第22話 魔法の力、金の力

 おばあさんは、何億円という金額を用意するのには何日もかかってしまうと言った。

 だから俺には提供できないと、断られてしまう。


「そうなんですか?」


 シシキさんに提案した感じからして、何億円という資産は確実に持っていそうだと思ったのだが、見当違いだったのだろうか。


「確かに資産はあります。ですがそれは、手元にあって使えるお金としての資産とは限らないでしょう?」


 俺はイメージが付かなかった。

 アカリも首を傾げる。


「たとえばこの家。それに商売で使う馬車や、売り物。それらはお金ではありませんが、お金に換えることができます。ですからそれらも資産と言えますね」


 それだけではありませんよ、とおばあさんは解説を続ける。


「人に貸したお金。これも資産と呼べますが、こういうお金はすぐに手元に戻すわけにもいきませんね?」


「まあ、いきなり返せって言われても、返せない人は多いでしょう」


 金が無いから借りるわけだし。


「貸したお金は利子と一緒に帰ってきます。言うなれば、お金の出稼ぎですね。私たち商いをする者にとっては、お金に仕事をしてもらうことはとても喜ばしいことです。お財布の中に閉じ込めてなにもさせないなんて勿体ない。だからお金を貸したり、有望な人に投資したりします。お金に働いてもらって利益を出すために、ね」


「お金はみんな出稼ぎに行っているから、俺には提供できない。というわけですか」


「もちろん、集められるお金を集めれば、あなたの望む額も用意できます。ただそれには時間がかかる、少なくとも今この場には無い、ということです」


「理解はできました」


 俺のように王者のカードの持ち主なら、巨額の金を溜め込むことに意味はある。

 手持ちの円は、魔法の力だ。

 魔法の力が大きければ大きいほど、他の王者のカードの所有者より優位に立てる。

 資金を奪おうと襲い掛かってくるやつがいても振り払える。


 だけど、商売人にとって魔法の力なんて関係のないことだ。

 円を純粋に金と捉えるのなら、おばあさんが言ったように、溜め込んでも意味が無いのだろう。

 だから一つの場所に集めるのではなく、色々な方法で運用して利益を出そうと試みる。


 魔法と見るか、金と見るか。

 それによって扱い方が全く変わるのだ。


「私のポケットマネーで貸せるのはせいぜい500万イェンぐらい。でもこれじゃあ足りないのでしょう?」


「ええ、とても。商売のことも知らず、俺が浅はかでした」


「いいんですよ。あなたの考え方は良いものでした。自信をお持ちになって」


 そう言ってくれるのはありがたい。

 だけど話は元に戻った。

 俺たちはギヒルルと戦えない。


 その時、家の中に誰かが入ってきた。


「お邪魔しますねー」


 少年の、のんきな声。

 そして俺たちが話をしていた居間に少年は姿を見せる。

 十代前半くらいに見える。

 まだ背は低く、声も低くなりきっていない。


「どちら様?」


 とおばあさんは聞いた。

 俺たちの誰の知り合いでもなかった。

 だけど少年は俺を見て、


「確か、コウ様でしたね? 僕はギヒルルの使いで、ジェンロって言います」


 と言う。


「ギヒルルの手下か」


 アカリは少年の動きに十分に警戒しつつ刀を抜いた。


「あー、違います。襲いに来たんじゃないんですよ。僕、戦いできません」


 ジェンロと名乗った少年はなにも持っていない両手を振って、争う意思が無いことを見せる。

 しかし、隠し持った武器がなにかあるのではと疑い、ヨルノナが身体チェックをおこなう。

 少年は体のあちこちを大人の女性に触られて、落ち着かず視線をさまよわせる。

 ウブだ。

 そのうろたえっぷりで、無害と知れる。

 こちらを出し抜く余裕など無くなっていた。

 しかしヨルノナの入念な身体チェックは続いて、解放された頃には少年の顔は真っ赤になっていた。


「大丈夫、なにも持ってなかったぞ」


 とヨルノナは言う。


「だろうと思った」


「それで何の用なの?」


 刀を納めて、アカリは尋ねる。

 そのアカリも少年にとってみれば美人のお姉さんってところなのだろうか。

 まともに直視できていない。


「まあまあ、話はちょっと落ち着いてからでいいんじゃないかな。とりあえず座らせてあげよう」


 と俺が座っていた椅子を譲ってやる。

 促されるままジェンロは腰掛ける。


「俺の飲みかけでもよければ飲みな」


 お茶も勧めてみる。

 いただきます、とジェンロは一気に飲み込んだ。

 相当な緊張状態にあったみたいだ。


「俺は君の味方だ」


 などと言って、緊張をほぐしてやろうとする。


「はい。僕はみなさんに助けにもらいに来たんです」


 とても重大なことだけジェンロは言った。

 助けてもらおうとしてここに来たのなら、敵ではないことになる。

 どういうわけがあったのか話を詳しく聞きたいが、まずは落ち着いてもらうことが先決と思った。

 動揺したままでは細かい話が抜け落ちたりこんがらがったりするだろう。

 だけども赤くなった顔がそうすぐに元に戻るわけでもなく、しばらくの時間を要した。


 落ち着いてもらってから、ジェンロに話をしてもらう。


「みなさんに我が主ギヒルルを討ち取っていただき、僕とアドゥレさんを解放していただきたいんです」


「自分の主を討ち取ってもらおうとは、どういう風の吹き回しだい? いや、その前に、どうしてここがわかった?」


 ヨルノナは怪訝そうな顔をする。


「僕は昔話や商売のことを調べるのが好きなんです。趣味ってやつですね。だから、この町にヨールヨールの子孫で商人の方がいるって話は聞いたことがあったんですよ」


 そして先ほどの広場で俺がヨールヨールの末裔だと言っていたから、ここを見つけられたのだとジェンロは説明した。

 俺はヨルノナに責任を押し付けるために嘘をついておいたのだが、まさかこんなふうに役立つとは驚きだった。


「なるほどね。そっちのわけはわかった。じゃあ改めて風の吹き回しの方を聞こうか」


「吹き回しなんてものはありませんよ。風はずっと同じ方向に吹いていました。僕とアドゥレさんは無理やりにギヒルルの言いなりにさせられてきたんです」


「無理やり、と言うと?」


「僕はアドゥレさんを。アドゥレさんは僕を人質にされているんです。アドゥレさんは僕の姉みたいな人で、両親を早くに亡くした僕の世話をしてくれていたんです」


 しかし三年くらい前にギヒルルに連れ去られるような形で配下にされて、それ以来お互いを人質とされ、いいように使われてきた。

 そうジェンロは自分たちの身の上を説明する。

 ギヒルルが人さらいまでやっていると聞けば、彼の悪党のイメージがさらに強まる。

 本当にとんでもない人間なのだ。

 それと関わり合いにはなりたくない。

 もし関わるのであれば、その時にはやつの鼻をへし折るべきだと感じる。


「人質であるのなら、君が今こうやっていることはお姉さんの身を危険にしているんじゃないのか? 大丈夫なのか、お姉さんは?」


 ヨルノナの質問の仕方には少し棘があった。

 まだジェンロのことを敵の一員と思っているところがあるようだった。

 助けを求めてきた少年を相手にその態度は厳しいんじゃないかと思ったのだが、しかし彼から情報を引き出すことが大切だ。

 ヨルノナがそれをしてくれるのであれば、止めることもない。


「ギヒルルの機嫌によっては、アドゥレさんは殺されていてもおかしくないでしょう」


 とジェンロは答えた。


「だけど、これ以上アドゥレさんをギヒルルの悪事に加担させたくはないんです。ここに来ればアドゥレさんを救える可能性があると思って、だからアドゥレさんが死んでしまうリスクだって承知で来ました」


「覚悟、してきたんだね」


 アカリが感心したふうに言った。

 自分よりも小さい少年が勇気を出して行動していることには感じるものがある。


「リスクを取らなければ、自分が本当に望むものはいつまで経っても手に入りませんから」


 大人びたことを言う。

 そう、大人びているのだ。

 成熟しきった大人が言う感じではなかった。

 年齢に見合わずさといところがあり、そして醜い大人に対しての失望もある。

 そういう気分が彼の言い方に表れていた。

 かつての俺もその半分を持っていた。

 馬鹿なりにひねくれて、音楽に打ち込んだものだ。


「でもアドゥレさんならそう簡単に死なないと信じています。アドゥレさんは凄く強い格闘家なんですよ。素手で、剣を持った人に勝てるんです」


「それって、ギヒルルのボディーガードじゃんか」


 ジェンロは自慢げにうなずいた。


「だから三下に負けることはありません。ギヒルルに襲われても逃げられる可能性はあります」


「それならその可能性に賭けてほしいな」


 誰にどうお願いされたって、不利が覆るわけじゃない。

 そう俺は思った。

 だけどジェンロは、俺たちの気を変えるような情報を持っていた。


「そう思われるのも無理はないですけど、どうか僕の話を聞いてください。今夜こそが、ギヒルルを討つのに絶好の機会なんです」

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