第29話 ヨールヨールの夜明け

 宿よりも質の良いベッドで眠ることができて、約束どおり朝食もごちそうになれた。

 贅沢な物にしろという要求まで通って、まるで豪華なディナーのようだった。

 朝食にはコーロッカさんも同席していた。

 ステーキは鹿肉だとコーロッカさんは言う。


「鹿って、角のあるあの鹿ですか?」


 俺は手のひらを頭の上に付けて鹿の角を表現する。

 コーロッカさんは俺のそのジェスチャーに呆れた顔をする。


「そりゃあオスの鹿なら角はあるさ。今日の鹿がどっちかは知らないがね」


「なるほど。やっぱり角はあるものですか」


 コーロッカさんは不可解そうな顔をする。

 変な人間と思われてしまったようだ。

 俺は単にこの世界の鹿が地球の鹿と同じか知りたかっただけなのだが、馬が丸きり似ていたように鹿も鹿のようだ。


「いつもこんなの食べてるんですか」


「朝からそんなに食べるわけないだろう。急なことでも恩人を満足させる食事を出せないのでは、なんのための伯爵だ」


 よくよく見ればコーロッカさんの手元にはパンとスープしかない。

 なるほど普段はそれだけで朝食を済ませているのだ。

 だけど俺たちは出された物をぺろりと平らげる。

 特に俺以外の三人はこういう食事をする機会なんて無かったようで、驚きと共に食欲が旺盛になっていた。


 そしてコーロッカさんから、馬車は明日には引き渡せる見込みだとを聞いた。

 だとすれば今日はゆっくりと過ごすことにする。


 コーロッカさんの屋敷からお暇して、俺たちはヨルノナに会いに行く。

 コーロッカさんからよこしてもらった使いの人間が俺たちの無事は伝えているはずだが、直接報告したい気持ちは強く残っていた。


 おばあさんの家を訪れると、そこには一郎さんもいた。

 彼の無事を改めて確認できて俺はほっとする。


「よう、お帰り。よくやったな」


 と一郎さんは俺を迎えてくれた。

 そして俺と歓喜の握手をする。

 アカリも握手の距離まで一郎さんの傍に来て、


「イチロウさん、あなたのカードがとても役に立ちました」


 と礼を言った。


「だとすれば、君にカードを渡したのはやはり正解だったな。これからもそのカードを上手く使ってくれると嬉しい」


「本当にもらってしまっていいのですか?」


「当然だろ。俺には経営の才能が無いらしいんだから、カードを持っていたってろくなことにはならないさ。それよりも未来と才能のある君が使った方が良い」


 そう言ってもらえて、アカリは笑顔になる。


「期待に応えてみせます」


「俺を超えることなんて低いハードルだよ」


 一郎さんはとにかく卑下するので、アカリは対応に困った顔をした。

 過度の謙遜で会話が止まりそうになるが、一郎さんは自身で話を変えた。


「そういえば俺も新しい職が見つかったよ」


「え、早くないですか?」


 昨晩までギヒルルの配下であったのに、職を探す時間なんて無かったろうと思う。

 しかし一郎さんは、この家でもらったのだと語る。


「なんでも刀に似せて作った武器を売るのに日本人がいた方が都合が良いって話でね。地球の侍の伝説を語ったりしながら販売するのを任されたよ」


「通販番組とか店頭販売みたいに口で客を引き寄せるわけですね」


「そういうことだね。弁が立つタイプじゃないから心配だけど、刀なんだから日本人向きの仕事ではあるんだろう」


「どんどん売ってくださいよ。その刀、俺の名前を取ってオーテツって言うんですからね」


 きっと一郎さんを誘ったのはおばあさんだろう。

 だけどそのおばあさんの姿が見えない。

 シシキさんたちもいなかった。

 彼女たちはどこに行ったのだろうと一郎さんに聞くと、


「お店の方に行って本格的に商談をするんだそうだよ」


 とのことだった。

 刀を売るのに邪魔となるギヒルルを俺たちが討ったから商売はしやすくなった。

 ギヒルルの死の知らせを受けて、おばあさんは早速行動を始めたようだ。

 その行動の速さは優れた商才を感じさせた。

 そんな人と共に商売ができるのはシシキさんにとってもチャンスだろう。

 加えて一郎さんが路頭に迷う心配も無くなって、全てのことが落着した様子だ。


 しかし俺にはまだ処理しなければならないことが残っていた。

 一郎さんと話していて後回しになっていたヨルノナに王者のカードを差し出す。


「ヨルノナ、これを受け取ってくれ」


「なんだ、この王者のカードは?」


「ギヒルルの持っていたカードだ。これはお前の物にしてほしい」


 どういうことだ、とヨルノナは事情を聞いてくる。

 ヨルノナだけじゃない。

 アカリも、ちょっと待ってください、と口を挟んでくる。


「王者のカードは貴重品ですよ。一体どういう考えでこの人に渡すつもりですか。そもそもこの人、私の村で強盗しようとした人ですよ?」


「そうだ。私に受け取る資格は無いわな」


 とヨルノナはアカリの言うことにうなずいた。


「どうしても他人に渡したいなら、ばあさんにでも売ったらどうだ? かなりの金額にしてくれるだろうさ」


「持つ資格や権利の話じゃないんだ。これはヨルノナが持っていてくれないと困る」


 本気でそういう考えを持っているわけじゃないのだが、俺はヨルノナが持つべきである理由を教える。


「俺たちが義賊として働く罪はヨールヨールの末裔のヨルノナが被ってくれるという話だったろ。ギヒルルを殺して奪った一番の証拠はヨルノナが持っていてくれないと、罪を被ったことにならないだろ」


「確かにそういう話はしたが……」


 俺の話はあくまで方便だ。

 ギヒルルのカードを持っていたせいで俺たちが困った局面を迎えることは無いだろうと思う。

 しかしながら義賊という手段にこだわるのはどうかとは言え、人のためになにかをしようという彼女の姿勢は今回のギヒルルの一件で伝わってきた。

 ならばその思いをきちんと実行に移すべきだと俺は思った。

 悪党と張り合う力を得るのに1000万円が必要だったからといって、弱者から金を取るなんて粗相をしてはいけない。

 力を欲して強盗をされるぐらいなら彼女の求める力であるカードを渡してしまう方が良い。

 それにギヒルルを討ったとなれば義賊としての箔もつくことだろう。


 アカリもヨルノナも釈然としない様子だが、俺は構わずにカードを渡そうとする。


「コウからヨルノナへ。このカードの所有権を譲渡する」


 ヨルノナは観念して、王者のカードに触れる。


「わかった。受け取るよ」


「そうしてくれ」


 ギヒルルの王者のカードが光り、ヨルノナの所有物へと変わる。

 ヨルノナは自分の物になったカードを見つめると、不満げな声を出した。


「おいこれ1イェンも入ってないぞ」


「利益を分けるって話は無かったからな」


「おいおい、出涸らしじゃねえか」


 もちろん俺は1円たりとも渡すつもりは無い。

 アカリがくすくすと笑う。


「金を入れれば使えるようになるんだから、後は自分で頑張りな」


「おのれ……」


「それから、ちゃんとリジャムハの村に戻って罰を受けてくださいよ」


 アカリは、悔しそうにするヨルノナをせせら笑いながら償いを促す。

 だがヨルノナは不満げな顔のまま拒否する。


「それは嫌だ。面倒だ。脚の傷だって治っちゃいない。それにお前の母親が怖すぎる」


「私だって怒らせると怖いですよ」


 アカリは自分の刀に触れた。

 ヨルノナはにやりと笑う。


「勝てるつもりか? 私は王者のカードを持っているんだぞ?」


「1イェンも入っていなかったんでしょうに。それに王者のカードなら私も持っています」


「ぐぬう……」


 ヨルノナは再び苦い顔に戻った。

 今のところ悪党は栄えない様子だ。

 義賊が悪党に含まれるかどうかは議論の余地がある。

 俺もその行為を素直に称賛する気にはなれない。

 だけど結論を出すのは、ヨールヨールの末裔の義賊が今後栄えるかどうかその行く末を見てからでいいんじゃないかと思う。

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