第15話 強欲な偽りの闘争

 三人組は俺たちよりも少し早く宿を出て、そして宿から離れた所で俺たちを待ち構えていた。

 馬車を止めて、道をふさぐように立っている三人組を姿を見つけて、嫌な予感はあった。

 三人とも剣を持っているところなんかも、いかにも強盗ですという感じだった。


 関わり合いになりたくなかったが、シシキさんは馬車を止めて、


「どうしたんですか?」


 と三人組に声をかけた。

 すると三人組のリーダー格が、粗暴な言い方で、


「痛い目に遭いたくなければ、カタナを置いていってもらおうか」


 と言ってくるのだった。


「商人を相手に盗みを働く罪の重さはわかっているだろ?」


 ギアンも相手を見下したような言い方をする。

 アカリもギアンも武器を手にして、戦う準備はできていた。

 俺はまだカードを銃に変えていない。

 まさかそうはならないだろうが、戦わずに済んだ場合のことを考えると、50万円すら惜しいのが現状だった。

 だから俺はシシキさんと同様にギアンとアカリを盾にした立ち位置にいて、強盗もする相手によって罪の重さが変わるのか、とこの世界のルールをまた一つ密かに学んでいた。


 リスクが高いにもかかわらず刀を奪おうとする三人組の言い分は、


「ニホン人の作ったカタナとなれば、相当な値で売れる。その金を逃亡資金と遊んで暮らす金にさせてもらうぜ」


 というもので、全くの誤解だった。


「なにを言っているんだ? このカタナは偽物だし、このニホン人が作ったわけじゃない。そのことは昨日話したじゃないか」


 誤解を知ってシシキさんは、大声でゆっくりと三人組に語り掛けた。

 正しい理解に導こうとする。

 しかし三人組のリーダー格はシシキさんを嘲笑する。


「それがどうしたって話なんだよな」


「なんだって?」


「こうやって泥棒に襲われるのが怖くて、偽物だって言い張っているんじゃないのか?」


 リーダー格の言うことに、残りの二人の男も下卑た笑みで同調する。

 彼らの頭の中では、そういうことになっているのだ。

 これはもう戦いは逃れられないとわかる。


「それに仮に偽物だったとしてもだ。本物だってことにして売りさばいてしまえばいいんだよ」


 死にたくなかったら、とっととカタナを置いていけ。

 三人組は再度俺たちを脅してくる。


「置いていくわけはないだろ」


 ギアンは既に三人組がかかってくるのを待つ体勢だ。

 彼に合わせて、アカリも刀を抜いた。

 シシキさんは戦い方を心得ていないのか見守るだけだ。


 現状、数ではこちらが劣る。

 俺も加わった方が良いのだろうか。

 だけど俺のは金がかかる。

 シシキさんというこの商人からは、どのくらい報酬をもらえるものか。

 あるいは、報酬を度外視してでも助ける義理があるのか。


 あるにはある。

 奪われようとしているカタナは、俺の名前を付けて売られようとしていた商品だ。

 オーテツなのだ。

 それをこんな強欲で愚かな三人組に奪われては、オーテツの名は消えてしまう。


「魔法は金がかかりますから、こちらの事情も汲んでいただけるとありがたいです」


 シシキさんに言うだけ言っておいて、俺は50万円でカードを銃に変化させた。

 弾は6発も込める必要はないだろう。

 むしろ俺はケチな考えで、1発だけ装填する。


「動くな!」


 と俺は警告する。

 リーダー格が、仲間を扇動する。


「今こそ動く時だ!」


 三人組たちが向かってくる。

 であれば仕方ないと考える。

 俺はリーダー格の肩に銃弾を撃ち込んだ。

 反動が無いことをわかった今では少しの怯えもなく当てることができた。

 狙ったとおりに当てれば、即死は免れる。

 その後までフォローできるわけじゃないが、生き延びる可能性を残せるだけ気分的には楽だ。


「なっ、なんだ!?」


 撃たれたリーダー格の男が倒れるのを見て、彼の仲間は動揺する。

 やはり銃はこの世界に根付いていないようだ。

 そのことに俺はだいぶ助けられていると感じる。

 拳銃だったのも良かった。

 弓などはあるのだろうが、かくも小さな物体から殺傷力のある弾丸が飛んでくるとは想像しがたいと見える。

 その不意打ちがとても効く。

 敵の動揺がこちらを大きく優位に立たせる。


 弾丸は1発で十分だった。

 残りの二人の相手はアカリがした。

 まず戸惑っているところを襲い掛かって、一人を逆袈裟に斬る。


 残りが自分だけになってしまって、三人目の男は怯える。


「や、やめてくれ!」


「なら剣を捨ててください!」


 しかし過度に怯えてしまって、正常に判断ができない様子だ。

 捨てろと言われると男は反対に力を込めて剣を握った。

 手元にある武器だけが、信頼の置ける最後の拠り所なのだった。


「捨てないのなら、切ります!」


 怯えた男は腰が引けていた。

 そして剣でアカリの攻撃を防ごうと構える。

 アカリは刀身をその剣に激しく叩き付ける。


 防戦一方、このままでは殺される。

 そう焦った男が反撃に出て、剣を大きな動作で振るう。

 アカリは身を引いてやり過ごすと、再び前に出る。

 やはり恐怖で剣を守りに使おうと男がとっさに構えたところに再びアカリの刀が叩き付けられて、とうとう剣が男の手から離れた。


「抵抗しなければ命は取りません。大人しく私たちに従ってもらえますか?」


 油断はせずに刀を突き付けて、アカリは問う。

 男は地面に膝をついて、抵抗しない意思を見せた。


 その後の処置は、俺以外の三人がてきぱきとこなした。

 怪我をさせた二人は後ろ手に拘束した上で応急処置を施す。

 そして二人を彼らの馬車に押し込み、アカリが傷を負わせず降伏させた男にその馬車を引かせることとなった。


 しかしながら、負傷していない一人が自由の利く状態なのが俺には心配だった。


「逃げ出そうとするかもしれないけど、いいのか?」


 アカリに聞いてみる。


「そういう動きをしたら、今度は命の保障はできません。ああ、このカタナ、意外と切れ味良かったですよ」


 アカリはシシキさんに刀の感想を言う。

 自分の商品が褒められて、シシキさんは嬉しそうにした。


「細いから、剣同士で叩き合うのにはちょっと不安はありますね。カタナを使う時はそういうやり取りはしないで、とにかく切れ味を活かすように扱うのが本道でしょうね」


 剣が切れたら一番良かったんですけど、とアカリは冗談めかして言った。

 だけどさっきの戦い、たぶんアカリはそれを狙っていた。

 ユーキアさんのように相手の武器を破壊してしまう剣の技。

 それを真似しようとしたのだろう。


 そしてアカリは俺の方に視線を戻して、


「旅の道中で無法者と出会ってしまった時は、容赦なく皆殺しにした方が楽は楽です。罪人を町まで運ぶのは手間なので」


 と言った。


「それに、下手に生かしておいてたら変な噂を立てられて、こっちが野盗扱いされても面倒だからね。そういうリスクをゼロにしたいなら、殺してしまうか、しかるべき場所で自白させないとならない。でも衆目の集まる所まで運ぶのは、それまた別のリスクと言えなくもない」


 シシキさんも難しい顔で説明をする。

 防犯カメラなんて無いから、こっちの潔白を証明することも面倒なのだと俺は理解する。

 俺たちはあくまで自衛のために負傷をさせたのだと、誰かに証言してもらわないとならない。

 今その証人足り得るのは、襲い掛かってきた三人組に他ならない。

 つまりは自白ってことだ。

 その自白をさせようとして、今は彼らに逃げられるかもしれないリスクを背負ってしまっている。


 なるほど、だったら殺してしまう方がずっと早い。

 ありもしない訴えをする口を塞ぐ。

 そうすれば、誰も見ている者のいない場所で起きたこと、事件は迷宮入り確実だ。

 俺が日本の警察を基準に考えているからおかしいのであって、こちらの基準では真実が闇に隠れることなんて日常的にあるのだろう。


「うーん、じゃあ殺しちゃった方が良いかな?」


 そういう話であれば、アカリに彼らの首を落としてもらおうと俺は考えた。

 だけどアカリは、ぎゃあぎゃあと叫ぶように反論する。


「今更やめてくださいよ! それ、後味が一番悪いやつですよ! コウさんが手加減をするから、私だってあまり酷い怪我をさせないように配慮したんですからね!?」


「ああ、俺のせいだったの」


「そうでしょうよ。急所を外したのは、わざとでしょ?」


「そうでした」


 だってこんなにややこしい話になるとは思っていなかったんだもの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る