第18話 ヨールヨールの物語
「ヨールヨールみたいになったら、むごい死に方をしますよ」
そもそもヨールヨールみたいにはなれそうもないですけど。
とアカリは毒を吐いた。
そこにアカリの密かな尊敬が見える。
本には書かれていたヨールヨールは、悪人ではあったが腕は確かだったのだろう。
「豪雨の夜。ヨールヨールは盗みに失敗し、貴族が従える兵士たちに追われる」
ヨルノナは遊び飽きた玩具を弄ぶみたいに、淡々とヨールヨールの最期を語り出す。
激しい雨に紛れて降り注ぐ無数の矢がヨールヨールの体を貫く。
それでもヨールヨールは森の中へと逃げ延びた。
激しい痛みと出血によって動きの鈍るヨールヨールに、剣を携えた兵たちが迫る。
だが、まるで貴族の兵に加勢するかのように森に落ちた雷が、豪雨の中の大火事を引き起こす。
悪行を重ねた盗人は、今や火と剣に包囲されたに見えた。
しかしヨールヨールは火の中に飛び込んだ。
兵士たちは火の中まで追ってくることはできないと踏んだのだ。
ヨールヨールは、この天災こそが逃げ道を作り出す恵みと捉えて笑った。
しかし天から落ちた火は、決して彼の味方ではなかった。
追っ手を振り切って森から出る代償として、彼は全身に重い火傷を負う。
それでも、それでも逃げ切ったのだと足を引きずる彼に最後の罰が下る。
森を焼いた雷が、今度はヨールヨールの体に突き刺さっていた矢に向かって落ちた。
勇敢な兵士たちの放った矢は、大悪人に天の裁きを下すための刻印となったのだ。
雷は、満身創痍だったヨールヨールの体を文字どおりに引き裂いた。
こうして人々の生活をおびやかした悪党は、激しい苦痛の末に絶命したのだった。
「そうです。それがヨールヨールの最期です」
「だけどな、くだらない死に方をするよりも良くないか?」
ヨールヨールは盗みに失敗して、貴族の従える兵士の弓に頭を射抜かれて死にました。
そんな死に方では伝説にならないじゃないか、とヨルノナは言った。
「大きな悪事を働いておきながら、物語にもならない最期を迎える方が恥ずかしいと私は思うね」
「そういう考え方は良くないと思います」
俺もアカリと同感だ。
物語的な最期を遂げることによって、悪事を正当化しようという向きがあるように感じた。
要は、罪を重ねた悪人でありながら果てには英雄視されようとする欲深い考えだ。
そういうのは、現代日本人からするとあまり歓迎できるものではない。
「泥棒は泥棒ですよ」
とアカリはもっともなことを言う。
「義賊という考え方もあるだろ。悪人を滅ぼす高潔なる盗賊。私はその義賊として名を馳せ、偉大なる先祖ヨールヨールの名声をさらに高めるつもりなんだよ」
「私の村を襲った時のあれが義賊のやることですか?」
ヨルノナは子供を人質に取って、村の人たちに1000万円を出せと要求していた。
リジャムハは、村全体が悪党の塊なんていう村ではなかった。
むしろ俺を歓迎する祭りなど開いて、のほほんとしているぐらいだった。
そんな村を相手にあんなことをすれば、それは強盗だ。
「あれには事情があった」
「事情があろうと……」
正論を述べようとする言葉を遮って、ヨルノナはアカリを諭そうとする。
「そうじゃなきゃ、こうやってお前たちを呼び止めることだってない。それをわかれよ」
確かに普通なら自分たちを捕まえた憎いやつらに話しかけるようなことはしない。
見つからないようにその場を離れて、身を隠すのが賢明だ。
だというのに、ヨルノナは俺たちをこうして親戚の家にまで招いている。
なにか厄介事があったんだろうとは思っていたが、相当な異常事態だったのだとようやく俺も気が付いた。
「その事情、聴かせてくれるんだよな?」
ヨルノナに問うと、彼女は大きくうなずいた。
「そのためにお前たちを呼んだ。今の私にはどうにもできん。お前たちしか頼れるやつが見当たらない」
そんなふうに言われるとアカリは不安そうな表情になって俺の顔をうかがう。
俺だって不安になる。
だけど、とにかく聞いてみるしかないでしょ、と俺は表情だけで答える。
「王者のカードの力を悪用して、弱者を踏みにじっているやつがいる。名前はギヒルル。富豪の財布を切り裂き、地球人を食い物にする男だ。そいつを打ち倒してほしい」
王者のカードの持ち主。
地球人を狩る。
まだ話を聞き始めたばかりだが、関わり合いになりたくないという気持ちが既に芽生えている。
その気分はタケノコくらいに勢いよく伸びていく。
絶対にやばい話だ。
「護衛が少ないとか武力に劣る商人や富豪を脅して金を奪う。この世界に来たばかりの地球人を襲って殺し、王者のカードごと金を強奪する。その二つがギヒルルのビジネスモデル」
それじゃあ俺、殺されちゃうじゃん。
俺はギターより重い物を持ったことがないような人生を送ってきたのだ。
ギターで人を殴ったことだってないんだ。
避けられる戦いは避けて通りたい。
殺す気満々で来るやつと自らすすんで戦うなんて御免だ。
「金を持つ弱者を狙って金を稼ぐだけでも腹立たしいが、金にものを言わせて町中や村でも横暴に振る舞う最低なやつだ。私の義賊の魂が、この悪を許すなと叫んでいる」
ヨルノナの親戚のおばあさんがお茶を運んできてくれた。
ヨルノナはそれを粗暴にがぶ飲みする。
話しているだけで苛立ってきたらしい。
「前にもこの町に来て、大暴れしたことがあってね。いい迷惑だったのよ。金持ちのくせに横暴なだけで金払いは悪いんだから。なんのために金を持っているんだかって話よね」
おばあさんは穏やかな口調のままで吐き捨てる。
それだけ言って、おばあさんは台所へ引っ込んでしまう。
「私は王者のカードを持っていない。だからその代わりになるカードを手に入れるために、レイヴン・ヘヴンのフランチャイズに加盟しようとした。それであんたらの村を襲ったんだ」
レイヴン・ヘヴンに加盟する。
それはリジャムハで彼女が叫んでいたことだった。
そこのフランチャイズに加盟すれば、王者のカードのコピーが手に入る。
それでもってギヒルルに対抗するのが目的だったのだ。
「しかしその計画も失敗した。代わりに、王者のカードを持つあんたらが現れた。だからあんたたちに頼むしかない。実は、この町に再びギヒルルが向かっているという噂がある」
「俺としては、一刻も早くこの町から逃げ出したい話だなぁ」
「でも、そのような悪人を見過ごすわけにもいきません」
アカリの眼差しが鋭くなっていた。
それはここにいる誰かに向けたものではなくて、話に聞いただけの悪人に向けられたものだった。
「勝てると思うのか?」
俺はアカリを冷静にさせようと尋ねた。
王者のカードの持ち主を相手に戦って勝てるほど、俺の財力に余裕は無いんだ。
それも、富豪や地球人から略奪をして生きて、大金を持っていうようなやつが相手では。
「勝ちましょう。私があなたのカタナになります」
「めっちゃやる気じゃん……」
俺の気も知らずにアカリは気合いを燃え上がらせる。
「お母様の目を治してくださったおかげで、お母様は再び剣を取ることができ、私は旅に出られました。その大きな恩があります。恩返しができるのならば、命だって捨ててみせましょう」
自分が命を捨てれば、代わりに勝利の目が出ると考えているのだ。
だけど絶対に勝てるわけじゃない。
無駄死にということだってあり得る。
「捨てないでくれ。そんなことをするくらいなら逃げよう。正義のためとか言って自分の命を落とすことはないんだ」
「私としても死なれるのは寝覚めが悪いが……、しかしどうか頼む。私の代わりにギヒルルを打ち倒してくれないか」
「悪人をやっつけたって一文の得になるわけじゃないんだ。俺たちには利益の出ない戦いをする余裕は無い」
仮に大金持ちの悪党を退治できたとして、その戦いに見合う報酬が出る当ては無かった。
1000万円欲しさに強盗を働くヨルノナに報酬は出せまい。
利益が出なければ、悪党に殺されることとなんら変わりはない。
金が尽きれば魔法は使えなくなり、俺はただの無能な地球人に戻る。
だからギヒルルという悪党の件は俺たちに背負えることではなかった。
しかしヨルノナは、
「利益なら出る。ギヒルルの資産を奪えばいい」
と言った。
「それじゃあまるで義賊じゃないか」
「そうだ。私の代わりに義賊をやってくれと言っているんだよ」
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