第27話 リスクを負う者

 俺は自分のカードを銃に変える。

 そして王者のカードの機能でギヒルルのカードのセキュリティを解く。

 そのための費用が100万円。

 加えてギヒルルのカードを武器に変える費用もかかる。

 そちらは10万円と、低額だった。

 ギヒルルのカードはナイフに変わる。

 ここまでで俺の残金は約800万円になる。

 800万円を少し下回るくらいだ。

 相手は数億円を持っていると想定されるから、それと比べれば500万円なんて微々たる差に見えるかもしれない。

 それでもやはりおばあさんから借りられたのは大きい。

 残り300万円では心もとないが、これならどうにかできると俺は感じていた。


「あんたの手下が負けるところは楽しんでいただけたかな? そろそろ俺たちの戦いといこうか」


 ギヒルルに銃を突きつける。

 弾丸が6発、弾倉に入る。


 ギヒルルには戦いと言ったが、もう勝負の段階ではない。

 俺にとってはここに至るまでが勝負だった。

 これから起こることは、強いて言えば賭け。

 俺は本当にギャンブルをするつもりじゃない。

 だけど絶対に勝てる勝負じゃない。

 だとすれば俺以外の人間からすれば賭けのようにも見えることだろう。

 だから賭けという言葉が相応しい。

 あるいは投資だ。

 俺の未来の明暗を決定するための投資。


「俺のナイフの安さに驚いたか?」


 ギヒルルが笑う。

 彼は馬車の上から降りてこようとはしない。


「だが俺のナイフはただのナイフじゃない。とっておきの魔法をこいつは使える。お前なんて簡単に八つ裂きにできるんだよ」


 その魔法の正体を俺はあらかじめジェンロから聞いて知っている。

 ギヒルルが、彼の持つカードが得意とする魔法は、遠くに刃を飛ばすこと。

 見えない刃を飛ばして遠くにいる人間まで切り裂く。

 まるで透明のナイフを投げるように、とジェンロは表現した。

 投げる刃物という意味では、透明の手裏剣と考えてもいいのかもしれない。

 ともあれ彼が手に持つナイフを振ると、その見えない刃が飛んでくる。

 そういう仕掛けになっている。


 向こうも俺の拳銃が飛び道具であることを知っている。

 おそらくギヒルルは見えない刃によって弾丸を切り落として戦う想定でいる。


「殺してやる! 恐怖に怯えな!」


 ギヒルルがナイフを大袈裟な動作で振った。

 その直後、彼の体に大きな風穴が空いた。

 それで彼の命は終わりだった。


 呆気ない終わり。

 彼はなにが起こって自分の命が奪われたのかわからないだろう。

 なにが原因でこんな目に遭ったのか想像つかないだろう。

 劇的なことは起こらず、たった1発の銃弾によって気が付けば命を失っている。

 こんな死に方では物語にもならない。

 ヨールヨールは凄惨な最期を遂げたからこそ、その散り際までも伝説として語り継がれた。

 伝説になるから悪党に憧れる者まで現れる。

 それは望ましいこととは思えない。

 この物語未満の結末こそが悪党に相応しい結末だと俺は思う。


 そして俺の思い描いたとおりになった。

 まだなにが起きたか理解できていないギヒルルの手下たちに、俺はこちらの勝利を伝える。


「お前らの主は死んだ! 歯向かおうとしなければ見逃してやる!」


 銃を手近な人間に向ける。

 するとその男は逃げ出し、それを皮切りにギヒルルの手下は全員逃げてしまう。

 ギヒルルの死体を乗せた馬車が残される。

 逃げる者たちの足音が遠のいていくのを聞いてアカリが、


「勝ったんですね」


 と安堵したように言った。

 俺もだいぶほっとしていた。

 下手すれば死んでいたのは俺だったのだから。


「なにが起きて……?」


 投げ飛ばされたアドゥレが戻ってきた。

 ギヒルルが討たれたことをジェンロが彼女に教える。

 アドゥレは俺たちを信じられないという目で見る。


「一体なにを?」


「ジェンロから、ギヒルルのことを教えてもらったからね。対策を打たせてもらった」


「僕が、ギヒルルの企みやカードの魔法のことを教えたんだ」


 ジェンロは嬉しそうな顔をしてアドゥレに言う。

 お姉さん代わりの彼女に褒めてほしいのだ。

 俺も気分が良くて、饒舌になった。


「それもあるけれど……、ジェンロはもっと大切なことを俺に教えてくれたよ」


 と俺は言う。


「え?」


「一番重要だったのは、ギヒルルは凄くケチだって部分だよ」


 その点が全てだった。

 それを教えてもらえなければ、この決断を下すことは無かったと断言できる。

 広場で俺から金を奪おうとして一郎さんに与えた金は、俺の所持金より遥かに少なかった。

 俺自身の体験に加えて、彼の陰口があったからこそ俺は無茶をできた。


 ギヒルルは俺と向かい合った時に、俺の戦いから利益を得ようとする。

 それが俺の読みだった。

 直前に大悪事を働いて大量の金を得たにもかかわらず、なおも損を嫌って儲けを出したがる。

 だからやつは俺の所持金よりも高い金額を使って魔法を使おうとはしない。

 大金を使えば確実に勝利をものにできるとわかっていても、その選択をしない。

 できない、と言ってしまってもいい。

 彼の眼には目先の小さな損さえもリスクに見えるのだろう。

 金を貯め込むことこそが賢いやり方であり、無駄に減らしてしまうことはリスク。

 そして彼はそのリスクを避けたがる。

 守銭奴めいた振る舞いは、そういった思考が行動として表れたものだと俺は推測した。


 俺はジェンロからギヒルルの話を聞いた時に、そういったギヒルルの気質を正確に掴んだような感じがしたのだった。

 あくまで推測に過ぎない。

 絶対に成功するわけじゃない。

 だけども彼の思考が読めたような手応えに賭けてみるのは悪くないと感じた。


 ボディーガードを失ってその身で俺と戦う段階になっても彼が守銭奴のままなら勝機は生まれる。

 守銭奴のまま、すなわち彼がナイフの魔法に大した金額を使わなかった時だ。

 ちまちまと金を使って俺の弾丸を切り落としながら手数で追い込むとかいう戦い方を選んだ時に、俺のカウンターが通る。


 俺の用意したとっておきの勝負手。

 それは1発の銃弾に全財産を注ぎ込んで、俺に出せる最大の破壊力の弾丸を作ることだ。


 長期戦を想定していると見せかけるためのブラフの弾丸が5発で50万円。

 残りの約750万円を1発の弾丸と化した。

 俺の銃弾は金を注ぎ込むことで特製の弾丸に育つ。

 拳銃で撃つ小さな弾丸が煙幕を出してみせることもあれば、対物ライフルの弾丸や大砲の砲弾に匹敵する威力に膨れ上がりもする。

 それが魔法というものだ。

 この世界の金の力だ。

 大金で相手を押し潰すことがこの世界の戦いの常套手段。


 向こうがちまちまと小さい魔法で戦おうとするのであれば、こちらは最大火力で見えない刃ごとやつを潰してしまう。

 シンプルな作戦だ。

 もちろんこの作戦には大きなリスクがある。

 1発に全ての資金をつぎ込んでしまうのだからギヒルルを倒すチャンスは一度限りになり、外せば俺の命は無い。

 だけどそのリスクを背負う価値があると思えたから俺は覚悟して実行した。


 リスクを負った結果として、今がある。


「リスクを背負った上で大きく投資したから、成功した時の利益も大きいってわけだな」


 もちろん理由も無くリスクは負えない。

 こんな賭けじみたことをするのに、ジェンロのもたらしてくれた情報は欠かせなかった。

 情報がリスクの輪郭を照らし出してくれた。

 勝つための算段を整えられた。


 そして俺は成功した時の大きな利益――ギヒルルの持っていた王者のカードを手に取る。

 そこに入っている金を全額俺のカードに入れてしまう。

 ぎょっとするような大金だった。


「にっ、20億円もあったぞ!」


「そんなにですか!?」


 アカリが目を大きく見開き、さらに叫ぶ。


「うわー、20億イェンですか! わー、やばいじゃないですかー!」


 ジェンロとアドゥレは彼の持っている金額に見当がついていたようで、騒いだりはしない。

 そんな二人には構わず、俺とアカリは手を取り合って大はしゃぎをする。


「これもアカリ、お前のおかげだ! ありがとうな!」


「なにを言っていますか! ギヒルルを討ったのはコウさんじゃないですか!」


「だけどもお前が一番大変な役目だったろ? やり遂げたんだ、それは凄いことだろ!」


「そっ、そうですよね! 今日ぐらいは私も凄いって思ってもいいですよね!」


 俺たちはぴょんぴょんと跳ねてみたり踊るように足を動かしてみたりして、勝利の喜びに浮かれまくった。


「あとは一郎さんの尊い犠牲にも感謝しないとな!」


「イチロウさんは死んでいませんって!」


「それからあれだ、リジャムハの村でヨルノナの脚を撃っておいた良かったな! あの縁でこんなことになった」


「元をたどればそうかもしれませんけど、そういう言い方はダメでしょ!」


 俺はめでたい歌でも歌おうと考え、この間覚えた祭りの歌を歌う。

 それにアカリも乗ってくる。

 やっぱりアカリの歌声は明莉あかりとは全く違う。

 だけど気持ちいい歌になった。


 途中でジェンロも歌に加わってくる。


「そうだ、お前たちも歌え! これはお前たちの解放を宣言する歌だぜ!」


 そう誘ってやるとジェンロの声が一層大きくなる。

 アドゥレの声は小さい。

 どうも歌うのに不慣れな様子だ。

 それならそれで別にいいさ。

 声は小さくてもアドゥレの顔からはほんの少し笑みがこぼれて、俺たち四人は間違いなく幸せな気分の中にあった。

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