第20話 堕ちた騎士

 間井田まいだ次郎。

 彼は俺と明莉あかりと一緒の高校出身で、その時から共にバンドをやっていた。

 ザ・ガントアンズのベーシスト。

 俺が交通事故に遭う前に、バンドの解散を唱えたメンバーでもある。

 次郎が解散話を持ち出したのは社会人としての生活に軸足が移りつつあったことと、それから家業を継ぎながらも会社を倒産させてしまった挙句に自殺をした兄の影響があったのだと思う。

 自殺をした兄――その人が俺の目の前にいる。


「一郎さん……次郎のお兄さんですか。まさかあなたもこっちに来ていたなんて」


「まさかはこっちのセリフさ。弟は葬式に来て俺の情けない姿を見ただろうが、弟の友達にも恥ずかしい姿を見られることになるとはね。俺の人生、とことん上手くいかないようにできているのかな」


 日本人同士で話していても、ここは日本ではない。

 それどころか地球でもない。

 俺たちが立っているのは異世界。

 そして今から小競り合いが起きようとしている火種の中心部だ。


「おぅい、イチロウ。俺たちに喧嘩を売ってきたそのアホはお前の知り合いか?」


 神輿のような馬車の上に座るギヒルルが一郎さんに問う。

 一郎さんは愛想笑いを彼に返す。


「そうです。知り合いのよしみってことで、俺にやらせてはくれませんか。知り合いが惨殺されるところを見るのは忍びないものですから」


「ククク、俺がやったら手加減なんてしねえから、確実に死んでしまうものな」


 ギヒルルは愉快そうに笑う。

 一郎さんは粗野な男を敬うように頭を下げて、ますます調子に乗らせる。


「オーケー、いいだろう。イチロウ、お前の好きにさせてやる。生かすも殺すも好きにすりゃあいい。ただし金は全額むしり取れ」


「御意のままに」


 ギヒルルも一郎さんもカードを取り出す。

 白金色の少し厚みのあるカード。

 それは俺が持つのと同じ王者のカードだ。

 ギヒルルはカード越しに俺を見つめる。

 王者のカードには、その所有者同士の争いを促すような機能が備わっている。

 その機能の一つを使われているのだと察する。


「やつの持つ資金は1000万イェンぐらいだ。大した額じゃないな。イチロウ、お前は500万イェンでやれ」


 二人はカードを掲げる。

 500万円の金銭のやり取りがおそらくあった。

 金を受け取った一郎さんは、まるで剣を突き付けるかのように俺にカードを向けた。


「王者のカードによる正規の手続きでもって、孝くん、君の所持金を全て強奪させていただくよ」


 一郎さんの持つカードが、一瞬ギラリと鋭く光る。

 それに俺のカードが反応させられる。

 俺の持つカードは勝手に銃の形に変形した。

 俺の意思とは関係なく武器に変わったことに驚く。


「その反応を見るに、この機能を使うのは初めてなのかな? 勝負を仕掛ける側が武器の費用を支払う。最低限の礼儀ってやつなんだろうね」


 王者のカードを持つ者同士の争い。

 一体どういう戦いが起ころうというのかは、一郎さんが説明するまでもなく、俺の持つカードが教えてくる。


 王者のカードには、互いのカードの生体セキュリティを無防備にする機能がある。

 略奪されるリスクを負うことで、略奪する機会を得る。

 そういう仕組みだ。

 どういう意図で作られた仕様かは知らないが、とにかくその機能の存在によって、王者のカードの持ち主同士が争うように仕向けられている。


 戦いの目的は相手のカードを奪うこと。

 そうすれば、セキュリティの動作しないカードから相手の資金を好きなだけ奪うことができる。

 俺の場合、この銃を死んでも手放してはならないってことだ。


「状況は飲み込めたかな?」


 一郎さんのカードも変形する。

 カードは薄く大きく広がりながら、一郎さんの首に巻き付き、さらに広がる。

 白いマントへと変貌を遂げる。

 その高貴そうに見えるその白は、ファンタジーかおとぎ話の騎士を思わせた。

 面倒くさい相手だと直感する。


 俺は銃弾を6発、弾倉に入るだけ込めた。

 大きな額を投資すれば弾丸に細工を施すこともできる。

 だけど俺はこれまでどおりに、10万円でごく普通の弾を得る。

 面倒が予想される相手には先手必勝で事なきを得たい。

 俺は立て続けに2発、脚を狙って発砲した。

 しかしそれは棒高跳びでもやったかのような高さの、尋常でない跳躍によって避けられる。


 俺は焦りながらも、高く跳んで俺に向かってくる一郎さんの肩を狙う。

 一郎さんは左腕を自分の体とマントで挟んで隠すようにしていた。

 その隠されていた左腕が、さっきまで姿かたちのなかった盾を握って露わになる。

 肩を狙って撃った銃弾を盾が防ぐ。


「手品のマントかよ!」


 数秒にして3発を消費してしまった俺は、一郎さんから狙いを外して後退する。

 これだから地球人を相手にするのは嫌だ。

 地球人は拳銃というものを知っている。

 俺が今まで相手にしてきた異世界人たちは銃を知らなかったから俺の優位はあった。

 ただ銃を握って真正面から発砲するだけで、俺は騙し討ちをできたのだ。

 しかし地球人相手ではそれは通用しない。

 むしろ拳銃の形をした武器から弾丸が発射されるというのはあまりにもシンプル過ぎて、魔法の戦いにそぐわない。

 一郎さんの、手品のように物を取り出せるマントの方がよっぽど魔法の戦いに向いていると思える。

 マントを見ただけではどんな攻撃をしてくるのか予測がしにくい。

 相手に先読みをさせない強みというのが実戦には存在する。

 しかもさっき見せた跳躍力。

 あれは地球人のやれることではないのだから、なんらかの魔法が働いていると見るべきだ。


 そして、マントから取り出された盾で銃弾が防がれてしまうのならこちらの不利は明白だった。

 一郎さんも銃弾の威力の程度を知ったから、盾を構えて突進してくる。

 反撃を考えずに後退していたおかげで、そのままの勢いでタックルを受けて転倒するなんてことにはならなかったが、しかしかなり距離を詰められる。

 一歩踏み出せばパンチが当たるような距離で一郎さんは盾で殴りかかるタイミングを計っている。


 だがこっちにはアカリがいる。

 俺は一郎さんの盾を狙って発砲する。


「釘付けにする!」


「私が斬ります!」


 アカリは刀を抜いていた。

 そして俺たちの横から切りかかる。

 アカリは縦に刀を振る構えで、一郎さんの腕でも切り落とそうとしているように見えた。

 しかしこの不利な状況、そうでもしてくれないと助からない。

 もしアカリの斬撃を盾で防ごうものならその時は俺が銃弾をただちにリロードし、一郎さんの隙のできた所に容赦なくぶち込ませてもらう。


「腕は二本ある!」


 盾を持っていない右腕が一瞬だけマントに隠れ、そして剣を握って現れる。

 その剣でアカリの刀の攻撃を防がれてしまう。

 盾で俺の銃を、剣でアカリの刀を無効化する構えのまま、一郎さんは小さな声で俺たちに話しかけてくる。


「俺は君たちを殺すつもりはない。だが金は奪わせてもらえないとギヒルルの気が静まらない。いいか、わざと負けるんだ。そうすれば君たちの命は助かる」


「金を奪うって、全額ですよね?」


 質問しながら、俺はシシキさんたちの居場所を再確認する。


「そういうお達しだからね」


 と一郎さんはうなずく。

 だったらそんな要求はのめない。

 半分ぐらいで納得してくれて、それでシシキさんたち含めて全員助けてくれると言うのなら、まだ交渉の余地はあったが。

 それに一郎さんが命までは取らないと言ったところで、神輿の上にいる悪漢がどう気を変えるか知れたものではない。


「一郎さん、あなたはこれをただの拳銃だと思っている。だからそんな無警戒に俺に近付いた」


 一郎さんは俺の言っている意味を理解できていない顔をした。

 だから説明をしてやる。


「この銃は魔法によるものです。なら、普通ではない銃弾を用いることだってできるんですよ」


 真実を告げてブラフを張る。

 一郎さんに銃を向けたままに、俺の意思によって魔法で銃弾が装填される。

 特別製の銃弾。

 1発100万円を3発。

 そしてもう300万円で別の魔法のパッケージを用いる。

 身体能力を高める魔法。

 これがきっと一郎さんのさっきの跳躍の正体だ。

 300万円でどれほどの効果があるかはわからないが、やるしかない。


「手の内をばらすとは、勝ったつもりかよ!」


 一郎さんは盾を構えたまま飛び退く。

 さすがに身体能力が上がっているだけあって、俺の想定以上に後ろに下がる。

 だがいくら下がっても俺のやることに変わりはない。

 それどころか、下がってくれた方が好都合。


 俺は勝ち誇って叫んだ。


「勝つつもりではない!」


 3発全てを発砲する。

 1発は遠く離れた一郎さんの盾に、1発はギヒルルの乗る馬車に、そしてもう1発はシシキさんのいる場所の近くの地面に。

 1発100万円のその特別製の弾丸は、煙幕を作る弾だ。

 そして俺はもう300万円で強化された身体能力の、その腕力でアカリを抱え、そしてシシキさんとギアンを回収する。

 あとは全力疾走と跳躍力で一目散に逃げた。


 なんとか命は助かった。

 だけど一切の得をできず700万円近く――正確には660万円を失ってしまった。

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