第10話 二人は旅立つ
アカリの木剣が壊れてしまったので、稽古は続けられなくなった。
ユーキアさんはとても嬉しそうに話しかけてきた。
「コウさん、ありがとうございました。おかげさまで再び剣を握れました」
「いえ……、凄いですね、ユーキアさんの剣」
「久々に目でものを見ましたから、見えすぎてしまうくらいでした」
久しぶりに剣を握るのだから調子を取り戻すのに苦労するものかと思ったら、ユーキアさんはその真逆で、最高の調子でアカリと向き合っていたらしい。
お茶にしましょうとユーキアさんが言って、俺とアカリはユーキアさんと家に戻った。
お茶をいれてもらって、それですぐに俺たちが話題にしたのは、ユーキアさんが最後に見せたあの技だ。
あれは一体なんなのか。
それを問うと、ユーキアさんはその質問自体にはすぐに答えず、昔話を始めた。
「私がカタナを買おうとして、カタナ鍛冶の職人を訪れた時のことです。地球の技術をこちらの世界でも再現してみようって人たちはなかなかに変わった方が多くて、私が交渉をした職人さんも同様のタイプでした」
その職人はユーキアさんに試練を与える。
刀を買いたいのであれば、木刀の一撃にて大木を切り倒し、剣の一撃で鉄の塊を両断してみせろ。
職人は近くの森にユーキアさんを連れていき、指定の木と鉄塊を見せた。
森の入り口に直径が二メートルはある大木があるのだった。
そしてその傍に、まるで目印かのように人の大きさほどの鉄の塊が佇んでいた。
それぞれを一太刀で切ってみせろと職人は言うのだった。
「『ニホンのサムライの技を会得した者にしか、刀は売らない』とその職人さんは仰ったのです」
「いや、本物の侍でもそれは無理だと思いますよ」
まるで外国で誇張された侍のイメージだ。
そんないい加減なことを流布した地球人は一体どこの出身なのやら。
無理難題を出されては、ユーキアさんも困ってしまったろう。
「とても難しい試練で、習得するのに一ヶ月かかってしまいました」
「できたの!?」
地球人だったら何年練習したって無理だと思うんですけど。
「その時に会得したものが先ほど見せた、切りたいものを切る技です。なにを切って、なにを切らないか。それは私が望むままに。武装だけを切り、人体は斬らず、ということも私にはできるんですよ」
それはなんとも魔法じみた技……、もしや魔法なのか?
日本の侍には無理でも、異世界の剣士なら魔法でそういうことをやってのける。
単純な話だ、と思ったがそれはそれで変だ。
魔法と言ったって、ユーキアさんは王者のカードを持っていないはず。
仮に隠し持っていたとしてもだ。
あんなに繊細な魔法は、使うのに何円かかるものだろうか?
金さえあればできると言ったって、ユーキアさんにその金があったとは思えない。
だって200万円の治療の魔法を彼女は必要としていたのだ。
そんな彼女に、大金を必要とする魔法をレッスンの場で使う金銭的な余裕はないはずだ。
だとすれば、彼女はあの技を、魔法を使わずにやったと考えるしかない。
「ちゃんと理解できたわけじゃないですけど、ユーキアさんがとてつもなく恐ろしいことをしたことは、わかりました」
「そうですね。この世界に来たばかりで、しかし王者のカードをお持ちのコウさんには必要な知識でしょうね。この世は、お金をたくさん持っていればそれだけ戦いにおいても強力な魔法を放つことができます。でも、資金の大きさが全てではありません」
その口ぶりから、やはりユーキアさんは俺の知らないなにかをしたのだと確信する。
「知恵や技量によって付け入る隙がいくらでもあるのです。そういう戦い方があることは、知っておいた方が良いでしょうね」
それが助言なのか忠告なのかは測りかねた。
たとえ大金持ちが資金にものを言わせて魔法の戦いで押し潰そうとしてきても対抗する手段はあると言ってくれているようにも思える。
しかしその逆で、王者のカードを持つ金持ちの立場にあぐらをかいていると、その油断が敗北を招くと言われているようにも感じられた。
俺の現状を考えれば、どちらでもあるというのが正解だろうか。
現在の俺の所持金は690万円。
冷静に振り返ればやむを得ない出費だと思えるけれど、金額だけ見るとかなり減ってしまったという印象を受ける。
普通に暮らしている人たちよりは多いのだろうが、これで大金持ちとは言えまい。
だからどっちの立場に立つこともあり得る。
「そういや、旅に出るって息巻いてはみましたけど、どこに行ったらいいんでしょう? 火急の用事って無いんですよね」
世界を救えと女神から言われたものの、それに伴う具体的な命令は受けていない。
だから世界を旅した先輩としてユーキアさんに尋ねてみたのだが、俺の質問に勢いよく答えたのはアカリだった。
「この国の都、ニルゲックを目指しましょう!」
「なるほど、都か。まずは人の集まる所に行くってわけだ。人が集まる所に、金も情報も集まってくる」
「はい。それに色々な手続きも必要とあればできますし……、あとはニルゲックに行けば地球人とも会えるはずです」
「そうなのか?」
それが本当なら、是非会ってみたい。
同じように異世界に転移させられた人間同士だからこそのアドバイスもあるだろう。
先にこちらに来ている地球人がいるのなら、その人からは話を聞いてみたい。
「地球人が設立した、レイヴン・ヘヴンの本部がニルゲックにありますから」
その名前は聞き覚えがあった。
「レイヴン・ヘヴンってあれだろ? あの強盗の女が加盟するとか言っていた」
「そう、フランチャイズとかいうやつです。レイヴン・ヘヴンは王者のカードのコピーを作っていて、それをフランチャイズに加盟した人間に配布しているんです」
フランチャイズ、王者のカードのコピー……。
詳細がわからずとも金の匂いのする言葉たちだ。
「金持ちと気が合う自信は無いけど、地球人には会いたいな」
「じゃあ、決まりですね」
アカリは嬉しそうに言う。
さっきの稽古を見せられれば、アカリがこうもなるのもわかる。
母親のことを尊敬しているのだ。
地球や旅への憧れもそこから来ていることがよくわかる。
あれだけとんでもない実力の持ち主を母に持てば、そういうふうにも育つだろう。
「あ、そうだ。お母様にお願いしたいことがあります」
さらに目を輝かせてアカリは身の乗り出す。
「なにかしら?」
「お母様のカタナを私に譲ってくださいませんか」
「ダメに決まってるでしょ。あなたにはまだ早い」
「ええー」
残念がるけれども、無理だとわかってはいたような反応をアカリは見せた。
俺もそれは無理だろうと思った。
「鉄の塊を切れるようになってから言いなさい」
とユーキアさんはアカリの甘い考えをばっさり切り捨てる。
こちらの刀は相当な高級品らしいから、未熟なアカリには渡せないというのは道理だ。
それにユーキアさんに刀を売った気難しい職人も、せっかく使い手を見つけて売ったのに未熟者に譲渡されてしまってはたまったものではない。
でも鉄の塊を切るだなんて、アカリが刀を持つ資格を得るのはいつの話になるんだろう。
「もしアカリがユーキアさんくらい強くなったら、その時は俺が刀を買ってやるよ」
「いいんですか!?」
どのくらいの値段か知らずにこんな約束をするのは馬鹿げているかもしれない。
だけど俺は、この約束は良い約束だと思った。
たとえ目玉が飛び出るほど高価な物だったとしても、約束を守って買ってやるのだ。
それだけの価値がアカリにはある。
いや、その価値を俺が引き出してみせる。
そう俺自身の決意を固めるための約束でもあるのだ。
「そのくらい期待をしているということだ。よろしく頼むぞ」
「もちろんです」
こうして俺は旅立つことになった。
俺が憧れて恋心を抱いた女性と同じ名前を持つ少女、アカリと共に。
アカリは希望に胸を膨らませている。
いつかの俺と
もう俺の音楽の夢は叶わない。
だから俺は、地球とは違うこの世界を救う。
アカリが思い描く未来を現実にする。
見ようによっては、それは上手くいかなった人生に対するセンチメンタルなリベンジでしかないけれども。
それでも今はこの道を突き進もうと俺は思った。
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