君はどうする?」

「どうって……怖いですけど……」

「そうだよね!! 怖いよね!? 人間様の法が及ばない奴らが存在して、しかも好き放題やってるんだから!!」

「まるでスレンダーマンが本当にいるみたいな口ぶりですね……」

「いるかもよぉ~♪ 俺と小夜はそんなクソな奴らに正義の裁きを下す秘密組織に所属しているんだ。その名も『デッドマンズ・ハンド』!! 今日は出動日なのさ、イエスッ!!!!」



 寛は興奮して小夜にハイタッチを求めるが、小夜はため息をついて無視をする。困った春馬はたりさわりのない返事を探した。



「つ、強そうな名前ですね……」

「そうだろ、強くてカッコイイだろ!? 『デッドマンズ・ハンド』は幽霊や妖怪と戦って街の平和を守るんだ!!」



 寛は何度も後部座席を振り返ってまくしたてる。春馬は寛の剣幕に唖然として言葉を失った。



「兄さん、ちゃんと前を向いて運転して……」



 小夜が呆れ気味に呟いたころ車は幹線道路をれて住宅街へ入った。寛はハンドルを切りながら再び口を開く。それは唐突とうとつな質問だった。



「そういえば、春馬君は幽霊が見えちゃう人でしょ?」

「え……」



 春馬はギクリとして小夜を見た。しかし、小夜は会話を無視するように手元のスマホへ視線を落としている。



「僕は……別に幽霊なんて……」

「隠してもだめだよ。俺は見える人がわかっちゃうんだ♪ あ、警戒しなくても大丈夫。俺と小夜も見えるから。さっきも言ったけど、今日は俺と小夜で幽霊を狩るんだ……春馬君、一緒に狩ろうよ」

「ゆ、幽霊狩り……ですか?」



 春馬の戸惑いは大きくなった。本当のことを言えば……春馬はこれまでに何度も幽霊や妖怪と呼ばれる存在を目撃したことがある。人気ひとけのない学校や路地裏。かと思えば街中の雑踏で。


 人外の存在は昼夜を問わず視界の片隅に現れた。しかし、春馬はそれらをことごとく無視してきた……見なかったことにしてきた。もちろん、その事実を誰かに話したこともない。話せば変人扱いされてしまうだけだ。しかし……。


 寛と小夜にとって幽霊が見えることはいたって普通らしい。それどころか幽霊を『狩る』と言う。幽霊が見える春馬にとっても、にわかには信じられない話だった。


 もしかすると『デッドマンズ・ハンド』とはオカルトクラブか何かの名称で、『幽霊狩り』は肝試しみたいなことかもしれないと春馬は考えた。それに、初めて誘われたのにこのまま帰るなんて勿体もったいない……という感情が心を支配している。



「……わかりました」

「さすが春馬君、話が早いねぇ♪ 」



 寛は嬉しそうにニヤリと笑う。『デート』はいつの間にか『幽霊狩り』に変わっていた。だが、春馬にとっては『デート』だろうが『幽霊狩り』だろうが、どちらでもかまわなかった。



──僕を誘ってくれるなんて、小夜さんも寛さんもいい人たちだ。今日は賑やかで楽しいな。うん、うん。きっといい日なんだ……。



 人とおしゃべりをしながら一緒に何かをする。たったそれだけのことに春馬は期待で胸が膨らんでいた。



──あれ?



 ふと、バックミラーを見た春馬は小夜と目が合った。こちらを見つめる小夜の眼差まなざしはどこか深刻で何かを訴えている。しかし、春馬に気づくとすぐに横を向いて視線を外した。

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