第28話 無かったことになる夜

 せっかくなのでギヒルルの馬車もいただくことにした。

 俺の物にしてしまっても良し、商人のおばあさんに売りつけても良し、と考えたのだ。

 戦利品にできる物を放置しておくのは勿体ない。


「あれはどうしましょう?」


 あれとは、馬車の上にある死体のことだ。


「持ち帰ってなにか得があるかな。俺が討ち取ったっていう証拠にはなりそうだけどもな」


 死体なんておばあさんは買ってくれないだろう。

 売り物にはならないから、俺たちの手柄の物証としての使い道しかない。

 見せる相手がいるとすれば、今回ギヒルルに脅された貴族様くらいか?


「そういえば今回取られた金って、本来は町のために使う金なんだよな」


「ギヒルルが奪ったお金ですか? ええ、そうですよ。町の人たちが払った税金から来ている予算です」


 とジェンロは言った。


「それなら、取られた分はこの町の貴族さんに返してあげた方がいいかな。じゃないと町の人たちが困ってしまうだろ」


「いいんですか? 10億イェンぐらいは手放すことになってしまいますけど」


「結構な額だな。でもいいよ、そうしよう。アカリも賛成だろ?」


 聞いてみると、アカリは当然と言わんばかりに深くうなずく。


「私ならそうしますね」


「そういうわけで賛成二名で文句無しの可決なので、10億円は返す。上の死体も貴族様の手土産とでもしよう。捨てるためにわざわざ降ろすのも面倒だからな」


 片付けるために馬車の上に上がったらグロテスクなものを見せられそうで、それも嫌だった。

 だからギヒルルを降ろすのは向こうの人に任せることにした。

 こっちは金を取り返してやった側なのだ。

 それも10億円という大金だ。

 でかい恩があるのだから、面倒なことは相手側に押し付けたっていいだろう。

 色々と無理を言ってしまってもいいかもしれない。


「それじゃあ帰るとしよう。陽気な歌でも歌いながら」


 期待どおり、馬たちはジェンロやアドゥレの言うことをよく聞いてくれた。

 俺はアカリのリクエストに応えて、日本で作られた歌を歌ってみせた。

 大きな勝ちを得て浮ついた気持ちはそうたやすく冷めるものではない。

 定番の合いの手があるものを俺は歌って、三人に合図を送りながら合いの手を入れさせると、これはまた盛り上がった。

 アカリは未知の世界の歌への好奇心でノリノリになり、ジェンロは年相応にテンションを上げる。

 アドゥレも彼女なりに乗ってくれて、手拍子を付けてくれる。

 大人しいタイプの人まで乗ってくれるとあれば、俺も大層調子に乗る。

 歌声が大きくなっていく。

 気持ちはそれ以上に激しく高揚して、果てが無い。


「ああ、エレキギターを俺にくれ!」


 と俺は叫んだ。

 そうすればもっと刺激的な音楽を聞かせてやれる。

 今なら最高の演奏ができそうな気がする。

 もしここに明莉あかりがいてくれれば。

 そして次郎と奈々子、ザ・ガントアンズのメンバーが揃っていれば、最高の歌を聞かせられたことだろう。

 20億円という大金の動いた勝利に相応しい最高の歌を。


 そんな叶いもしない望みを思い浮かべてみて、俺たちの旅はまだ少しも終わっていないのだと俺は知る。

 悪漢を倒して20億円が動かし町から脅威を取り除いた、その程度では俺は満足ができない。

 かつて抱いていた俺の夢、明莉を大舞台に連れていく夢。

 その夢に匹敵することをまだ俺は成し遂げていないのだと理解した。


「コウさんって、地球にいた頃はミュージシャンだったんですね」


 とジェンロが言った。


「ああ、アマチュアのな。だけどやっぱりギターはいらないや。最高の音楽の代わりに欲しいものができた」


「へえ、なんです?」


 俺は飛び切りの笑みを作って答える。


「それは俺にもまだわからん」


「なんですかそりゃあ」


「ふっふっふ」


 含みのある笑いで俺は誤魔化す。

 どこまでやれば満足できるかなんて、とてもわからない。

 行けるところまで行けば、その時にわかるだろうか。

 もしかしたら女神の言う、世界平和こそが俺を満足させるものだったりするのかもしれない。

 確かに世界平和なら明莉の歌声とも釣り合うだろうと思える。

 大きな戦争も無くて現状でも平和なそうだが、それでもギヒルルのような悪だくみをする者たちはいる様子だ。

 だからとりあえずは不幸の根を摘み取ってみる。

 そのうちに第二の幸せに気付ければそれでいいと思った。



 ジェンロが案内をして、町の貴族様の屋敷まで馬車を運ぶ。

 門前にいた二人の衛兵には、貴族様が欲しがっているだろう男の死体を持ってきたのだと事情を説明した。

 すると彼らはまさかという顔をして、馬車の上を確認する。

 俺たちの言うとおりにギヒルルの死体がそこにあって、どよめく声がする。

 彼らは慌ただしげに降りてきて、


「ちょっと待っていてくれ」


 と俺たちに言うと一人が駆け足で屋敷に入っていった。


「あんたら、一体どうやってあの男をやったんだ?」


「大したことはしていないさ」


 気取ったセリフを言ってみるが、言い終わるなり欠伸が出た。

 随分と夜は深まっている。

 普段だったら寝ている時間に違いない。

 それなのに外で動き回ったのだから疲れもある。


「夜更かしする悪い子に神様がお仕置きをしたんだろうな」


 と俺は言った。


「はあ?」


 衛兵だけでなく、アカリたちまで理解不能だと首を傾げていた。

 俺だって首を傾げたいけどな。


 そして俺たちは屋敷の中に通された。

 馬車も門を通って、庭に置かれた。

 ギヒルルの馬車なんて人目につかないようにしたいのだろう。


 ギヒルルに脅されて金を渡してしまった貴族様は、コーロッカ・ベリビーズという名前で、伯爵だそうだ。

 伯爵っていうのがどのくらいの身分なのか俺にはさっぱりわからないが、町の偉い人なんだから、市長とか町長とかそんなもんなのではないか。


 適当に挨拶を済ますと、コーロッカさんは歯にものが詰まったような言い方をしてくる。


「あの男、ギヒルルと言ったかな。他の町でも悪さを働いているという噂は聞くが、この町でもなにかしたのだろうか?」


「やつの部下から聞きましたよ。脅迫されて金を渡してしまったそうですね。10億円くらい。そのお金を取り戻したので、もしかしたら伯爵様にお返しした方が良いんじゃないかなって思って来ました」


 コーロッカさんは大きく溜め息をついた。

 後ろ暗いことが筒抜けで参ってしまったのだ。

 そして俺たちのことを今一度見て、ジェンロとアドゥレに気が付く。


「もしやギヒルルの部下っていうのは、そこの少年と少女のことかね?」


「ええ。彼を裏切って協力してくれた者たちです。元々は部下だったわけですから、脅迫の件もよく知っていましたよ」


「ぬう」


 今度は困り果てたように目を伏せる。


「それで、君たちは要求はなんだろうか?」


 どうやら俺たちを新しい脅迫者として認識したようだ。

 悪者扱いはちょっと心外だ。

 脅迫ってほどではないにしても色々と要求はするつもりではいるんだけれども。


「えーっと、簡単に言うとですね。今夜のことを無かったことにしませんか?」


 と俺は提案する。


「それはどういう意味だろう?」


「ギヒルルという男の脅迫なんて無かった。10億円は奪われていない。今夜、事件と呼べるものはなにも起きなかった。そしてこの二人も脅迫者の味方などしていない、だって脅迫者なんて最初からいなかったのですから」


「ギヒルルの配下であった彼女たちを捕らえることはするな、ということかな」


 俺はうなずく。


「悪党の討伐に手を貸した功労者をまさか捕らえることはしないでしょうが、そういうことですね。彼女たちにはできれば俺と行動を共にしてほしいので、誰かに束縛されるのは困るのです」


「君の望むように彼女たちの自由は保証しよう」


 口約束でもお偉いさんから言葉を引き出せたのは心強いものがあった。

 ジェンロとアドゥレはどちらも魅力的な人物だ。

 ジェンロは年齢の割に頭が良く回る。

 アドゥレは言うまでもなく、戦力として物凄く頼もしい存在だ。

 もちろん二人の意思を尊重するつもりだが、できれば俺と来てほしいと思っていた。

 儲けの半分でこの二人の安全を買うのは悪い取引じゃない。


「それとあの馬車、できれば俺がもらいたいんですけど」


「あんなもの、好きにするがいいさ」


 コーロッカさんは俺が大した要求をしてこないとわかって安堵したのか、身分の高さを誇るような振る舞いを取り戻していた。


「ですけど、あのままだとギヒルルの馬車だって丸わかりですよ。趣味が悪すぎて。今夜のことを無かったことにするには、あの馬車を全く別のデザインの馬車に変えてしまう必要があると思うんですよね」


「改修費を出せと?」


「地味と言うか、落ち着きのある感じでお願いしたいです」


 俺は自分の王者のカードを取り出す。

 奪われた金はまだこのカードの中にある。


「そのくらいの礼は当然させていただく」


「ありがとうございます。奪われた10億円はお返しいたしますね」


 俺のカードからコーロッカさんの白いカードへ金を送る。

 欲張ればもっとあれこれおねだりできそうだけど、眠さが勝って特にアイデアは出てこなかった。


「あ、疲れたのでお屋敷のふかふかのベッドで寝られたら嬉しいです」


「手配する」


「それから知り合いに安否を伝えたいんですけども」


「あぁ、わかったわかった。じゃあ使用人を付けるから、細かい用事はその者に言い付けなさい」


「朝には贅沢な美味しいご飯が食べたいです」


「わかったから!」

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