第12話 日本人の名を冠する贋作

 若い商人は、モッカポのリグリグをよろしくと俺たちに繰り返し言いながら、去っていった。

 アカリは俺の手元にある紙袋から干し果物を次々とつまんで食べつつ、


「そういえばシシキさんも、地元の物とか売っているんですか?」


 と尋ねる。


「ああ、もちろんだよ。地元の人間なら安く仕入れられるものだからね」


「へえ。どんな物があるんですか?」


 食べ物を期待しているふうな顔でアカリは聞いた。

 シシキさんは護衛のギアンに、商品を取ってくれと指示を出す。

 ギアンはシシキさんの表情を注意深くうかがった後に、細長い箱に詰められた剣を一本取り出した。


「これだよ」


 食べ物ではなかったが、それもアカリの興味を引くものだった。

 アカリがその細身の剣を受け取る。

 若干の反りのある形状は、刀のようだ。


「これって、カタナですか?」


「ああ」


 とギアンはうなずく。

 アカリはゆっくりと鞘から刀身を抜いた。

 片方にしか刃がなく、やはり刀っぽく見える。


 だけど違和感もあった。

 俺が見たことのある刀とは、見た目がなんだか違う。

 美術館に飾られていた刀は、刃の部分に刃文と呼ばれる模様のようなものがあった。

 それが武器でありながらも芸術品としての魅力も高めているような印象を持っていた。

 しかし俺たちが今目の前にしている刀には、そういう主張が見られなかった。


「ん?」


 とアカリも声を漏らしていた。

 彼女もこの刀に違和感を抱いたようだ。


 だけど偽物と決めつけるのは早計だと俺は思った。

 俺がそういうのに詳しくないから誤解しただけで、刃文の無い刀だって存在するかもしれないのだから。


「これは、なんていう方が作ったんです?」


 と俺は聞いてみる。

 聞いたところで俺にはわからないが、名のある職人ならアカリが知っているはずだ。


「さすがに地球の方は騙せないか。お嬢ちゃんも、本物を見たことがあるから、一目瞭然っていったところかな」


「やっぱり贋作がんさくでしたか」


 アカリは刀を鞘に納めて、ギアンに返す。

 返す手つきの雑な加減に、彼女の失望が垣間見えた。

 シシキさんは首を振った。


「贋作と言えるほど出来の良いものじゃないさ。でも、出来の良さは関係ない」


「このくらいでも、ちゃんと見分けられる人は多くないってことですか」


「そう。このくらいでも、ね」


「それはなんと言うか、悲しいことですね」


 シシキさんの表情に憂いみたいなものが見えて、俺はそんなふうに言う。


「そう。こんなくだらない物に2000万イェンを出す客もいる」


「にに、2000万イェンですか!?」


 アカリは仰天しながら、ギアンに返したカタナを衝動的に奪った。


「こんな粗悪品ですよ!?」


 奪ったカタナを力強く握りしめて突き付ける。

 はたしてアカリは、粗悪品の刀を握りしめているつもりなのか、それとも2000万円を握りしめているつもりなのか。

 シシキさんが苦笑する。


「わからない金持ちが大金を払ってしまうんだよ」


「でもそれはシシキさんが本物だって嘘をついて売っているから、そんなことになるんですよね?」


「そう。人を騙すのは悪いことだ。だけど上手くいけばそれで大金が手に入る。とても簡単にね。そんなことになってしまうんだよ」


「喋りすぎじゃないのか?」


 とギアンがシシキさんを止めようとした。

 だけどシシキさんは逆に、


「いいじゃないか。どうせこんなことからはもう足を洗ったんだから」


 とギアンを制した。


「やめたんですか。贋作を売るの」


 俺は、2000万円を騙し取ったことに一定の敬意を表して、あえて贋作と言った。

 シシキさんは贋作と呼べるものでもないと言ったけれど、それでも騙せたのだから、どんな酷い出来でも正当に偽物と呼んでやるべきだと思った。


「いいや。このカタナもどきは売り続ける。騙すことをやめたんだ」


「なに言っているんです?」


 アカリが首を傾げた。

 俺にもわからなかった。


「このカタナは偽物だって言った上で売る。それも偽物として適正な価格でね。これなら問題はない」


 そりゃあ、騙していることにはならないだろうけど。

 なんだか開き直ったみたいですっきりとしないやり方だ。

 俺たちはその気持ちをどう言葉にしようか困ったが、その末にアカリが、


「誰が買うんですか、そんなの」


 と毒を吐いた。

 だけどもシシキさんは得意げにする。


「切れ味だけで言えば、そこいらの剣よりも良い出来だって保証はできる。このカタナを作ったのは私の知り合いで、そいつの腕は確かだからね」


「そういう人がなんで偽物を作るのか不思議ですよ」


「金儲けって理由も大いにあるけど、本物が素晴らしいせいでもあるよ。素晴らしい物を真似したくなるのは人間のさがだよ」


 優れた技術を真似して会得しようとする職人の心の動きは、人を騙して商売することよりかは理解できる気がする。


「それで、このカタナを君にも使ってみてほしいんだ。もちろん、お代はいらない。あの凄いお母さんの娘さんなら、剣の腕もどんどん伸びるだろう。そんな剣豪が、このカタナは偽物だがよく切れるって宣伝してくれれば、売上は右肩上がりになるからね」


 俺は頭をかいた。

 とても呆れてしまったからだ。

 商売人っていうのは、そんな調子の良い空想をするものなのか?

 しかも、こうもべらべらと頭の内を喋って。

 こんな人がよく金持ちを騙せたよな、と思ってしまうくらい浅はかだと感じさせる。


「いや、宣伝しませんよ」


 ごく当然の返答をアカリはする。

 でも俺は呆れたあまり投げやりになって、


「せっかくだからもらっておけよ。口止め料みたいなもんさ」


 と言った。

 たぶんこんな偽物の刀を一本受け取ったところで、大変なことにはならない。

 この商売人の調子に適当に合わせて、損とも得ともならない旅路にできればそれでいいのだ。


「まあ、そういうことなら」


 アカリは渋々ながら刀を握りしめる力を緩める。

 初めて自分の物となった刀が真っ赤な偽物っていうのは可哀想だったろうか。

 だけどアカリはそこまでは複雑な表情をしていなかった。

 ただ、こんな物を持たせてしまったからには、本当にいつかはちゃんとした刀を買ってやらないと申し訳ないと俺は思った。


 シシキさんは、そういう俺たちの心の機微に全く構わず、


「ついでに商品名も考えてくれないか? 売れそうな名前が欲しいんだよ」


 とお願いをしてきた。


 しかし名前を付けるというのは、なかなかに遊び心を刺激することだ。

 せっかく俺は日本からこの異世界にやってきたのだから、日本人としてそれらしい名前を付けてやろうと企んだ。

 やっぱり刀には日本語の名前が似合うだろうし、異世界人からしても地球の言語で名付けられた商品っていうのは興味を引くんじゃなかろうか。

 俺は刀というところから連想を始めて、


「ユキアラシ、なんてのはどうですか」


 と提案した。


「嵐と共に大雪が降る、という意味の日本語です」


「ちょっと待ってください」


 アカリはすぐに気が付いて、異議を唱えた。


「それ、私のお母様の名前と音が似ていて嫌です。偽物のカタナに付けていい名前じゃありません」


「さすがにバレたか。こっちの世界の剣豪の名にもあやかろうと思って付けたんだがな」


「だから嫌なんですよ。そういうことなら、本物の優れたカタナに付けられるべき名前です」


「言い返す術もないな。もうちょっと偽物に相応しい名前にするか」


 人様のお母さんの名前を勝手に拝借するのは失礼が過ぎたというのもある。

 だったら、人様の名前でなければいいわけか。


「オーテツはどうですか。俺のファミリーネームです。日本人の名前から取るんだったら悪い名前じゃないでしょ」


「正気? 偽物のカタナですよ?」


 ほら、と鞘から少しだけ抜いて刀身を俺に見せる。

 改めて見ても、美術館で見たような刀の美しさは持っていない。

 出来損ないの贋作だ。


「俺だって、女神から世界を救えと言われてこの世界に来たが……、それに相応しい生き方を地球でしていたわけじゃない」


 地球には俺より凄い人間はいくらだっていて、優秀な人間だけをこの世界に持ってくることだって女神にはできる。

 もちろんそういう優秀な人間もこっちに来ているんだろうが、女神はなぜか俺までこっちに持ってきた。

 つまり、俺だってある種の出来損ないなのだ。

 辛口なやつに言わせれば、地球人の贋作とまでなるかもしれない。

 だから偽物の刀の名前にはぴったりなのだ。


「俺もこの刀も、これから大物に化けるかもしれない。そうなったらいいって願掛けもあるだろ」


「まあ、コウさんがそれでいいのなら、私はこれ以上文句を言いませんけど」


「ああ。俺はそれでいいよ」

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