第19話 腹の底から叫んで因縁を付けろ
俺がヨルノナの代わりに義賊をやる。
なんなら私やご先祖様の名を騙ってくれたっていい、とヨルノナは言ってくる。
罪ならいくらでも着ようという覚悟を見せられて俺はたじろぐ。
なんだってそんなに義賊として生きたがる。
悪党をこらしめたがる。
「悪いが、どれだけ頼まれても俺は自分の命が可愛い。その頼みはあまりにも危険すぎて受けられない」
「それでいいのか? ギヒルルを野放しにしていれば、あんたと同じ地球人が襲われて死ぬんだぞ」
ヨルノナはなんとか俺を説得しようとする。
でも俺はそれに動じるわけにはいかない。
あくまで冷静に決断を下すことが俺の旅には必要だ。
「次に死ぬ地球人が俺かもしれないんだよ」
しかしだな、とヨルノナは食い下がる。
そこにアカリが口を挟んだ。
「コウさんは、引き受ける気は全く無いんですね?」
と俺に尋ねてくる。
「ああ。一切無い」
「ならばこれ以上話をしても無駄でしょう。お暇いたしましょう」
アカリは立ち上がる。
まだお茶を一口も飲んでいないのだが、俺も彼女に先導されるままに席から立つ。
「本来なら、脱走してきたあなたを捕らえて村に帰すところです。ですが、今回は見逃しておいてあげましょう。その代わり、私たちのことも引き留めないでいただきます」
ヨルノナは苦々しい顔をした。
なにも答えないのを、アカリは合意と受け取った。
「では行きましょう」
「ああ」
やっぱりお茶に全く口を付けなかったのはおばあさんが可哀想だったかな。
後ろ髪を引かれる思いがあったけれど、俺はアカリの後ろについていってこの家を出る。
「ありがとう。助かった」
俺はアカリに礼を言った。
アカリが強引な交渉でヨルノナを振り切ってくれなければ、俺は強く断ることもできずにだらだらとあの家に居続けてしまったことだろう。
「構いませんよ。それよりも一早くこの町を出るんですよね?」
「そうだった。面倒事に巻き込まれたくないからな」
「それなら、とにかくこの町を出る商人さんを探さないといけませんね」
「ああ。場合によっては、俺たちだけで出ることも考えなきゃいけないかもな」
それはさすがに急ぎすぎでしょう、とアカリは否定する。
そうなのか?
だったらどれだけ急げばいいのか。
命の危機がある今の状況をどのように捉えればいい。
「ろくに旅の経験の無い二人だけで、しかも馬車も無しに外の道を歩く方がリスキーです。それでは悪党に狙ってくれと言っているようなものです」
「そうか。そうだったのか」
「出発が多少遅れても、商人さんと行動を共にすること。そして、なるべく目立たないようにすること」
アカリは一本ずつ指を立てて俺に言い聞かせた。
俺は一つずつにうなずきながら、焦りを落ち着かせる。
「そうだな。仮にギヒルルがいたとしても、俺が地球人だと知られなければやり過ごせるかもしれないものな」
「そういうことです」
行商人なら広場に行けば店を出している人が見つかるだろう。
俺たちは広場に向かおうとしたその途中で、ヨルノナの取り巻きの一人と鉢合わせた。
「あんた、ヨルノナさんの代わりに戦ってくれるんですね!?」
と取り巻きの男は喜びに満ちた顔をする。
しない、しません、と俺とアカリは同時に否定する。
「相手が悪すぎる。俺が戦っても返り討ちにされるだけだからお断りした」
「そうなんですか」
男の顔から喜びの色が消える。
しかしそれも一瞬のことで、取り巻きの男は慌てて俺たちを押し戻そうとする。
「だったら、ここからは早く離れた方が良いです。一度、ヨルノナさんの隠れ家に戻りましょう」
「いや、それはちょっと気まずくないか?」
「そんなこと言っている場合じゃないです。もう来ているんですよギヒルルが、この町に。広場で早速暴れているんです」
「なんだって?」
その知らせを聞いて、俺たちは取り巻きの男に押されるまま後退する。
目的の広場とは反対の方向に歩きながら、話を聞く。
「運が悪いことに広場には地球に伝わる武器のカタナってやつを売っている商人がいたんです。ギヒルルは地球人嫌いなもんですから、そういう地球由来のもので商売する人間にも目を付けるんです」
カタナを売る商人って、十中八九シシキさんだ。
よりによって知り合いが襲われていると聞かされて、俺は頭が真っ白になりかける。
アカリも顔を青ざめさせていた。
「目を付けられたら、どうなるんだ?」
「カタナは全部壊されるでしょうね。それで済めばいいんですけど、他に金目の物があったら取られるか破壊されるかはするでしょうね。そして、もしも抵抗するようなことがあれば命は無いです」
「抵抗なんて、しないよな?」
俺は尋ねた。
しかし取り巻きの男もアカリも、はっきりとした答えを返さなかった。
返せるわけもない。
取り巻きの男はそこまで状況を見てこなかったそうだ。
アカリだってシシキさんの行動を見通せるほどの付き合いじゃないのは、俺と同じなのだ。
命がなによりも大切だ。
だからシシキさんはカタナを折られることを許容するはずだ。
でも、もしもシシキさんがなにかの気の迷いで抵抗していたら、どうしよう。
俺はどうしたらいい。
「なあ、お前の名前、まだ聞いていなかったな?」
俺は取り巻きの男に尋ねた。
男は俺の質問の意図を解さないままに自分の名前を答えた。
彼の名前は、テーリマ。
「テーリマ、もし俺がお前の親分の代わりにギヒルルと戦うって言ったら、ちょっとばかし手伝ってくれるか?」
「なに言っているんですか?」
「戦ってくれるんですか?」
アカリは咎めるように、そしてテーリマは期待を込めたように、聞いてくる。
俺はテーリマにうなずいた。
「ただし俺たちも命は惜しい。だから、お前が先に広場の様子を見てほしい」
もしその商人が抵抗せずに事が済みそうなら干渉しない。
しかしギヒルルがそれ以上の危害を加える様子であれば、俺たちが出る。
その計画にテーリマは乗ってくれた。
広場で合流と決まるとテーリマが先を駆け、俺たちも広場に向かう。
「いいんですか? 勝てるとは思えないんですよね?」
「だからと言って、シシキさんを見殺しにはできない」
「500万イェンで買った恩というわけですね」
アカリは呆れたように笑う。
俺もそれに微笑み返す。
「恩じゃない。コネクションさ。彼が作ったコネを、俺も維持しておきたい。そういうことにしておこうじゃないか」
「やっぱりコウさんは甘いですよ」
「だな」
広場に着く。
場は騒然としている。
見せしめになっていた三人組に視線を注ぐ者はなく、三人組の目もまた別の場所に釘付けになっていた。
その視線の先がトラブルの中心だと理解できる。
遠目からでも、神輿のような馬車の上にふんぞり返った男の姿が確認できる。
馬車の屋根の上にやたらと飾り立てられた座席があって、そのために馬車が神輿のような見た目になっているのだった。
その派手な座席で偉そうにしているあれがギヒルルだろう。
そして先に状況の確認をしてくれていたテーリマから手短に報告を受ける。
シシキさんは、抵抗をした。
ギヒルルの手下によってゆっくりとなぶり殺しにされようとしている。
「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃいってわけだ! 今から、この俺様に逆らう人間がどうなるか、見せしめの虐殺ショーが始まるぞ!」
神輿の上の男がそう騒ぐのが聞こえた。
「いかにもな傍若無人っぷりですね」
アカリが顔を引きつらせた。
俺も同じような顔になる。
「俺たちにとって、いかにもなピンチでもある」
テーリマには礼を言って、もう下がるように指示する。
彼にできることはここまでだろう。
「お気を付けて」
とテーリマは俺たちに言った。
引きつった顔のままそれに応える。
「ああ、うん」
これからわざわざ渦中に飛び込むというのに気を付けようはない。
言葉をそのまま取ればそうも思うが、是非生きて帰ってきてくれと彼は言ったのだと意訳して受け取る。
テーリマが退くのを見送り、さて渦中に飛び込みに行こうと思ったが、ふと疑問がよぎった。
「こういう時って、どういうふうにケチを付けたらいいんだろうな」
「知りませんよ、そんなの」
「仕方ない。適当に因縁を付けてみるか」
遠目からトラブルの行く末を見ている人々は、巻き込まれたくないがためにギヒルルたちからはだいぶ離れている。
見物人たちは一定の距離、100メートルほどは離れて安全を確保していた。
本来は人が自由に行き来しているはずの広場に設けられてしまった、半径100メートル分の空白。
それはまるで暴力によって肥大化した彼らのパーソナルスペースだった。
俺たちはその領地に踏み入る。
怖いもの知らずといった風情でずんずん向かってくる俺とアカリに、ギヒルルと、十名ほどいる手下たちが目を向ける。
こちらが相手にしっかりと認識されてから、俺は腹から声を出す。
「やいやい! どこの誰だか知らねえが、好き勝手やってくれてるじゃねえか!」
やいやい、なんて言葉を口にするのは初めてだ。
落語かなにかかい、と思ってしまうが因縁の付け方ってこのくらいしか思い付かなかったのである。
こちらの言葉でどんなふうに訳されているのかは知らないが。
「でかい口を叩くしか能の無い野郎が高い所で目立っているんじゃねえ! 俺は伝説のヨールヨールの末裔である! お前のくだらないショーなんかよりな、この俺がお前を八つ裂きにするエンターテイメントショーの方が百倍は面白いぜ!」
叫ぶことだけは得意だ。
小規模なれどライブは何度もやってきたからな。
でもこういう芸風じゃないんだよな、ザ・ガントアンズは。
喧嘩の売り方ってはたしてこんな感じで良いのだろうか?
ギヒルルを始めとした敵方のみなさんは、どのように反応したものか困った様子で、真顔のまま俺たちを見ている。
まだ叫ばなきゃいけないなんてのは勘弁してほしいぜ。
芸風と全く違うことしたからもうとっくにネタ切れだ。
するとギヒルルの手下の一人が、
「君、もしかして、
と完璧な日本語のイントネーションで俺の名前を言った。
見ればその男の人も日本人っぽい顔と髪色をしている。
「え、あんた誰?」
でも俺にはその男の人に見覚えはなかった。
日本人らしき男は笑う。
「それもそうか。俺と君は初対面だからな」
そして彼は名乗った。
俺のよく知る名前と共に。
「俺は、君と一緒にバンドをやっていた
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