第24話 作戦は狂う

 ギヒルルたちの計画も粗雑であったが、俺たちの作戦もまた随分と大雑把になった。

 恥ずかしながら俺たちも策士と言えるような脳みそは持っていないのだった。


 シンプルの方がわかりやすくていい、とも言える。

 そのシンプルな作戦っていうのはつまりギヒルルが通る予定になっている森のルートを先に行き、待ち伏せをするというものだった。

 一郎さんとアドゥレさん、そしてギヒルル以外の人間は大した戦力ではない。

 それがジェンロの評価だった。

 敵の実情を一番よくわかっているジェンロがそう言うのなら、そうだと考えて作戦は練った。

 手下どもの対処法としては、向こうが動く前に俺の拳銃で射止めてしまうのが妥当だろう。

 手下たちが役に立たないとなれば、ギヒルルが出てくるしかない。

 引っ張り出せれば、あとは俺の賭けが通ることを祈るのみ。


 ギヒルルには逃げるという手もある。

 しかしそれに対しては有力な手段がこちらにある。

 逃げる素振りを見せた時には、馬車を引く馬を潰す。

 逃げたければ一人で逃げろ。

 そういう状況に追い込んだ時、損を嫌うギヒルルは手下や馬車を捨てて逃げるだろうか。

 損をしたくなければ逃げずに戦ってみせろ。

 その挑発が予備の手札だ。

 ギヒルルの資金を奪おうというこの作戦、冷静に逃げられればおしまいである。

 彼には無駄な戦いをする馬鹿であってもらわないと困る。

 せめて挑発に乗る馬鹿だと信じる。

 俺以上の馬鹿が相手なら俺は勝つ。


 賭けに勝つ可能性を上げるために、おばあさんからは500万円を借りて、こちらの戦力も整えた。

 日が沈み、出歩く人も減ってきた頃合いを見て、俺とアカリとジェンロは家から出た。

 速やかに町の外へ向かう。

 しかしその途中で、一郎さんと鉢合わせた。

 彼は白いマントを既にまとっていて、高い所から俺たちを見つけて、目の前に降りてきたのだった。


こうくん。君を探していたんだ」


「一郎さん」


 ここで一郎さんと会うのは当然作戦にはないことだ。

 俺は焦る。

 だけども心の奥底でほくそ笑む。

 作戦だの計画だのっていうのは狂うものだ。

 ギヒルルにアドゥレさん、そして一郎さん。

 全部を一気に相手するよりかは一人で来てもらった方が好都合だ。


「俺はギヒルルから命令されている。君を殺して、君の財産を全て奪うことをね」


 そう言って一郎さんはアカリを見て、そしてアカリに隠れるようにして立っていたジェンロを見る。


「ジェンロくんもいたのか。君のことも探すように言われていたんだ。アドゥレさんが心配していたよ」


「俺たちはそのアドゥレさんをギヒルルから奪い取るつもりです。一郎さん、あなたもギヒルルの言いなりになるのはやめませんか」


「君たち、ギヒルルとやり合う気なのか?」


「邪魔をするのであれば、あなたともです」


 そう対立する振りをしてみせるが、一郎さんは味方になってくれるはずだ。

 地球人を狩ってきたギヒルルと一郎さんがどうして一緒にいるのかなんて、どうせろくでもない理由なのだ。

 しかし一郎さんは悲しい目をした。


「それなら俺は俺の役目を果たそう」


 一郎さんは白いマントに自らの腕を隠す。

 次の瞬間には剣と盾がそれぞれの手に握られる。

 俺の王者のカードは一郎さんによってセキュリティを無効化され、それと共に銃に変わる。

 アカリが刀を抜いて俺の前に立つ。

 そして俺は退く。


「まさかあんな人間に忠誠を誓うわけじゃないでしょう!?」


 一郎さんに銃を向ける。

 だけどその拳銃にはまだ弾が入っていない。


「忠誠が無くても戦う理由はある!」


 一郎さんは銃弾を防ぐために盾を構えて進み出る。

 その盾はアカリとしても面倒な存在だ。

 アカリが間合いを取りやすいように、俺はジェンロくんと共に彼らから離れる。

 一郎さんは盾を持つその優位性ごと押し付けるようにアカリに向かう。

 突進による攻撃からアカリは身軽なステップで逃れ、一郎さんの横を取ろうと試みる。

 それには一郎さんも剣で応じる。

 盾はあくまで俺の銃弾を意識して射線から外さないようにしている。

 だが防がれても撃つ意味があると俺は認識している。

 銃弾を6発装填し、ただちに1発を撃つ。

 盾に防がれるつもりで撃つ銃弾は、特別な投資を一切しない1発10万円の通常弾。

 俺が銃弾によって盾を縫い付ければ、アカリが優位に立ち回れる。


 それをわかって一郎さんは、一度飛び退いてアカリと距離を置く。

 アカリが一足で追うことのできない距離を一郎さんは跳んでみせる。

 やはり身体能力が魔法で強化されているのだ。


「この白マントはコストパフォーマンスに優れていてな。50万イェンの初期投資で剣と盾に加えて、100万イェン相当のブーストが得られる」


 自分の装備のネタを明かして、既に勝ったつもりでもいるのか。

 一郎さんは再びアカリに接近する。

 今度はフェイントをかけた後に跳び上がって、アカリの肩を空中で蹴る。

 蹴り飛ばされたアカリが地面を転がった。


「俺がこの世界に来たのはおおよそ一週間前。このマントの力を得て、体が軽く感じたよ。まるでヒーロー。まるで正義の騎士。そして俺はそのとおりに振る舞った」


 アカリを蹴り飛ばした一郎さんは今度は俺に向かってくる。

 2発を撃つが、それは足止めにもならなかった。

 盾が銃と接し、銃身が逸らされる。

 当たりようのない弾を反射的に撃ってしまう。

 そして一郎さんは俺の胸部を蹴る。

 起き上がったアカリが後ろから切りかかるが、一郎さんは剣でそれを受け流す。

 そしてアカリの背後に回り、盾でアカリの背中を打つ。


「弱き者を救う、無償の正義。だがそんなものはこの世界に存在し得ないとすぐに知ったよ。対価を得ずに戦えば人々は俺を頼り、俺に与えられた1000万イェンは一瞬にして底をついた」


 俺たちを圧倒してみせた一郎さんは攻撃の手を緩め、立ち止まった。

 俺とアカリは体勢を立て直す。


「資金を失った俺を雇うと言ってきたのがギヒルルだった。藁をもつかむ思いですがったが、やつはろくでなしだった。だが俺は従わざるを得ない。俺にはもう金が無い」


「金の問題なら、俺がどうにかします。だから一緒に戦ってもらえませんか」


 俺は銃を構えて問いかけた。

 一郎さんは盾を構えて答えた。


「問題はもっと根深いんだよ。君たちはわかるか? 王者のカードを持つ者に課せられる義務。そして王者のカードを持つ者がどうあるべきか、その正しいあり方を」


「悪党に手を貸すのが正しいあり方ですか!?」


 アカリが前に出る。

 今度は銃撃を通すためにアカリが隙を作る役をやろうとしていると俺は察する。


「王者のカードを持つ者は、一過性であってはならないということだ!」


 アカリは深入りせず、刀の先でけん制をする距離を作る。

 そして右手に持った剣でさばこうとする一郎さんを様々な角度からの攻撃で追い立てる。

 アカリの攻撃から逃れるためには一郎さんも動く必要がある。

 そのタイミングで銃撃をする。

 俺に意識が向けられて、アカリへの対応が遅れる。


 一郎さんの当初の目論見は破綻した。

 盾と剣で俺とアカリをそれぞれ制圧するのはもはや無理がある。

 だから一郎さんも動き方を変える。

 俺の銃撃を避けるための素早い動き、そしてアカリを盾にするようにして、アカリに向かって突っ込む。

 そして盾で、アカリが振り下ろそうとする刀を殴る。

 もう片方の手でアカリを服を掴む。

 一郎さんはいつの間にか剣をマントに隠して、手を空けていた。

 そしてアカリを俺の方へ投げ飛ばす。


「人を助けることを望むならば、一回で終わらせてはならない! 恒久的に続く、人助けの経営をしてみせるのが正しい王者のカードの使い方だ!」


 どうして一郎さんが戦いに集中せずにこうも俺たちに喋りかけるのか、その意図がはっきりしなかった。

 しかし一郎さんはアカリに問いかける。


「王者のカードを持てば、善も悪も重要なことではなくなる。それがわかるか、日本の刀を握る異世界の剣士よ」


「私たちは正しいことをするためにギヒルルを討つんじゃありません」


 アカリが起き上がるのに俺も手を貸す。

 俺に体重のいくばくかを預けつつ、アカリは問いに答える。


「金儲けのために彼を討ちます」


「そうか、それなら結構!」


 一郎さんは左腕をマントに隠す。

 盾が消え、剣が現れる。

 その剣を一郎さんは両手で持ち、俺たちに向かう。

 アカリがそれに応じる。

 一郎さんは大きな動作で力強く剣を振った。

 しかしそれをアカリは上半身だけ引いてその剣を避ける。

 そして引いた上半身をばねのようにして振った刀が一郎さんの肌を大きく裂いた。

 刀は見た目よりも深くまで届いたのか、血が噴き出る。


 一郎さんは膝をつく。

 白マントがカードの姿に戻る。

 すると一郎さんはそのカードをアカリに差し出した。


「君が、正しい白騎士になってくれ。経営の才能の無かった俺の代わりに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る