第14話 大切な思い出の夢
ギアンから教わっている様子を見ていた三人組のうちの一人が、
「そこの兄ちゃんは、村から出るのは初めてかい?」
と俺に聞いていた。
「ああ。初めてのことばかりで驚いているよ」
「私も初めてです」
アカリが言うと、俺たち二人が恋人なのかと三人組は聞いてくる。
村の外に出るのが初めての男女。
同じ村の出身だと想像したに違いない。
「もしかして新婚旅行か?」
色恋のことで外野が勝手に盛り上がるのは、異世界でも同じ。
ここでも結婚とかそういう考え方をするものなんだな。
人間という種が作る社会にとってはそれが都合の良いやり方なのか。
俺は三人組の関心が高まるのを待ってから、
「違うよ。俺は彼女とは別の町から来たんだ」
と素気なく言って、場を冷やす。
こういうのは、中途半端な対応をするほど面倒くさい。
乗ってやってもいいし、これがアカリでなくて
明莉とは個人経営の小さな飲食店で一緒にバイトをしていたから、たまにそういうことがあって、楽しいものだった。
あることないことを即興で設定して口裏を合わせていると、彼女との絆を強く感じられた。
けれどもアカリに同じものを求めるわけにもいかなかった。
だから俺は無難に答えて、期待どおりに彼らは俺たちの関係への興味を失ってくれたのだが、今度は普通の会話として自然な質問が来た。
「へえ。どこから来たんだい?」
それは今の俺にとって少し嫌な質問だ。
「日本」
誤魔化さずに答えるが、俺が異世界から来たことは誰彼構わず言っていいわけがない。
地球人をどうにか利用してやろうなんて企みを持たれれば、大きい厄介事の出来上がりだ。
そんなリスクは避けるに越したことはない。
なんと言っても俺の手持ちの資金はトラブルを抱えるには少なすぎる。
「ニホン。ニホンってあのカタナのニホンか」
「ああ、さっきのあのカタナのか。ってことは兄ちゃんがあれを作ったわけだな」
シシキさんが例の贋作を見せて、説明までしたのだろう。
「いや、俺が作ったわけじゃない」
「なるほど、学者だな! 製法はわかるが、鍛冶の技術は無いってやつだ!」
一人が、全てを推理したと言わんばかりに自信ありげな大声で言った。
全くの見当違いだ。
だけど俺たちの状況に部外者がもっともらしく筋道を作ればそういう推測にはなる。
「そういうわけでもないんだ。俺はたまたま、シシキさんと一緒になっただけで。正直こっちに来てから日が浅い」
「え~? 本当かよ?」
推理をした男をはじめ、三人組は全く信じていない様子だった。
シシキさんがそのとおりなんだと説明しても、釈然としない顔をしている。
「でもよお、地球から来たニホン人なんだろ? だったら、なにかを俺たちに伝えに来たじゃねえの? カタナとかさあ」
こっちの人もそういう感覚になるのかと、笑ってしまいそうになった。
俺も全くの同感だ。
なにか明確でわかりやすい仕事を与えられることはなく、自分の人生を顧みてもこの地で果たすべき役割なんて思い浮かばないような人生を送ってきた。
なんでそんなのが来たんだ?
って思われてもおかしくはない。
「とにかく、俺じゃないよ」
肝の冷える時間は、幸運なことに長続きしなかった。
酒を飲み始めると三人組は自分たちの話に夢中になって、俺たちには話しかけてこなくなった。
そして酒を飲まない俺とアカリは、食事を終えると頃合いを見て酒場から退散した。
「俺の出身地、考えないとな。なんか良い場所ないだろうか?」
酒場の建物と宿の建物との間で、俺はアカリに相談してみた。
「地球人だってことは、隠しておいた方が無難ですもんね」
そう、と俺はうなずく。
十まで説明しなくても理解してくれて助かる。
「それだったら、リジャムハ――私と同じ村ってことにすればいいじゃないですか。どっか知らない村の名前なんて言ったら、いつかぼろが出ますよ」
「でも同じ村出身だとさっきみたいに恋人同士じゃないかってからかわれないか? それはそれで面倒だと思うけどな」
宿の建物の階段を上がる。
二階には大部屋が一つあるだけで、そこにはベッドが等間隔に並べられていた。
雑魚寝みたいな感じなのか。
アカリは部屋の隅のベッドに腰かける。
そしてその隣のベッドを叩いて、そこに座れと俺に指示をする。
「むしろそういう話には乗ってやればいいでしょ。恋人でも兄妹でもいいじゃないですか。それで相手を納得させれば一番の面倒事は避けられるんですよ、とっても簡単に」
「なるほど。確かに賢い手だ」
俺は感心したふうに言い、アカリに指定されたベッドに座った。
「ですから私たちは、必要があらばこれからは恋人同士もしくは兄妹です。いいですね?」
「ああ。世話になります」
照れくさいものがあって、俺はアカリの顔を見て申し入れることはできなかった。
明莉とやっていたことを、明莉と同じ名のこの子ともやろうとしている。
名前が同じだけで顔も似ていない全くの別人だというのに、そのことをどうしても俺は意識してしまう。
その日の夢には明莉が出てきた。
俺と明莉は、一緒にバイトをしていた店のテーブル席でラーメンを食っていた。
店長の作るラーメンは、この味のために店に来るほどじゃないけれど、なんでもいいから腹に入れたいって時には丁度いい量で、そこそこ注文されるメニューだった。
明莉と店長のラーメン。
もう会えないものたち。
小学生や中学生の頃の知り合いが出てくるみたいに、心のどこかで過去を懐かしがる部分が、そういう夢を見せてくる。
早くも明莉たちは思い出入りしてしまって、そうやって夢に出てくるようになったみたいだ。
でもこの日の夢は少し違った。
夢の中にもかかわらず、俺はもう明莉に会えないことを思い出せてしまった。
夢っていうのは、見ている間は夢の不思議な空間になすがままにされてしまうものだ。
だけどこの時の俺は、夢の途中でちゃんとした理性と思考を少しばかり取り戻して、明莉にお別れを言っていた。
「俺、死んだからもうお前には会えんわ。たぶん俺よりもお前の方が辛い目に遭うと思うけど……」
元気でな、と締めては平凡すぎると思った。
ずっと好きだった人との別れだ。
それに一応はバンドの曲を作ったアマチュアミュージシャンの端くれとして、俺には微かな才能のその残り香をここで披露しなければならない。
「お前なら事故に遭っても歌い続けるよな」
こんなセリフで良いんだろうか。
出せるだけのものを絞り出したが自信は持てない。
やっぱり俺に才能は無かったかな。
明莉の返事は聞かずに、俺は店から出た。
シリアスな深夜の会話の雰囲気で明莉に語り掛けていたのに、外は朝じゃないかと驚いた。
そうして目が覚めた。
夢の中で見た朝が、この世界に訪れていた。
俺は結局本当の明莉には別れの言葉を言えなかったのだなと少し悲しい気持ちになった。
朝食にはパンをたくさん食べておく。
日本に生きていた頃の俺は朝食を抜くこともあったのだが、それは昼飯までの間に体力を使うことがなかったからだ。
しかし電車の無いこの世界に来てしまっては、移動するだけでかなりの労力だ。
現代っ子の俺にはきついから、せめて食事で体力を付けておく。
すなわちカロリー摂取だ。
炭水化物のパンをがつがつ食っておかなければ、途中で倒れてしまいかねない。
「朝から元気ですね」
アカリは微笑ましいものを見る目をする。
彼女は少量の食事をゆっくりと食べている。
「アカリはもっと食わなくていいのか。ずっと歩くの、疲れないか?」
「一日中体を動かすことには慣れています。それに食べ過ぎると、もしもの時に動けません」
「ということは、ユーキアさんの弱点は満腹の時か」
満腹で動きが鈍れば、あの剣さばきの恐ろしさも随分と落ちるだろう。
俺の想像をアカリは鼻で笑う。
「お母様が食欲につられて食べ過ぎるなんてこと、ありませんよ」
「だよなあ」
だけど俺はパンで腹を満たす。
剣を武器とするアカリと違って俺の武器は銃で、いざという時でも動き回らずに戦える。
その「いざという時」というのが、この朝食から一時間後に来てしまった。
宿や酒場の施設を出て道を歩いている途中で襲われたのだ。
剣を持って襲ってきたのは、俺たちと一緒に宿泊した男たち三人組だった。
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