第13話 二十歳未満の飲酒は法律によって禁じられている

 俺の名前を偽物の刀の名前に使うことを、シシキさんも面白がった。


「ニホン人の名前を使うっていうのは確かに名案だ」


「そうでしょう。もし出来の良い刀があったら、それはオーテツコウとしたらどうです」


「ほう?」


「俺のフルネームです。日本では、ファミリーネームを先に呼ぶ習わしなんです」


「ほほお。先にファミリーネームを。それは面白い文化だ」


「ええ。日本は面白い国ですよ」


 是非いらしてください、とここが異世界でなければ言えていたんだが。

 行きようがなければシシキさんも、羨ましいな、くらいしか返事ができない。


「よし、それじゃあオーテツという名で売ってみよう。ニホン人の名を冠したカタナだ」


 そんな言い方をすると、また詐欺っぽい雰囲気が出てくる気もするが。


「そういうわけで、その刀もオーテツだからな」


 と俺はアカリの物になった刀に視線をやった。

 俺の名前の刀なら、手製のお守りを渡したみたいな意味を持つ。

 明莉あかりのことを考えれば少しも縁起物ではない。

 しかしその刀にアカリのことを守ってくれと願いは込められる。


「名前がどうだろうと、剣は剣として使いますから」


 残念ながら俺の願いは通じず、アカリは関心の無い様子で言った。

 だけど剣を扱う者の実戦的な思考だとも感じる。

 アカリにとってみれば、どういう言葉で飾ろうとも偽物の刀であることには変わらない。

 シシキさんは平凡な剣よりは切れ味で勝ると言っていたが、本物の刀と比べた時には劣ることも明白だ。

 自分の手にした刀にそういった冷静な評価を下して、名前程度では揺らがないのはたぶん剣士としては感心な態度だ。



 町へとつながる道の途中に宿があった。

 今日はそこで泊まるという話で、ずっと歩いて疲れた俺はすぐさま併設されている居酒屋の椅子に身を預けた。


「人間はやはり座って生きるべきだ」


 やっと腰を落ち着けられた感動があった。

 明日からは、荷台のスペースを借りる料金を上乗せして、馬車の中にいたいと思った。


「そんなの金持ちの贅沢です」


 とアカリがため息をついた。

 シシキさんとギアンはなにかやらなきゃいけない手続きがあるとかで、俺たちだけ先に酒場に来ていた。


「その贅沢が庶民の当たり前になっている世界から来たんだ、俺は。この世界もそうなってほしいもんだね」


 車の存在する日本から来た俺からすれば、ひたすら歩くなんて移動手段はきつい。

 しかし馬車に乗せてもらおうにも、シシキさんのような規模の小さい商人の馬車では人を乗せる余裕なんて無さそうだった。

 人間なんかより荷物を積みたいに違いない。

 そうだとすればやっぱり金持ちの贅沢なのだ。


 居酒屋に来たと言っても、用があるのは飯だ。

 壁に掲げられているメニューの文字は、知らない言語だけど読めた。

 ここにも翻訳は効いてくれている。

 ただ困ったことに、料理名を読めたところで、どんな飯が出てくるのかはさっぱりだった。


「名前だけじゃどんな料理かわからないな」


「だったら私が決めます」


「ああ。よろしく頼みます。飲み物は水でいいや」


 お茶はどうも高いみたいだし、ジュースなんてものはそもそも無い。

 だったら水でいいと思ったのだが、アカリは目を丸くした。


「お酒、飲まないので?」


「あんまり得意じゃないんだよな。だって、ほら……」


 俺は言いよどむ。


「ほら?」


 まあ、いいや。

 アカリとはこれから長い付き合いになるのだから、なにを隠すってわけでもない。


「酔っ払ったらギターが上手く弾けなくなるだろ。それがつまらないから酒はあまり飲まなかったんだ」


「ああ、そういうことでしたか」


「もう地球じゃないんだから別に飲んだっていいんだけどな、ううん」


 でも、なんだろう。

 それまで習慣としていたものを、もう必要ないからってやめることになんだか抵抗感があった。

 迷っているうちにアカリは俺の分も含めて注文してしまった。

 アカリは酒を頼まなかった。


「お酒は楽しむ飲むもので、無理に飲むものではないでしょ。水にしておきましょう」


「うん」


 俺はうなずいた。


「ありがとうな」


「いえ。泥酔して痴態を見せたくはないのは私も同じです」


「お前、酒飲むの? まだ未成年だろ?」


 改めてアカリの顔を注視してみるが、やっぱりまだ幼さがある。

 二十歳以上には思えない。


「なに言っているんですか。私はもう成人していますし、子供だってお酒くらい飲みますよ」


「はあー、こっちではそうなのか。日本だと二十歳になるまで酒を飲んじゃいけないって決められているんだ」


「そうなんですか。確かにニホンだったら私はまだお酒飲めませんね」


 やっぱり二十歳にもなっていなかったか。


 過度な飲酒は健康を損なう恐れがある上に、未成年が飲酒をすると発育に支障をきたす恐れがある。

 だから日本では未成年の飲酒を禁止していて、日本においては二十歳未満を未成年と規定しているのだという話は、この場ではただのうんちくにしかならないだろう。


「さっきの話に戻りますけど。コウさんが地球の技術をこちらに伝えれば、そういう贅沢も再現ができるのでは? カタナだって再現されたわけですし。偽物だって作られてますけど」


「そのとおりなんだけども。でも俺も、地球の技術ってのがどういう仕組みで成り立っているのか、全然知らないんだよな」


「そっか。技術者じゃないですもんね」


「うん。それに、俺よりも先に来た地球人が誰もそういう技術を広めようとしていないことも気になる」


 刀なんて伝えていないで、発電所を作って電車を走らせてくれと言いたい。

 それはさすがに無茶な要求だとしても、たとえば蒸気機関ぐらいは伝えておいてくれたっていいじゃないかと思う。


「そっか。コウさんより頭の良い人もいるはずですもんね」


「言い方に棘があるね」


「親しみを込めて」


 とアカリは笑みを作る。

 俺だって、一緒に旅をする以上は冗談を言い合える仲ではいたい。

 だけどアカリがこういう冗談で距離を詰めてきたのは、俺の底が知れたっていうのもあるんだろうなと感じる。

 地球人として尊敬の念を抱くには足りないところが多すぎる。

 知識も知恵も力も無いのだから。

 あるのは女神にもらった中途半端な大金だけだ。


「ともかく、だ。地球人の入れ知恵でいくらでも技術革新はできるだろうに、それをしないのにはなんらかの意図があるのかもしれない。それはレイヴン・ヘヴンの地球人に聞いてみよう」


 料理が運ばれてくる。

 川魚と野菜を煮込んだスープ、それとパン。

 スープは何種類もの具が少量ずつ入っていた。

 たぶんこの近くで採れる食材をとにかくぶっこんで長時間煮込んだようなものだろう。

 スプーンを沈め、一口飲む。

 温かい液体が胃に落ちる。

 それだけで、ほんの僅かではあるが、脚の疲れが取れるように感じた。

 温泉に入りたい。

 どうせ無い。

 日本人はやたらと温泉を自国の誇りと思いたがるが、それは日本の外に行ったら不便することと同義で、全然良いことじゃない。

 刀を伝えたやつは温泉もちゃんと伝えておいてくれただろうか。

 この旅のどこかで、いつか日本のような風呂に入れる日が来ることを祈るばかりだ。

 温泉恋しさに、スプーンを繰る手が速まってしまう。


「なんだ、そんなに腹が減ってたのか」


 がっついている俺を、酒場に入ってきたシシキさんが笑った。

 ギアンの他にも、三人の男が一緒にいた。


「ああ、すみません。勝手に食べてて。だいぶ空腹だったんですよ」


 俺は、二人を待たずに食べ始めていたことを詫びた。

 正直なところ、二人の存在は意識の外に放ってしまっていたのだ。

 ところで一緒にいる三人の男は誰なんだろう。


「そちらはどなたで?」


「外で出くわしたんだよ。こちらも商売をやっている方たちでね。一緒にこの宿の売り物を物色していたのさ」


「はあ」


 宿の物を物色していたという言葉の意味が俺にはわからなかった。

 ぽかんとしているのを察したギアンが、


「村の物を、ここを利用する商人とかに売っているんだよ。ここの施設は近くの村の人間がやっているんだ。ここで売り買いすれば、村まで来る予定のない商人とも取引ができるってわけ」


 と教えてくれる。


「なるほど。そのための施設なのか」


 大きな道に、寝泊りや飲み食いのできる施設があれば、商人や旅人はそれを利用する。

 それだけでも村の人たちにとっては商売になるのだが、ついでに村の物を売る。

 そうすればもっと利益が出せるというわけだ。

 さらに、ギアンが言ったように、村に来る予定の無かった客たちとも取引する機会を作れる。

 だから道の途中にぽつんと宿をわざわざ作ってくれているのか。


「商売上手なんだな」


「最初に考えたやつはそうかもな。今じゃあ、色んな村で似たことをやっているよ」

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