第30話 真っ白な夢の先でなにを記すのか

 さて、王者のカードをヨルノナに渡すことができて、これでようやく今回の騒動に幕が下りた。

 目の前の問題が片付けば、次に考えることは未来のこととなる。

 これから先どうしていくのか考える上では、まずはアドゥレとジェンロに尋ねなければならない。


「お前たちはこれからどうしたい?」


 できれば俺とアカリと一緒に来てほしいところだ。

 有能な人間は欲しい。

 だけど他に望みがあるのなら強制はするべきじゃないだろう。

 そして二人がその道を行く上で俺たちに手伝えることがあるなら、力になってやりたい。


 ジェンロは目を丸くした。


「えっ、僕たちはコウさんと一緒じゃないんですか?」


「いやいや、別にそうと決まっているわけじゃない。なにか他にやりたいこととかあるのなら……」


「いえ。僕はコウさんと一緒がいいです。アドゥレさんもそれでいいですよね?」


 ジェンロは俺の言葉を遮って、早口で意思を示した。

 そしてジェンロに問われたアドゥレがうなずく。


「よろしくお願いします」


 彼女は控えめな声で俺に言った。


「いいのか? まあ、それなら、こちらこそ末永くよろしく頼むよ」


 意外なほどスムーズに思いどおりの方向へ事が運んで俺は内心驚きつつも、二人に微笑む。

 これで四人になった。

 四人いればチームとしての体面が出来ると感じる。

 二人ではチームとは感じない。

 そう呼ぶほどの強度が無い。

 だけど四人いればそれは確実に一つのグループであると思えるのは、俺がバンドをしていた影響もあるのかもしれない。

 ザ・ガントアンズの人数と一致する。

 だから、ここまで戻ってきたという感慨さえあった。



 翌日、改築の終わった馬車を見て俺は面食らった。

 神輿のようではなくなったところは良かったが、落ち着きのあるデザインという俺のオーダーは無視されていた。

 当初はギヒルル一人だけが座る想定の、飾り立てられた座席が屋根の上にあった。

 神輿感の元凶である。

 それを取り払ってどうしたかと言うと、屋根の上に木造の平らな足場を新たに設けていた。

 さらにそこへ転落防止の柵を付け、相変わらず馬車の上に人が乗れる作りにしているのだった。

 上に人が座れることは別に俺たちにとって重要なアイデンティティではない。

 なのに元々の特色を引き継ぐような形で、足場は作られてしまっていた。


 前は一人だけでしたが、今度は何人も乗れますよ!

 荷物だって置けます!

 とでも言いたげな、白っぽい木の色がやたらと綺麗な二階部分だった。


 だけど実際に馬車の上に人が乗っていたら目立って仕方ないだろう。

 悪目立ちはしたくないんだけどな、と苦い気持ちになる。


 思ったのと全く違う姿の馬車を受け取って参っていると、私用で買い物に行っていたジェンロとアドゥレが戻ってきた。


「コウさん、これ買ってきました!」


 とジェンロが言って、アドゥレに抱えさせていた物を見せびらかす。

 それは太鼓だった。

 太鼓という楽器は地球でも古くから様々な国で使われ、それぞれの発展をしてきたような楽器だ。

 だからこちらの世界にも当然ある物だ。

 二人が持ってきた太鼓は筒状の物体の両側に膜を張っていて、バスドラムによく似ていた。


「なんで太鼓を……?」


「コウさん、音楽が好きなんですよね。楽器もあった方がいいかなと思って」


「プレゼントってわけね、それはどうもありがとう。でも、まさか馬車の中に置くのか、太鼓を?」


「当然、これ用のスタンドも買ってきました。ですからいつでも叩けますよ!」


 ジェンロが楽しそうにしているから、姉代わりのアドゥレも誇らしげな明るい顔になっていた。

 そして二人は買ってきた太鼓を馬車の中に運び入れる。

 そんな物を置いたら荷台のスペースを取ってしまうでしょうと俺は言いたかったのだけど、もう買ってきてしまったのだから受け入れるしかない。

 しかも俺へのプレゼントなのだから。


 俺はザ・ガントアンズのメンバーのいないこの世界で音楽をやっていくつもりは無くて、だから楽器なんてもういらなかったんだけど。

 しかし、これからも大して上手じゃない音楽と共に生きていく運命にあるらしい。


「いっそ音楽で旅芸人でもやるか?」


 と馬車の中の二人に提案してみる。

 するとジェンロが、


「日銭を稼ぐくらいならできますかね?」


 と返してくる。


「やるならもっと稼ぎたいね。地球の歌なら見世物になるだろ」


 それはそうですね、とジェンロは感心した声で言った。



 最初こそ俺を落胆させた馬車の二階部分だったが、いざ旅に出てみると俺はよくそこに上がっていた。

 周囲を見回せるので警備のために使うこともあれば日を浴びながら寝転がるのにも有用で、日中は常に誰かしらが上にいるのだった。


 アカリは二階で手紙を書いていた。

 母親に宛てたものだそうだ。

 今回の騒動と自分の活躍、そしてヨルノナのことを報告するのだと彼女は言った。

 アカリが手紙を書いているところを見つけた俺も誰かに手紙を書こうと思った。

 日本にいた頃は年賀状すら出さなくて、手紙なんて全然書いたことがない。

 身近なものでありながら無関心でいた反動があって、きっかけがあると無性に書きたくなる。

 それに異世界の手紙の作法も興味がある。

 俺たちで言うところの拝啓や敬具にあたるような言葉があったりするのだろうか。


 コーロッカさんあたりにでもお礼の手紙を書いてみようかと思ったのだが、俺はこの世界の文字を書けないことに気が付いた。

 いやしかし、本当に俺は異世界の文字を書けないのだろうか?

 読むことはできるのは確認できている。

 酒場のメニューは読めたし、写し本屋で本を買ったりもした。

 そして俺は異世界の言葉を知らず知らず喋っているらしい。

 これらは女神か魔法かで勝手に翻訳されてくれて、俺は日本語を喋っているつもりでもこの世界の言葉になっている。

 既に確認できている事象から推測するに、書きたい文章を思い描きながら筆を動かせば、勝手に適切な文字で書けるのではないか?


 試してみると想像したとおりだった。

 俺の全く知らない文字で書かれた文章が出来上がり、俺はその知らない文字の意味を理解できている。

 念のためアカリにも読んでみてもらう。


「なあアカリ、この文字読めるか?」


「読めますけど、なんですか。『お前も蝋人形にしてやろうか』って」


「試し書きで適当なこと書いた」


「人に見せるなら試し書きでも変なこと書かない方がいいと思いますけど」


「俺も今そう思ったところ」


 だけどちゃんと意味は通っているみたいだ。

 こちらの言葉で文字が書けるとわかれば、もう一つ気になることは、日本語は書けるのかってところだ。

 書いた文字が片っ端から勝手に翻訳されるものなのか、試してみたくなる。

 日本語を書くぞ、と意気込んで書いてみれば俺は従来どおりに日本語で文字を書くことができた。

 裏を返せば、はっきり意識をしないと日本語で書けないってことなのだけども。

 けれど日本語も書けることを知って楽しくなり、俺は地球にいるあの人に宛てた手紙を書いてみる。



 拝啓 明莉様


 きっとお元気ではないでしょうね。

 俺が死んでしまってバンドは解散になったはずです。

 今後の活動をどうするか思い悩むあなたの姿が思い浮かびます。

 俺はどういうわけか、地球とは異なる世界で生きています。

 第二の人生ってやつです。

 そこで正義のヒーローの真似事をしています。


 異世界に落ちる前、俺は白い夢を見ました。

 空も地面も真っ白で、白いだけでなにも無いという夢です。

 今になって振り返ると、あの退屈そうな世界は死後のイメージだったのかもしれません。

 あんなのが本当の死後の世界だったら嫌ですね。

 もっと明るい世界で死後の人生を送りたいものです。

 でも、あなただったら真っ白な世界に降り立っても歌い続けるんじゃないかな、と勝手に期待してしまいます。

 そしてあなたが歌ってくれるんなら、あれが本当の死後の世界でもいいと思えます。


 そんな白い夢を経て、俺は地球とは違う世界に来ました。

 この世界の空は、地球と同じ綺麗な青をしています。

 地球は、日本は素晴らしい所です。

 異世界に来て、日に日にそう実感させられます。

 飯だってそっちの方が美味いんだぜ。

 エレキギターもロックもあるしな。

 だから明莉、お前は歌い続けてくれよ。

 お前の歌で幸せな日本のみんなをもっともっと幸せにするんだ。

 お前は才能あるから、それができるよ。


 俺はもうあなたとは会えないと思います。

 それでも、違う空の下であなたが歌手として活躍する姿を夢想しています。


 敬具



「なあなあアカリ、これ読めるか?」


「全然読めません。って言うか、長いですね」


「そうか、読めないか。……よしっ!」


 俺は日本語で書いた手紙を破いた。

 何度も破いてばらばらにする。


「えっ、ちょっと、なにしているんですか。せっかく書いたのに?」


 細かく破いた手紙を風に乗せてどこか遠くへ飛ばしてしまう。

 アカリが騒いで、下で馬の手綱を握っていたジェンロと周辺の警戒をしていたアドゥレが飛んでいく紙片を見上げた。


「いいんだ。これは遺言状さ」


 俺は伸びをしながら言った。


「遺言ならなおさら破いて捨てちゃダメでしょ!」


「本当にいいんだ。誰かに読まれるために書いたんじゃない。俺が自分の死に納得するために書いた手紙なんだから」


 俺は一度死んだ。

 今はこの世界に生きているが、地球での俺の人生は終わっている。

 これからはこの異世界の住人として人生を送るのだ。



 異世界に送られてからのこの数日、俺の周りでたくさんの金が動き、俺は色々な人と出会った。

 そして俺が出会った人同士も取引をし始めている。


 バンドの解散話を持ち出した次郎の言葉が、ようやく実感を通じて理解に達する。

 俺たちのバンドに価値があるならもっと人と金が集まっているはずだと彼は言っていた。

 それに近いことを俺はこの異世界で起こせていた。

 全てが俺のところに集まったわけではないが、金と人が俺を中心に動きに動いた。

 それはきっと、俺たちの行動に大きな価値があったからだ。


 そう自信を持つことにした。

 かつて夢を追った仲間とは違う空の下で、俺は新しい仲間と歌いながら旅をする。



<第一章 完>

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