第17話 罰から逃れてきた者に呼び止められて

「ああ、そうだ。これを渡しておかなきゃな」


 そう言って、シシキさんは白いカードを掲げた。

 なんのことだろうと思いながらも俺もカードを取り出した。

 なにかくれるってことだろうと考えて待ち構えてみると、500万円が送られてきた。


「それ、今回護衛をしてくれた報酬。あとは、カタナの名前を付けてくれたお礼で色を付けておいたよ」


「ありがとうございます」


 俺は深々と頭を下げた。

 俺の態度から相当な額をもらったと察したアカリが、俺のカードの表面を覗き込もうとする。


「いくらもらったんです?」


 と小声で言ってくる。

 後にしなさい、と俺も小声で返す。


「名残惜しいが、都に行くなら他の商人に同行させてもらった方が良いと思うよ。我々はここでしばらくカタナを売ってみるつもりだし、都に着くまでに寄り道もする予定でいるからね」


「わかりました。色々ありがとうございました」


 俺は改めて丁寧にお辞儀をした。

 これまでの全ての恩に向けての礼。

 これでお別れになっても未練を残さないお辞儀である。

 急ぐわけじゃないが、どれほど時間がかかるか不明瞭なら他の商人を頼った方が良い。

 シシキさんもそう言っているのだから、旅慣れしている人の意見に従うことにした。


 シシキさんと別れて、次にお世話になる商人を探すでもなく俺たちは町をうろつくことにした。


「それで、いくらもらったんです?」


「500万円」


「凄いじゃないですか」


「ああ。でかい利益だ」


 単純に俺が先の戦いで使った額だけ考えれば60万円の出費で、だから440万円の利益が出た。

 現実的に宿泊費だの食費だのも計算に入れたとしても、儲けの方が大きすぎて、残る利益にそう差は無い。

 それこそ食費とか言い出すのであれば、しばらくの旅費は稼げたとも思える。


「みんながみんな、シシキさんのように気前が良ければ楽なんだけどな」


「人の良さそうな商人さんを探してみますか?」


「それもそうだけど、儲かっている商人さんっていうのも大事かもな。だってこの500万円ってあれだろ?」


 もしかして、とアカリは目を見開く。

 きっとそうだ。

 贋作を本物と偽って高値で売った利益から出た金だろう。

 それを今度はオーテツという名で一般向けに売って稼ぐ見通しが立ったから、その時の利益は放出してしまえる。

 500万円は別に儲けの全額でもない。

 シシキさんにとっては、出せた金なのだ。


「なんだ、善意ってわけじゃないんだ」


 アカリは軽く眉根を寄せる。


「そう目くじらを立てるものでもないさ。善意と金の両方があるから500万円もくれたんだ」


 それからこの出会いをまたなにか商売につなげられたらという思惑も。

 先行投資の意味だってあるに違いない。

 邪推しようと思えばいくらだってできそうだ。

 この500万円に込めた、シシキさんの商売人としての狙い。


「もしまた会うことがあれば、その時はまたシシキさんを手伝ってあげような」


「そうですね。それが義理ってやつですもんね」


「うん。その義理を買うための500万円だと思うしね」


 アカリは再びげんなりとした。

 その反応が面白くて、俺はシシキさんの企みを妄想したくなる。

 だけどシシキさんを見習うことは、俺にとって必要なことでもあると思えた。

 王者のカードで魔法を使うにはどうしても金がいる。

 その金は稼がなくてはならない。


「おい! おい、あんたら!」


 後ろから女の声がする。

 どこかで聞いた声だなと思うのだが、この世界に女性の知り合いなんて全然いない。


「そこの男と、剣持った女! あんたらのことを言っているんだよ!」


 俺たちか?

 アカリと目を合わせる。

 アカリも他の誰かを呼んでいる声だと思っていたみたいで、びっくりしていた。

 とにもかくにも呼ばれているのは俺たちのようなので、振り返って声の主を確かめる。

 するとそこに立っていたのは、忘れもしない、リジャムハの村を襲ってきた強盗たちのリーダーの女だった。

 長身の体の脚に巻かれた包帯は、確かに俺が銃で撃った場所にある。

 そして彼女の取り巻きも二人いた。

 そちらは見たことがあるようなないような、そもそも顔をあまり覚えていなかった。


「あー、お久しぶりです?」


 と俺はひとまず挨拶をした。


「そんなのんきなこと言う状況じゃないでしょ」


 アカリは刀に手をかける。

 しかし女は手で制す。


「待った。私としても、のんきにお話をしたいところなんだ」


「って言っているけど?」


「『言っているけど』じゃないですよ。よく考えてくださいよ。どうしてあなたたちがここにいるんですか!」


 そういえば強盗として捕らえたのだから、村で拘束されているはずだ。


「もちろん脱走してきたのさ。馬を奪って走らせてね」


「それは良くないことだな」


「良いも悪いもあるかよ!」


 と女は感情的に大声を上げた。


「罰として肉体労働だぞ、肉体労働! それもとても退屈かつ厳しいやつ。私、脚を怪我しているんだぞ? しかも、てめえのママが剣をぎらつかせておっかないんだ。そんな所にいられるかよ! というわけで私は、手下どもを囮にした作戦でもって脱走に成功したのだ」


「斬ります」


 アカリが刀を抜こうとする。

 俺はそれを止める。


「まあ待て」


「なんで止めますか。今の聞いていたでしょ。この人たちはどうしようもない愚か者で、ろくに罰を受ける気もないのであれば、私がお母様の代わりに処刑します」


「その愚か者がわざわざ俺たちに声なんてかけるかよ。じっくり話を聞いてからでも判断するのは遅くないさ」


 戦闘態勢を取ろうとしたアカリの力を抜けさせて、そして俺は脱走した強盗の女に目をやる。


「ろくでもないことを言ったら、今度はアカリが刀を抜くかもしれないが、それでも良ければ話を聞くよ」


「ああ。それでいい。その時はなんとか逃げるさ」


 強盗の女は余裕そうな顔をして言った。

 けれど取り巻きの二人の顔は強張っていた。

 いざとなったら彼らが囮にされてしまうんだろう。


「どこか座って話ができる場所はあるかな」


「ああ。丁度いいカフェがある。案内するよ」


 聞けば彼女はこの町の生まれなのだそうだ。

 彼女が案内してくれたのは喫茶店ではなくて、民家だった。

 裕福とまではいかなそうだが、しかし貧しいなんてことはない。

 そういう印象を抱く、小さいながらも綺麗な外観の家だった。

 その民家に入ると、


「あら、ヨルノナちゃん。久しぶりね」


 と老婆が笑顔で出迎えた。


「『ちゃん』はやめてくれ。今日は客連れなんだ」


 強盗の女――ヨルノナは壁際にどいて、後ろにいる俺たちの姿を見せる。


「あらまあ、いらっしゃい。お茶をいれるわ」


「うん。よろしく頼むわ」


 ほら入れ、とヨルノナは俺たちを促す。

 取り巻きの二人は家に入らず、ヨルノナに挨拶をするとどこか別の場所へと向かっていった。

 そして俺たちは居間に通され、椅子に座る。


「そういえば名乗っていなかったな。さっきばあさんが言っていたとおり、私の名前はヨルノナ・カラナツラ」


 俺たちもヨルノナに名前を教える。


「あのおばあさんは?」


 とアカリが聞いた。


「私の親戚だ。先祖が遺した財産を元手に商売を始めて大商人になった一族さ」


「泥棒は犯罪だけど、商売は犯罪ではないもの。ヨルノナちゃんも、そろそろうちで働いたらどう?」


 先にお茶請けの菓子を持ってきたおばあさんが話に加わる。

 持ってきてくれたのは、クッキーのような焼き菓子だった。


「だから商売人にはならないっていつも言っているだろ? 私は偉大なる血を受け継いで盗賊として生きていくんだ」


 誘いに嫌な顔をしながらもヨルノナは焼き菓子を一気に何個も掴んで、口に放った。


「ご先祖、盗賊なんですか?」


 俺はおばあさんに聞いたが、ヨルノナが自慢そうに鼻を鳴らした。


「かの有名な盗賊、ヨールヨールが私たちのご先祖様さ」


「ヨヨヨ、ヨールヨールがですか?」


 アカリはびっくりしたあまり立ち上がりそうになる。

 それってさっき書いた本に収録されている、アカリがお気に入りの伝承の登場人物だよな。

 盗賊としての才能を発揮したが、凄惨な最期を迎えたとかいう。


「知っているのなら話は早い。そのヨールヨールだよ。彼の血を受け継いだ私も盗賊として名を残す予定なのである」


「でもあなたが私の村でやったの、強盗じゃないですか。ヨールヨールは盗みの技術に優れていたからこそ、力で奪うなんてことはせずに数々の財宝を盗み出したんですよ」


「それはご先祖様のやり方だろ。私は大雑把なやり方が得意なんだ」


 ヨルノナは不敵な笑みを浮かべるが、それって正確には「繊細な行動が苦手」ということじゃないのか?

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