第23話 内部者の告白

 なぜ今夜がギヒルルを討つ機会なのか。

 それはギヒルルが危険を冒すからだとジェンロは言った。


「普通であれば、ギヒルルは宿を一つ貸し切って泊まります。建物自体が盾の代わりになりますから寝込みを襲撃することは困難です。当然、アドゥレさんとかの護衛もいます。襲撃者が護衛とやり合っている間にギヒルルは目覚め、返り討ちにするなり逃げるなりができます。それがギヒルルの考える安全かつ快適な夜の越し方なのです。ですが今宵、ギヒルルはその安全策を捨てて、町の外に出なくてはなりません」


「出なくてはならない? どういうわけだ?」


「もちろん事情があります。ギヒルルは今夜、この町を取り仕切る貴族の家を襲撃して強盗することになっています。狙いはかの貴族が持つ、町の政治の予算です」


 そして逃げるギヒルルを貴族の兵が追う。

 兵は矢を放ち、ギヒルルは背中にいくつもの矢を受けながらも森に逃れる。

 ギヒルルはかろうじて森を抜け出すが、その先で雷に打たれて息絶える。

 ギヒルルの持つ王者のカードもその雷の衝撃で焼失する。

 そういう予定になっているのだとジェンロは語った。


「それではまるでヨールヨールの最期じゃないか!」


 とヨルノナが怒鳴る。


「雨が降るかどうかはわからないので、そこは予定に入れられてはいませんけどね」


「って言うか、その予定だとギヒルル死んでるじゃんか」


 俺が指摘すると、ジェンロはからからと笑った。


「それは、貴族の方がそういう筋書きで言い訳する予定だからです」


「実際は違う?」


「はい。ギヒルルは強盗をするのではなく、貴族様からお金を譲り受け、町を出るだけです。一族のみなさまには危害を加えないことを条件に、そういう約束を交わしているのです。ただ、自分可愛さにそんな密約をして町のお金を悪党に渡してしまったとあっては、貴族様の立場がありません」


「だから、言い訳のシナリオを作ってある」


 ジェンロが笑顔でうなずく。

 ギヒルルを追い、殺すことには成功した。

 しかし王者のカードは焼失してしまい、奪われた金を取り戻すことはできなかった。


「言い訳したところで貴族様のお立場は悪くなると思いますけどね。ただ脅迫相手はあの極悪人ギヒルルですから、逆らうとなにがあるかわかりません」


 そんな粗雑な計画があるものかね、と俺は疑ってしまうが、俺以外のみんなは大真面目にジェンロの話を受け取っていた。

 それならあり得る話なんだろう。


「王者のカードの力をそんなふうに悪用するなんて、最悪ですね」


 アカリも顔をしかめて言った。


「とにかく貴族の方に泣きつかれてしまって、そういう筋書きで事を運ぶことになってしまいました。公には死んだことになるっていうのもギヒルルは面白いと思ったみたいで」


「その偽のシナリオを演じるためにギヒルルは町を出なくてはいけなくなる」


「そういうことです。実行されるのは今夜」


 ギヒルルは、莫大な金を得るためとは言え、彼の思う最良の安全策を放棄して夜に町の外へ出なくてはならない。

 それがギヒルルが今夜冒す危険。

 だからこそ、ギヒルルを襲撃するのであれば今夜をおいて他に無い。


 ジェンロの言いたいことは理解できた。

 だけど絶好の機会と言うほどの隙が生じるわけでもないと感じる。

 むしろ危険な状況下にあるとわかっていれば、ギヒルル自身も警戒心を持って行動するはずだ。

 宿という壁によって時間を稼がれる心配が無い。

 慣れないことをしているせいで、ギヒルルたちの調子が万全でない可能性がある。

 そのくらいに考えるのが妥当ではないか。


「だが結局は、騙し討ちでギヒルルの寝首をかくことはできないわけだろ?」


「それは……そうですね」


 ジェンロはうつむくようにして首肯した。


「いくら防備が薄れたって、正面から倒すのはきついぞ」


「そこをどうにかなりませんか。僕はもう、あんなケチなクソ野郎のところにいたくありません。アドゥレさんをあんなやつの言いなりにさせたくないです」


「ケチなクソ野郎か」


 子供らしい罵倒の仕方に俺は思わず笑った。


「本当にケチなんです。あれだけの大金を持ちながら、僕たち手下には全く配らない。全部自分のものにして、貯め込むんですから」


「そりゃあケチだな」


 思い返してみれば、そのケチっぷりをさっきも見せていた。

 俺の資金を王者のカードで覗き見をしてから、一郎さんに渡す金額を決めていた。

 その金額も、俺が持っていた額よりも随分と少なかった。

 俺から金を強奪して利益を出そうと考えたからだ。

 大金の力で押し潰せば簡単かつ確実に勝てるだろうが、それでは利益が出ない。

 だから少額の投資をした。

 真っ当なやり方だけど、ケチくさいと言えばそうでもあるだろう。


「なあ、ギヒルルはどのくらいケチなんだ?」


「物凄くケチです。あれほどケチな人間はいませんね。あくどい商人の方がまだましです」


「いや、これは重要な話なんだ。罵倒ではなくて、厳密かつ客観的に評価を下してくれないか」


 と俺はお願いする。

 するとジェンロは笑った。


「冷静に評価を下してもそう変わりませんよ。ギヒルルは、1イェンでも多く懐に抱えていたいと考える男です」


「そうなのか」


 直感があった。

 ジェンロの言葉を聞いて俺は、もしかしたら、と思い始めていた。

 俺の頭の中で、金についての考え方が洗練されていくのを感じる。

 異世界に来て1000万円を持たされて、それを運用しながら旅をすることになってしまった。

 そのことが俺に金と向き合わせ、その結果として、俺は金の使い方を急速に学習している。

 そして今、今夜起こる騒動を利用して利益を生む手に俺は気が付いた。


「それなら、もしかしたら君とアドゥレさんを解放できるかもしれない」


「本当ですか?」


 ジェンロの表情が、日の出のように明るくなる。

 その喜びは眩しすぎた。

 そんなに良い話ではないってことを俺は伝える。


「可能性があるってだけだ。失敗するかもしれない。失敗すれば、少なくとも俺は死ぬ」


 危険な賭けになる。

 だけど俺は理解しつつある。

 商売っていうのは、多かれ少なかれリスクを負うものだということを。

 戦いは商売ではないけれど。

 でも商売人の目でものを見れば、今回の件だって、リスクがとてつもなく大きいだけと言える。

 そしてそのリスクを負うだけの価値があると踏んだなら、リスクを負ってみせればいい。


「成功すれば、ジェンロもアドゥレさんも、シシキさんもおばあさんも、ヨルノナもハッピーになれる。その代わりに、俺はたっぷり恩を売らせてもらう。ギヒルルの資産も俺が全部いただく」


 そして一郎さんも解放してあげられる。

 おそらく彼もギヒルルの言いなりにさせられているから。

 それだけのリターンがあれば、一応はリスクに釣り合うだろう。

 そのリスクだって無謀に負うわけじゃない。

 成功する見込みがあるって踏んだ上で背負ってみせるのだ。


「アカリとジェンロにも死ぬ覚悟はしてもらわないといけない。いいかな?」


 わかっているだけでもギヒルルのボディーガードは強力なのが二人いる。

 一郎さんとアドゥレさん。

 その二人の動きは命を危険に晒して止めてもらう必要がある。


「恩返しのために、あなたのカタナになります」


 アカリは迷いなく言った。

 そう、アカリは刀だ。

 それで一郎さんを釘付けにしてもらう。


「僕も、命を賭ける覚悟で来ました」


 とジェンロはアカリの覚悟を追うように言った。

 アカリは戦いで死ぬことを想定して発言しているが、ジェンロはどうだろう。

 俺はそれを確かめるためにはっきり説明する。


「ジェンロにはアドゥレさんの足止めをしてもらう。死んでも止めてもらわないと、俺たちが死ぬ。それはわかっているか?」


「説得をして、止めるんですね?」


「そうだ。それでもし聞く耳を持たれなかったら、その体で死んでも止めるんだ。それを君に頼みたい」


 体で止めるということに、ジェンロは自信無さげな顔をした。

 そりゃそうだろう。

 格闘家としての名声があり、最強と尊敬する姉代わりの人を相手にまともに戦えるわけはない。

 それでもやらなきゃどうにもならない。

 そのことをジェンロは俺に言われるまでもなく理解したようだ。


「わかりました。引き受けます」


「よし。それなら作戦を立てよう。ジェンロにはもっと詳しくギヒルル側の戦力を教えてもらう。そして俺たちがやつらの本当のシナリオを作ってやろう。ヨールヨールの物語とは全く異なる結末を描いてやろう」

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