金メッキの危ない橋を渡る
第11話 魔法の傘の下の平和
俺とアカリは、村に訪れていた商人のシシキさんに同行する形で旅に出た。
祭りの時に酒をくれたあの商人だ。
俺たちの荷物は彼の荷馬車に載せてもらって、護衛のギアンも一緒にいて、おかげで俺たちは気楽な旅だ。
ただ荷台のスペースを借りる料金はしっかり取られた。
そこは商売ということだ。
とは言え、大した額ではなかったが。
俺は手ぶらで歩き、アカリからこの世界のことをあれこれ聞いていた。
たとえばアカリが持っている白いカードについて。
それは俺の持つ、白金色で少し厚い王者のカードとはどう違うのか。
「これもお財布なのは同じです。ただ、魔法を使う力はありません。イェンをやり取りする機能だけです」
「お金を支払ったり、受け取ったり、ということだ?」
「はい。税金だって、これを持っているだけで支払えるんです」
税金の支払いを勝手にしてくれるのは便利だ。
払う側もそうだけど、支払いさせる政府の側だって楽ができそうだ。
「みんな持っているものなのか?」
「この国の全ての人に配布されているので、持っていない人はごく稀ですね」
「俺みたいな異世界人でもない限り、か」
「紛失したまま再発行していない賞金首とか。生まれた時から地下に監禁されているとか。そういう可能性もあります」
前者はともかく、後者は恐ろしい想像だ。
よくもまあ、そんなことを考え付く。
そう言ってやったら、可能性の話ですよ、とアカリは平気な顔をして返してくる。
「理屈の上ではあり得ることじゃないですか」
「理屈とか可能性とか言ってもなあ。想像するだけでも胸が苦しくなるから、自分からはとても想像できん」
想像した時点で、そういう人が世界のどこかに実在しているような気がしてしまう。
想像さえしなければ、酷い目にあっている人は存在しない。
少なくとも俺の頭の中では。
そういう考え方って、あるだろう。
「コウさんって結構怖がりなんですね」
「臆病なんじゃなくて、心根が優しいだけだ」
話が脱線してしまったので、元に戻す。
俺たちは白いカードについて話をしていたのだ。
「この世界に、現金って無いのか? 紙幣とか硬貨とか、そういう物体として存在している金ってさ」
国の全員に白いカードが配布されているのなら、この国はキャッシュレス化が相当進んでいることになる。
「世界で見れば、イェンを拠り所にしない通貨を使っている国でなら現金は存在しますよ。でも、イェンで取引をしている国が多いです。ここらへんも、ほとんどイェンですし」
「じゃあ、白いカードをあえて受け取らないで現金生活するみたいなことはできないわけだな」
正直なところ、俺は日本でキャッシュレス化にあまり馴染めていなかった一人だ。
日常のシーンで使っていたのは交通系のICカードくらいだ。
安心とか便利とかいう話ではなくて、店ではずっと現金で支払ってきたから、その習慣を引きずったのだ。
「物々交換で生きていくこともできなくはないでしょうけど。でも白いカードを持っていれば、ベーシックインカムで生活できますから」
「ん? ベーシックインカム?」
地球にいた頃にも聞いたことがあるような気のする言葉だ。
どういう意味だったかな。
そう考えているのが表情から読まれてしまったようで、
「働かなくても得られる収入ですよ。私たちは生きているだけでイェン……魔法のパワーを生みます。だから、生きていればそれだけでお金が生まれてくるんです」
詳しく聞けば、生活必需品に指定された食べ物などは安く買えるよう価格が決められていて、そういう物で生活すればベーシックインカムの収入だけでもなんとか暮らせるのだそうだ。
「働かなくてもいいとは、なんとも羨ましいな」
そういえば地球にいた時にもベーシックインカムという制度の話を聞いて同じ感想を抱いた。
仕事をせずに生きていくのは、俺のようなダメ人間の夢である。
「でも、本当に最低限の生活です。ろくな食事にはなりませんよ」
「それは困るな」
「その話はともかくとしてですね。魔法のパワーを通貨としても使う国が増えたのは、税金という形で魔法のパワーを集められるからです」
税金で円を集めて、それでどうするか。
これにはぴんと来た。
「国家規模の強力な魔法を使う」
「正解です。雨を降らす魔法で干ばつに対処したりできるんです。そういう国民生活のための使い方もできれば、戦争に使うこともできますから、国としては魔法のパワーをたくさん確保したいわけです」
金があれば魔法が使える。
魔法を使えば、様々な問題をたちどころに解決できる。
地球よりも単純な理屈でこの世界は回っているのかもしれない。
「戦争にもそういう大規模な魔法が使われたこともあるのかな」
「白いカードが作られてからは、そういうことはありませんね。いざという時には魔法で敵国を攻撃してみせるぞというポーズだけ取っておいて、でもそれだけのイェンがあればもっと他のことにも使えますから。できれば戦争には使いたくないんでしょう」
「それで平和が訪れるわけね」
核兵器を持ち合ってけん制し合う構図を思い出させた。
敵国からの核攻撃に対してこちらも核攻撃で報復できる状況では、核兵器が使われにくくなる。
核兵器を持つことで、他国の核兵器使用の抑止力となる。
同盟国に対する攻撃まで抑止できる。
この世界でもそれと似たことが起きているのではないか。
魔法のパワーは他の用途が幅広くあるから、そのことも抑止力につながっているみたいだ。
キャッシュレスに、ベーシックインカム、そして戦争の抑止力。
自動車が無くて徒歩で旅をしなければいけない文明のくせに、部分部分では現代の地球人と似たことをしている。
「地球にも魔法があればな」
もっと人類は幸せになれた。
そんなふうに思ってしまった。
アカリはそれを郷愁と感じたのか、俺を励ましてくれる。
「もしかしたら、魔法でいつか地球に帰れるかもしれませんよ」
「そうだな」
だけど俺は帰るつもりはなかった。
地球に帰ったところで、バンドを楽しくやっていた頃に戻れはしない。
あの世界では俺は死んでしまったのだから、それでいいと思うのだ。
そんなことよりも、今はアカリと共にいて、俺にできることをしてやりたい。
「あれ? なんか止まってる。どうしたんだ?」
前の方を進んでいたシシキさんの馬車が止まっていた。
「別の商人さんとすれ違いになったんでしょうね」
確かに、シシキさんの馬車の真横には、俺たちが来た方向へ向かおうとする馬車が止まっていた。
「すれ違いのついでに、お互いの品物を取引するんですよ」
「へえ。そんなことをするのか」
「一つの商品ばっかり大量にあるより、色々な商品を持っていた方が安心できますからね。道ですれ違ったり、宿泊所で一緒になったりした時に、お互いの在庫を整理するんです」
道中で他の物と交換できる算段なら、思い切った仕入れもできる。
商人同士で助け合うことで商売を一層繁盛させようとして生まれた慣習なのだとアカリは説明してくれた。
「なるほどね」
話しているうちに、止まっている馬車と合流する。
「よう。お前たちも買いたい物があったら買いな」
護衛のギアンが、酒瓶を見せつけるように振りながら言った。
シシキさんは、相手方の若い商人に干し果物を勧められていた。
その干し果物は、薄くスライスした状態で乾燥させた物だった。
元の食べ物はわからないが、人間や馬が地球と同じような見た目をしているのだから、俺の知っている果物と似た物だったりするのだろうか。
カットしていない状態の果実を見てみたい、と俺は思った。
「こいつは俺たちの町、モッカポで栽培しているリグリグの果実を干した物でね。甘くて美味い。売る時は、モッカポのリグリグって言って売ってくれよ。この果実をモッカポの名産にするのが俺の夢なんだ」
「モッカポか。だいぶ遠い所から来たんだな。干す前だと、どういう食べ方をするんだい」
「食べやすい大きさにカットしたら、それ以上は細工せずにそのまま食べる。これが一番美味い食べ方だよ。だから一人でも多くの人にモッカポに来てもらいたいんだ」
若い商人は情熱的に語る。
シシキさんは穏やかな顔で話を聞いていて、それは愛想笑いにも見える。
「そうかそうか。モッカポのリグリグ、ね」
それでもシシキさんは干し果物を一箱分、購入した。
よろしく頼むよ、と威勢よく若い商人は箱を渡す。
「私も食べてみたい、リグリグ」
二人の商談が済んだタイミングで、アカリは挙手した。
「じゃあ俺も」
気前よく一箱買ってやろうかとも思ったけれど、さすがに二人で食べ切る前に飽きてしまいそうだったから、紙袋に詰めてもらって、それを一袋買った。
支払いはカードで。
お互いのカードを近付ける。
触れ合わせるとなお良い。
そして、取引の意思をカードに伝えれば金が移動する。
若い商人は、俺が持つ王者のカードを見ても僅かな驚きを表情に出しただけで、なにも言わなかった。
金は無事に移動する。
「はい、まいどあり」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます