第7話 元旦という名前を拠り所にして

 明莉あかりの歌声に惚れた俺は、そのカラオケの場でバンドを組もうと彼女を誘っていた。

 その前から俺はかっこつけのためにギターの練習をしていた。

 単にギターを弾ける自分がかっこいいと思うためにやっているだけで、バンドを組む気なんて無かった。

 けれども明莉の歌声を聞いたら、彼女と組むしかないと思ってしまったのだ。


 バンドメンバーは、そのカラオケの場で集まった。

 運命的に集まったわけじゃなくて、その場のノリでもう二人加入してきてしまったのだ。


『バンドってモテるよな? じゃあ俺もやるわ』


『なんか面白そう。私もやりたい』


『お前たち、なんか楽器できるのか?』


『全然』


 間井田まいだ次郎と、矢野奈々子。

 断れなかったのは、俺自身がまだギターをそんなに弾けるわけじゃなかったからだ。

 正直に言ってしまえば、経験ないやつを入れる方が先輩面をしやすいと思ったのだ。


『まあ、いいけど……。俺はギターだから、残りはベースとドラムだぞ』


『どうするよ?』


『どっちでもよくない?』


『じゃあ、じゃんけんで決めるか』


 と次郎が言うと、そうしよっか、と奈々子はあっさり賛同した。


『マジかよ……』


 俺はあまりにもいい加減な二人に呆れると共に不安になった。

 普通楽器っていうのは、憧れとか好みとかがあって決めるもんじゃないのか。

 それを完全に運任せにするなんて。

 そう思っている間にも二人はじゃんけんをおこない、その結果、次郎がベースを、奈々子がドラムを担当することになった。


 そして俺たちはメジャーデビューを目標に、ザ・ガントアンズという名のバンドを結成したのだった。


「ガントアンズって、どういう意味なんですか?」


 できればスルーしてしまいたかったところを、アカリは尋ねてくる。

 こんな異世界まで来たら隠すものでもない。

 聞かれてしまったからには答えてやる。


「元旦……新年の朝って意味の言葉から取った名前だよ」


 その名前を提案したのは明莉だった。


『バンド名、ガントアンズがいいな』


 と明莉が言ったのは、正月でもなんでもなく二学期だった。


『ガントアンズって、どういう意味だ?』


 俺がそう聞くと、明莉はとても恥ずかしそうに顔を赤くして答えた。


『元旦をかっこよく言ってみただけ』


 切れ長の目でクールな顔の方が似合う明莉の照れた顔。

 珍しいものを見た気がして、俺はまじまじとその顔を見た。

 明莉はそれをからかわれていると思ったらしくて、ますます顔を赤くするのだった。


 そんなことがあったから、どういう発想で元旦が出てきたのかは聞かせてもらえなかった。

 だけど温かくまばゆい初日の出の光を思わせる名前に俺も賛成した。

 このバンドの中核は明莉だから、明かりを連想させる名前というのも非常に良かった。

 明莉の案に、バンドっぽく最初にザを付け加え、ザ・ガントアンズとなった。


 そして俺たちは学問そっちのけで、音楽の練習に打ち込んだ。

 と言いたいところだけれども、実際には大学受験のためにそこそこ勉強をした。

 志望校に合格できなかったやつもいたけれど、とりあえずはみんな上京し、バンド活動を続けた。


「こっちの世界はどうだか知らないけど、日本は職業を選ぶ自由があってね。なりたい職業があるやつは、大学でその職に関係した知識を学んで社会に出る。俺たちのように学校の外で夢を追うやつもたくさんいる。娯楽を提供する仕事が盛んなんだ。機械という、鉄で出来た力持ちのお手伝いさんを発明したおかげで農作業は楽になったし、パンでもなんでも機械のいる工場で膨大な量を生産できるからな。その大量のパンを遠くの町に届けることだって当たり前にできる」


「そういう話を聞くと、たぶん私が想像するよりも遥かに豊かな国なんだろうなって気がします」


「ああ。たぶんね」


 上京してからは本当に楽しかった。

 その頃になると俺や次郎、奈々子の演奏は一応の形にはなって、俺たちのメロディーに明莉の歌を乗せることができた。

 それは感動的な体験だった。

 俺の手が弾くギターの音が、明莉の美しくも力強い歌声の土台となるのだ。

 俺はこのために生まれてきたのだと、そう思える瞬間があったのが、その時期だった。


 大学を卒業すると次郎と奈々子は就職した。

 俺と明莉は定職には就かなかったけれどもアルバイトの時間を増やした。

 それでバンドとして活動する時間が減ってしまった。


 それから数年を経て、解散話が出てきたのだった。


 解散を言い出したのは次郎で、奈々子もそれに賛成をした。

 二人が就職活動に勤しんでいた時から、こんなことになる不安はあったのだ。

 でもまさか本当にそうなるとは思っていなかった。

 明莉の才能があれば、そんな不安が現実になる前にメジャーデビューできると信じていたからだ。


 しかし俺たちはいつまで経ってもメジャーデビューできず、次郎と奈々子は仕事に生活の軸足を置くようになり、ついにバンドを捨てる決意をしたのだ。


「その時、『本当に価値があるなら、金と人を集めてみせろ』と次郎は言ったんだ」


 バンドの解散に反対する俺と明莉あかりに、強い敵意のようなものを向けて次郎はそう言った。


 このバンドに、メジャーデビューできるだけの価値があるのなら、もうとっくに金や人が集まってきているはずだと次郎は主張した。


 たとえば音楽事務所の人間が来て、なんらかの契約を俺たちと結ぶ。

 もし俺たちの才能が高く評価されたのであれば、レッスンの費用なんかを会社が持ってくれることだってあるだろう。

 本当に凄い才能があるのなら、そういう先行投資をして俺たちを抱えたいと思うやつが現れる。

 だけど俺たちはそうなっていない。

 オーディションにも受からない。

 現状、俺たちの生活費やバンド活動のための費用を払っているのは俺たち自身だ。


 そんなふうに次郎は言ってきた。


「でも、そういう契約の話をもらうために、みなさんは活動を頑張っていたわけですよね?」


 とアカリは尋ねた。

 俺はそれにうなずく。

 その時は、俺と明莉もそういうつもりだったのだ。


「もちろんそうだ。だけど次郎に言わせれば、その活動の段階でもっと金と人を動かせているべきだってことなんだ」


「お金と人が動く……?」


「『人がたくさん集まる所では金が動くし、金が動く場所には商売人が群がる』……ということらしい。俺もまだよくわかってないんだけどな」


 アマチュアでも、人気取りと金儲けを上手くやっているようなバンドがあったら、それは儲け話に敏感な人間の耳に届く。

 損得勘定で動く商売人は、利益が出ると踏めば投資を惜しまない。

 さらに、利益をもっと拡大しようと商売の手を広げたがる。

 その思惑が俺たちをメジャーデビューさせてくれるというわけだ。


 ミュージシャンとして、どんなふうに人の心を掴んで、利益を得るのか?


 それが確立されていないのが俺たちの致命的な欠陥なのだと、次郎は主張した。


 俺は、商売で音楽を語る次郎に強い抵抗感を抱いた。

 だから次郎の意見を認める気は微塵もわかなかった。

 そんなふうに、金に心を奪われてしまったような次郎のことを、狂ってしまったとさえ思った。


 なんでそんなに金の話ばっかりするんだ?

 音楽よりも金が好きになったのか?


『兄が自殺した』


 と次郎は答えた。


 次郎のお兄さんは、急死した父親の跡を継いで、小さな会社を経営していた。

 しかし父親が社長をしていた時から既に傾きつつあった経営は改善されず、会社は倒産したのだそうだ。

 それを苦に思って、次郎のお兄さんは首を吊ったのだという。

 次郎が解散話を切り出したのは、お兄さんの葬儀が終わって東京に帰ってきたタイミングだったのだ。


「要するに次郎は、『金儲けが下手なやつには破滅的な未来が待っている』って思ってしまったんだろうな」


 そんな話を聞かされてしまっては、反論もしにくい。

 だけど俺としてもバンドを解散させるつもりはない。

 だからその場は一旦お開きにして、後日改めて話し合うことにした。

 そして俺は事故に遭い、この世界に移ってきた。


「そんなことがあったんですね」


「でも、俺はやっぱり次郎の意見には反対だな。金は大切だろうけど、それは商売人が考えればいいことで、ミュージシャンまで損得勘定をしなくてもいいと思うんだ」


「それはそうですよ。音楽って楽しいものなんですから、まずそれが先にあってほしいでしょう」


「うん……」


 アカリが俺の意見に同意してくれたのは、心強かった。

 もしあのまま生きていたらバンドは続けるべきだったんだと思えた。


 だけど悔しいことに、今はバンド解散を唱えた次郎の意見も、おぼろげながら理解ができてしまう。

 異世界に飛ばされて、音楽とは全く異なる環境に立ってみて、あいつの言ったことの意味が見えてきた。

 本気で世界を救おうとするのなら、人助けで金儲けをするしかない。

 そして俺は、そうしたいと思っていた。

 女神は言っていた。

 俺が明莉と共にプロのステージに立てたかもしれない素質で世界を救ってほしい、と。

 世界を救うための金儲けをしていれば、そのうちその素質が開花するかもしれない。

 それは俺の上手くいかなかった人生のリベンジとして、成し遂げたいことだった。

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