リスクを負わない者

第26話 達人の鋼

 俺たちは先日の強盗の作法に従って、道を封じるように立った。

 奇遇にも俺たちも三人組だった。

 まさか彼らと同じことを働く事態になるとは。


 ランタンの光が道を塞ぐ俺たちに届き、馬車は歩みを止める。


「なんだ、お前らは?」


 相も変わらずギヒルルは神輿のような馬車の上に座り、そこから偉そうな態度でいる。


「あんたらの金を奪わせていただく」


「思い出した。さっきのやつらか。面倒くせえな」


 俺はギヒルルの挙動に目を配る。

 一秒を重ねるごとに彼の機嫌が悪くなっていくのがわかる。

 うんざりとした気分を隠さない仕草。

 苛立ちで膝を揺すり始める。


「しかもそこのガキはジェンロじゃねえか。裏切ったか」


「すみませんが、僕もお金が欲しくなりました」


 彼の怒りが煮えたぎる前に、一人の少女が馬車の前に出てくる。

 少女はアカリと同じ年のくらいに見える。

 だけども一目でわかるほどに筋肉で体が盛り上がって優れた体格をしていた。

 あからさまなまでに格闘家の肉体だ。

 ということは、この少女がジェンロの姉貴分であり鋼の肉体を持つと噂のアドゥレだ。


「ギヒルル様、悪い子のおしおきは私がいたします。悪党の始末も私がつけますので、ジェンロの働いた無礼はどうかご容赦いただけませんか」


「いいだろう。俺に逆らうとどうなるか、よく教育してやれ」


「はい」


 広場で一郎さんがしたやり取りと似た会話の末に、アドゥレは俺たちに立ちはだかる。

 なるほど彼女も一郎さんも、ギヒルルが行き過ぎた虐殺をしないようにブレーキをかけているつもりなのだ。

 ギヒルルは気に入らない人間を容赦なく殺すタイプと見える。

 被害者を減らすために、あるいはその負傷を軽く済ますために、ボディーガードが率先して前に出る。

 そして見世物をやってみせてギヒルルの怒りを鎮めるのだ。


「アドゥレ、僕を信じてこっちに来て!」


「彼らはイチロウさんに圧倒されて逃げた人たち。そのなにを信じる? ジェンロは冷静になろう」


 アドゥレは拳を固く握り締め、ファイティングポーズを取る。

 俺たちを獲物とするかのように鋭く見据え、隙の無い小さな歩みで迫る。


 そりゃあ聞く耳は持たないか。

 ジェンロの命を助けるために俺たちを叩きのめす。

 それが彼女にとって最も安全な選択なのだと思う。


「コウさん、彼女は私が」


「うん。よろしく」


 アカリが譲り受けた王者のカードを取り出す。

 カードは白いマントに変わる。

 そのマントを見て、アドゥレやギヒルルの顔色が変わる。


「そいつは」


「見てのとおりだ。そちらの者が持っていた王者のカードを奪わせていただいた」


 と俺は嘘を吐く。

 譲ってもらうと言うのではなく、あくまで俺たちが彼らにとっての悪党になるように言葉を選ぶ。


「やっぱり地球人は役に立たないな」


 ギヒルルは不快そうに吐き捨てる。

 その怒りをコントロールするべくアドゥレはアカリに向けて宣言をする。


「そのカード、返してもらう」


「剣で切れないという体、試させてもらいます」


 アカリはマントから剣を取り出す。

 そしてアカリの方から攻撃をしかける。

 飛び込んで、剣を振るう。

 アドゥレは頭をかばうように腕で防御する。

 その腕に当たった剣は弾かれ、剣筋が乱れる。

 アドゥレは左足で大きく前に進み、そして右足で真っ直ぐに蹴りを入れようとする。

 アカリはそれから逃れるために体勢を崩しながら側転するように退く。

 地面についた手でも跳ねて、俺の手前まで戻ってくる。


「凄いなぁ……!」


 アカリは感動した声を上げる。

 噂どおりのアドゥレの肉体に。

 王者のカードで得た力に。

 その両方にアカリは興奮していた。


「本当に剣が効かないんだね、アドゥレちゃん!」


「諦めて。勝ち目は無いから」


 いきなりの「ちゃん」呼びに俺は多少驚いたのだけど、アドゥレは平静として俺たちを見ている。

 アカリはゆっくりとアドゥレに向かって歩き、アドゥレはその場でアカリの攻撃を待とうとする。


「お母様だったら切ってみせるんだろうけどな。でも私にはまだ鉄の塊は切れないからな……」


 アカリはマントに左腕を隠し、盾を持つ。


「だから本気で戦っても大丈夫ってことでしょ!」


 再びアドゥレの懐に飛び込む。

 接近してきたアカリを迎撃するためアドゥレはジャブめいた拳を突き出す。

 アカリはそれを剣で受け流す。

 なおも前に踏み出す。

 そして盾で思い切りアドゥレの頭を殴った。


「ぎっ……!」


 頭部への一撃は少しは効いたみたいだった。

 しかしアドゥレはすぐさま反撃に出る。

 至近距離まで近付いてきたアカリに右ストレートを見舞う。


「くうっ……!」


 深くは入らなかったが拳が腹部に当たる。

 アカリは思わず飛び退る。

 ヨルノナから聞いた噂では、剣を受け付けない強固な肉体から繰り出されるパンチは鈍器のような破壊力を持つそうだ。

 まともに食らえば立ってはいられない。

 だから今のは危なかった。


 今度はアドゥレが追う。

 剣で傷を負うことのない肉体で迫ってくるアドゥレは、剣を扱うアカリには分の悪い相手に思える。

 それでもアカリは早くもアドゥレ相手の戦い方に見当がつきつつある様子だった。

 剣と盾でアドゥレの拳と蹴りをさばく。

 特に剣を上手く利用する。

 剣を持っているリーチの長さを駆使するのがアカリの作戦だ。

 盾で殴った時の手応えから、全くのノーダメージってわけではないことは知れた。

 そこでアカリは剣で切ろうとするのではなく、ぶつように振るう。

 盾を使った打撃の反撃手を用意しながら扱い慣れた剣でアドゥレを追い払い、彼女の最良の間合いに入らせない。

 たとえ剣で傷を負わせられなくても武器を持っていることの優位性が際立つようにアカリは動き、アドゥレの攻撃に対処する。


「アドゥレちゃん、気が変わったらいつでも言ってよ。私たちがあなたたちのことを助けてあげる」


「くっ……!」


 アドゥレの方は、アカリの作戦の対策を思い付けずにいる様子だ。

 そこにひらめきが訪れるまではアカリが有利を握り続けるだろう。


 アカリは冷静だった。

 鋼の肉体と称されていて剣で切れない相手なのに、それでも優勢に戦ってみせる。

 おそらく母親のユーキアさんの存在が大きいのだろう。

 ユーキアさんは鉄の塊を切れると言う。

 俺の知る常識では、剣は鉄の塊を切れないものだ。

 だが地球の物理では考えられないことが、この世界の達人にはできる。

 達人の領域。

 そういうものがこの魔法の世界にはどうやらある。

 アドゥレの異質な肉体もユーキアさんの剣術と同様に、その達人の領域に踏み込んで獲得した性質と推察できる。

 だから噂どおりに刃が通らなくてもアカリは動揺しなかった。

 切れないことは織り込み済みで、普段とは違う戦い方を設計したのだった。


 試みは上手くいって、優位に立った現状に至る。

 優劣がひっくり返る前に勝負を決めてしまえればいいのだが、アカリにその手はあるだろうか。


 もちろんアドゥレとしては延々と同じように対処されて消耗するわけにはいかない。

 その身一つで戦うアドゥレはとにかく一撃をアカリに入れたかったようだ。

 彼女はとにかく距離を詰めることを選ぶ。

 反撃を受けることは承知で、それでも間合いに入ってパンチを当てる。

 そのためにアドゥレは先ほどよりも思い切りよく足を前に動かした。


 しかし行動を変えたのはアカリもだった。

 アドゥレのパンチを盾で受け流すと同時に、剣を持った手をマントに隠す。

 その手がマントから出てくると、もうなにも持っていなかった。

 アカリは空けた手でアドゥレの腕を掴む。

 それは一郎さんがさっきアカリに対してやったことによく似ていた。


「うりゃあああっ!!」


 アカリは勢いよく俺のいる方へ数歩の助走をつけて、アドゥレをぶん投げた。

 まるでボールでも投げたかのように俺の後方遠くへとアドゥレは飛ばされていった。


「アドゥレさん!?」


 ジェンロが、ランタンの明かりの届かない所まで投げ飛ばされたアドゥレの身を案じる。

 そしてアカリはすぐさま俺の後ろを守るように移動する。


「よくやってくれた、アカリ」


「はい。もう護衛の役には立たせません」


 アドゥレをこの場から引きはがせば、ギヒルルを守る者はもういない。

 勝負はついた。

 俺の賭けが残っているだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る