幽霊狩り02
日は完全に落ちた。
──遅くなってごめんね……。
仕事のためとはいえ、迎えが遅くなったことを申しわけなく思って頬をそっとなでる。そして、そろそろかと思いながら信号を見上げるが、信号は赤のままだった。
──やけに
信号の変わる気配がない。ふと、母親は何気なく左手を流れる
──……?
母親は見慣れたはずの景色に違和感を覚えた。目を
──あれは……。
公園の中央では白いフード付きのコートを着た人間が等間隔に並んで立っている。数は7人。道路に背を向けて、ゆっくりと左右に揺れていた。
──いったい何なの??
母親は不気味な光景を目にして背筋に
「え!? う、嘘でしょ??」
慌ててエンジンをかけ直すが、なぜか一向に始動しない。
──こ、こんな所で……誰か呼ばなきゃ……。
母親は慌ててスマホを取り出した。しかし、画面には『圏外』のマークが表示されている。辺りを見回しても車の通る気配は全くない。日常とかけ離れた状況に不安と
──どうにかならないの!?
せわしない手つきでスマホをタップしていると突然、コンという車窓に何かが触れる音がした。驚いて顔を上げると、いつの間にか白いコートを着た存在たちが車内を覗きこんでいる。
「キャー!!」
母親はフードの中にひそむ顔を見るなり絶叫した。灰色の皮膚には黒い点が三つあるだけで、無表情な人形に近しい存在だった。人形たちは車へ群がり、窓を割ろうとして強く叩いた。
「マ、ママ!?」
異変に気づいた娘が目を覚まして母親を見上げる。次に周囲を見回すと、顔が見る間に引きつり、恐怖で顔色を失った。とたんに、ひときわ強い衝撃音が車内に響く。思わず、母親は幼い我が子に覆いかぶさった。
「だ、誰か助けて……」
母親は身を
✕ ✕ ✕
「七人ミサキ……予定通りじゃん、ラッキー♪」
ニヤリと笑う小夜の両手には三段警棒と電動エアガンのウージーが握られている。小夜は刈りこまれたクマザサの地面を蹴ってアスファルト道路へ飛び降りた。着地の衝撃を両ひざで目いっぱいに吸収すると、まるでバネのように、一直線に『七人ミサキ』へ襲いかかる。『七人ミサキ』は完全に不意を突かれた。
小夜は伸ばされた灰色の手をかいくぐり、フードの中へアルミ合金でできた三段警棒を叩きこむ。手ごたえを感じると同時に、七人ミサキの一人は淡い光を放って霧散した。
──次ッ!!
小夜は素早くもう一体に近づいて警棒を叩きこむ。そして、さらにもう一体、回転しながら裏拳を放つように打撃を加える。
『七人ミサキ』は動きが緩慢だった。連携して襲ってくる気配もない。小夜は車を挟んだ反対側へウージーをかまえ、モーター音とともに一閃させる。BB弾を浴びると残りの四体も次々に霧散した。全ては一瞬の出来事だった。
辺りに静寂が訪れると小夜は軽自動車を覗きこむ。母親は娘に覆いかぶさったままで、こちらを見ようともしない。窓をノックすると、「いや!!」という母親の悲鳴が聞こえた。
「あの……大丈夫ですか?」
小夜が呼びかけると母親は恐る恐る顔を上げる。小夜の顔を見たとたんに安堵のため息をついた。
「い、今……おかしな人たちが……」
母親の声は
「そうですか? 誰もいませんけど」
「そ、そんなはずは……」
「あ、信号が青に変わりましたね……早く発進した方がいいですよ」
「……」
小夜に指摘されて再びエンジンをかけると今度は簡単に始動する。
──ど、どうして? さっきは動かなかったのに……それに、さっきの連中は? なんで、女子高生がこんなところに?
母親は様々な疑問を抱いたが、早くこの場から去りたいという気持ちが
× × ×
軽自動車が走り去って少したつとヘッドライトの光が小夜を包みこむ。現れたのは
「小夜、お疲れ。さすが俺の妹だ」
「……兄さんも手伝ってよ」
「余裕だったじゃねぇか。それに、コイツでちゃんと愛する妹を見てたさ」
寛は後部座席を振り返った。そこには夜間スコープが装着された巨大な電動エアガンが置かれてある。
「ブローニングっていう機関銃だよ。すごいだろ? キングに買ってもらったんだ」
「また? ねだったんでしょ……」
小夜が呆れると寛は「まあな」と答えながら銀色のシガレットケースを取り出す。タバコに火をつけると甘ったるい独特の香りが車内に広がった。
「あとは
「ねえ兄さん、本当に彼を『幽霊狩り』に誘うの?」
「ああ。俺たちと同じで幽霊が見えて、憎んでる。『幽霊狩り』を教えたらのめりこむと思うぜ。それに、お前の彼氏にでもなれば勢力図が変わる」
「今どき政略結婚みたいなことを言わないで」
「わかってねぇな。今の時代だからこそ、何でもアリなんだよ。まぁ、どっちにしろキングの命令だ。愛する妹でも異論は許さねぇ」
「……」
小夜は『キングの命令』と聞いて黙りこむ。やがて、車内に充満する煙を嫌って窓を開けた。車の速度に合わせて街路灯の光が規則正しく流れてゆく。
──涼に会いたいなぁ……。
ふと、小夜は涼の笑顔を思い出した。
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