経営の才能
第21話 判断は正しかった
俺の判断は間違っていなかった。
俺は正しく決断して行動をしたはずだ。
煙幕以外にも手段はあった。
たとえば、単純に銃弾の破壊力を上げることもできた。
この世界の円は金であり魔法の力だ。
だから金をかければかけるほど、威力は増す。
大金の力で一郎さんの盾を貫通する威力の弾を作り出すことも可能ではあった。
一郎さんだけが相手なら勝ちの目はあった。
だが一郎さんを突破してもその後が問題だ。
一郎さんの盾を突き崩すのに大金を使ってしまった後の俺に、ギヒルルと戦うことはできないだろう。
今のように逃走してみせることだって難しくなる。
だからあのタイミングで、勝ちを諦めて逃げ出したのは正しい判断だった。
あの場で俺はそこまで考え、決断して、実行して完遂した。
だから俺のやったことは正解だった。
シシキさんたちも助けられた。
そう自分に言い聞かせなければ、一気に700万円ほどを失ってしまったショックを落ち着かすことができそうになかった。
残金はおよそ450万円。
俺は、ヨルノナの親戚の家に逃げ込んだ。
この町に来たばかりの俺には、そこ以外に知る場所は無かった。
ヨルノナと、家の持ち主のおばあさんは俺たちを迎え入れてくれた。
広場で様子見をしてくれたテーリマともこの家で合流できた。
彼の無事もわかって、一安心ではある。
「カタナ、これだけしか持ち出せなかったな」
シシキさんが惜しそうに言った。
俺に運ばれる時に、とっさに三本掴んでいたのだ。
「持ち出せただけ上出来でしょう」
あんな非常事態でも商売のことを考えていられるなんて大したものだと俺は感心した。
「しかし三本だけではなぁ」
「また貴族でも騙しますかね」
とギアンは冗談めかして言った。
シシキさんは肯定も否定もせず悩ましそうにうなる。
「しかし。また助けられてしまったね」
シシキさんはそう言ってから、礼を述べた。
ギアンもそれに続いた。
「大したことではありませんよ」
と俺は言ってはみるが、俺の資金的には大したことだった。
だから笑みを作ることさえ全然できなかった。
「そうか、ギヒルルには勝てなかったか」
ヨルノナは残念がる。
まるで惜しかったふうに言うが全くそんなことはない。
俺は苛立って髪をかく。
「勝てる勝てない以前の話だ。ギヒルルは高みの見物をしていただけなんだからな」
「ボディーガードの女か。そいつがやたらと強いと聞いたな」
「女? 俺が戦ったのは男だ。それも地球人の」
そんな話は聞いていないぞ、とヨルノナは言う。
ヨルノナが聞いたのは、素手で剣士を倒す女の噂だそうだ。
その体は鋼のように硬く、ゆえに剣で傷を付けることもできない。
鋼鉄の肉体から繰り出される拳や蹴りは重いメイスのような破壊力を持ち、相手を粉砕する。
そんな大昔の偉人の伝承みたいな話をヨルノナは俺たちに聞かせた。
しかし話を盛ったわけではなく事実なのだろう。
ユーキアさんの剣技を思い出せば、そういう人間の存在は理解できることだ。
「あの地球人の他に、少なくとももう一人はそういうボディーガードがいるってことですね」
とアカリが話を整理した。
二人の並みならぬボディーガードを退けて、その上でギヒルルも打倒するとなると、どれほどの大金が必要になるのだろう。
少なくとも一介の旅人が気楽に喧嘩を売っていい相手ではない。
「どうやったら勝てますかね?」
俺の考えていることとは全く逆のことをアカリは聞いてきた。
あんなのにリベンジする気かよ。
「いや、無理だろ」
「いいんですか? さっきの戦い、何百万イェンも取られてしまったんですよね。このまま逃げていいんですか?」
別に奪われたわけじゃないし、逃げた方が良い。
冷静になるように俺は言う。
「何百万円も失ったからこそ、もう勝ち目は無い。このまま逃げて、それで俺たちの命が助かるなら、それが最良だ」
「逃げるのも危険があるでしょう。ほとぼりが冷めるまで、ここに隠れていても構わないですよ」
と家の持ち主のおばあさんがそう言ってくれた。
それなら、その言葉に甘えたい。
「できればご厄介になりたいですね。うちは品物だけじゃなくて、他の荷物も馬車も失ってしまった。これで外に出るのは自殺行為だ」
「その剣が売り物ですか?」
おばあさんはシシキさんの持ち出した刀に興味を持ったようだった。
シシキさんから一本渡してもらい、刀身を確かめる。
その目は宝の鑑定でもするかのような鋭さだった。
おばあさんは、ヨールヨールの遺産で商売を始めた者の一族だったことを思い出す。
商人として刀を見極めようとしているのだ。
「地球のニホンという国に伝わるカタナの模造品です。私の地元の鍛冶師に作らせました。再現度はまだまだですが、武器としての性能は保証できる出来になっています」
とシシキさんは説明する。
実際にアカリが戦いで使ってみせていることを俺も口添えする。
どうやら切れ味は普通の剣より良いらしいとおばあさんに伝える。
「そうですか、そうですか。地球の品のコピーとなれば目を引きましょう」
「そのつもりでしたが、地球の品が気に入らないというやつに目を付けられてしまい、この三本しか残りませんでした」
「ギヒルルという男は地球人を見下しているのです。異世界人よりも自分たちの方が高等な存在と信じるその差別意識から始まって、己が誰よりも有能であると増長したのでしょうね」
「このカタナという武器を振るったサムライと呼ばれる武人たちは、魔法無き地球人であるにもかかわらず鉄の塊さえ切ってみせたと聞きます。そのような異星人の伝承にあやかろうと買い求める者も多いだろうと期待していたのですが」
その話は随分と美化された侍だと思いますけどね。
と水を差すことはしないでおいた。
俺だって美化されていない史実の侍がどんなふうだったのかあまり知らないのだ。
刀の外観をひととおりチェックしたおばあさんはシシキさんの商才を褒める。
「その目の付け所は間違っていないと感じます。今回は運が悪かっただけで、このカタナを売るのは続けた方が良いでしょう。どうですか、私も商売をしているのですが取引をいたしませんか」
「取引とは、どのような?」
「失った馬車の代わりを手配いたしましょう。それで行商を続けられてはいかがでしょうか。もちろん取引ですから、タダで差し上げるわけではありません。カタナを私どものところに卸していただけませんか?」
シシキさんの商圏の外で販売したい、とおばあさんは言った。
「そんなにもありがたい条件で取引させていただけるのならば、断る道理はありません。こちらの方から深くお願い申し上げたい」
シシキさんとおばあさんの契約が成立する。
細かい契約は後日詰めるという話になった。
「あの」
と俺は手を挙げた。
「どうしました?」
「刀を扱うのであれば、ギヒルルを野放しにしておくのはリスクなのではないでしょうか。今この町にいるのがわかっているのなら、そこを叩けばより安全に商売ができると思います」
「確かにそういうことは言えるかもしれませんね」
「それなら俺たちに何億円かいただけませんか。ギヒルルを上回る資金があれば、俺の王者のカードでやつを打ち倒せます。返す当てが無いので借りるわけにはいきませんが、商売のリスクを減らすための投資と考えられてはいかがでしょう」
そう、ここが勝負所だ。
シシキさんと取引をして、このおばあさんは刀で商売を始めるつもりでいる。
その時にギヒルルは明確に邪魔となる。
義賊ごっこは少し気が向かないが、ギヒルルから金を奪えばいくらかは返せるだろうし、俺たちの利益だって出るだろう。
だからこれは互いに得な提案のはずだ。
本当に得か否か、それは商売人の勘定次第ではあるが。
「頭の回る若者はとても好きですよ。支援してあげたいと思います。でも、そのような大金は今すぐにはとても用意できませんね」
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