君が望むのならば全てを手折ろうと構わない

瑠璃唐綿

第1話


三月十九日。

奇しくもそれは、僕の十六の誕生日だった。


何処にでもいるような普通の高校生。

強いて言えば、人より足が早いのが自慢。

あと童顔と女顔がコンプレックス。

それが僕、池内いけうちはるか


そこそこ有名な設計会社を営む両親の間に産まれて、一人息子として普通に愛されて育った。


愛されて、育ったんだと思う。

あの日、十六回目の誕生日を迎えるまでは。





「と、父さん?母さんも、どうしたの?」



十余年来の親友に誕生日だからって、食事を奢ってもらい、その後は長年の片想いが報われて付き合いだした恋人とデートして、正に有頂天な気分で帰宅した僕を待っていたのは、絶望に顔を歪め泣き崩れる父さんと、それを必死で慰める母さんの姿だった。


テーブルの上には、堅苦しい文章がびっしりと綴られた書類が散らばり、ところどころ目に入る(裁判)(横領)(負債総額)と言う単語。


嫌な予感がした。

心臓が早鐘みたいにドクドクと鳴き騒ぐ。

ガラガラと何処かで音が聞こえた。


それまでの平穏な日々が崩れていく音が。





結果だけを言うなら、両親が営む会社は横領事件を起こして社員から訴えられていた。

主犯は父さんの右腕だった人で、父さんは知らず知らずのうちに偽造書類やらなんやらに判を押してしまっていたらしい。



「‥‥まさかアイツが俺を騙すなんて思わなかったんだ‥‥っ‥‥」



かおるさん‥‥」



背中を丸め項垂れる父さんに、母さんが慰め寄り添うのを見ながら、僕は複雑な気分だった。


話だけ聞くならば、父さんはなんて馬鹿で浅はかなのかと思う。

偽造書類だと気付きもしないで、信頼できる相手が作った企画書類だからと、簡単に判を押してしまった父さん。


だけど父さんは昔からお人好しで騙され易いところもあったから、今回の事も父さんの性格を考えれば仕方がないのかもしれない。


そう自分に言い聞かせ、心の片隅に燻る納得できない気持ちに蓋をして、僕は落ち込む父さんの肩を撫でる。


久しぶりに触る父さんの肩は随分と小さくなった気がした。



「大丈夫だよ、父さん。僕と母さんがいるんだもん。僕らは父さんの味方だよ?」



「遥‥‥」



顔を上げた父さんが、僕と母さんを何度か見遣った後、だけどとまた俯いてしまう。



「きっとこれから二人には、とても迷惑を掛けてしまう。社員たちへの慰謝料や裁判の問題もあるし‥‥。会社も恐らくもう‥‥」



「しゃ、社員の人たちとはきちんと話し合いましょう?今はいろいろと情報が錯綜して、みんな混乱してしまってるけど‥‥」



「無理だ‥‥。みんな、俺の話なんて信じちゃくれないよ‥‥。世間じゃもう俺も共犯だって言われてるんだからっ‥‥」



宥める母さんの言葉も、今の父さんには届かない。

俯むいた顔を両手で覆い隠し、震える嗚咽が漏れだすのを僕も母さんも、指を咥えて見てるしかなかった。


深い深い絶望に落ちた父さんの世界は、きっと真っ暗で、こんなに傍にいる家族の声も姿も見えてないんだよな。



「‥‥なら、どうしたら良いのよぉ‥‥」



父さんを気遣い気を張っていた母さんも、ついに膝から崩れ落ちてしまった。

長い髪に隠れて表情は見えなかったけど、泣いているのは一々確かめなくても解る。



「‥‥‥っ」



どうにかしなければ、事態はどんどん最悪な方向に向かっていく気がする。

けど、父さんと母さんの今の状態じゃ満足に思考も働かないだろう。


なら、僕がどうにかしなければならない。

此処で落ち込んで足を止めていても、スーパーヒーローが現れて助けてくれるわけないんだ。



「二人はちょっと休んでてよ。僕、ちょっと出かけてくるからさ」



「‥はるか?何処に‥‥」



気付いた母さんが泣き腫れた目で見上げてくるから、大丈夫と笑い応える。

十六の子供にできる事なんて、たかが知れてるけれど、このまま何もしないでいるよりはマシな気がするんだ。



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