人間は旅立たずにはいられないのか

第6話 女神の使いということにされて

 その夜は祭りになった。

 村の子供たちに危害を加えた悪漢どもを、村の若い剣士と異世界人がやっつけた。

 なにも取られず、子供も無事。

 これはめでたい、それなら祭りだ、というわけである。


 広場の中央で火が焚かれ、本来なら年に一度の祭りの時にしか使われないという仮面を着けて村の男たちが踊る。

 俺とアカリは主賓として扱われ、低い祭りやぐらのようなステージに設けられた席に座らされていた。

 そこから祭りの様子を眺めながら、飲み食いをする。

 酒はあったけれど、もう無い。

 村を訪れていた商人が、お礼にと譲ってくれた酒があった。

 俺は酒をたくさんは飲めないので、その酒を村の人たちと分けようと提案したらみんな盛り上がってしまい、俺が飲まないうちに村の酒豪たちに飲み尽くされてしまったのだ。

 別にそんな好きでもないからいいのだけれども。

 焼かれた肉やスープなどが運ばれてくるので、それで腹を満たす。

 出された食事は、もてなしの意味で豪勢にされて、美味かった。

 異世界と言っても人間は地球と同じ形をしているし、食べ物の味だって似たようなもので自然と口に馴染んだ。

 けれど、シンプルな味には慣れないといけないと感じさせられた。

 料理人の好き勝手に食材や調味料を使った料理っていうのはここでは望めない。


 村の人々は、踊っている者もそうでない者も、なにやら歌を歌っていた。

 だけどその言葉は聞き取れない。

 俺の歌が英語のまま伝わったように、こちらの歌も本来の言語のまま聞こえてくるのだった。


「しかしまあ、強盗を捕らえたくらいでこんなに大騒ぎになるのか」


 随分と平和だっていうのは、本当のようだ。

 ああいうことがよく起こるような世界だったら、いちいち祭りなんてしない。


「騒ぎになるのは、コウさんのせいでもあるんですよ」


 アカリが愉快そうに言った。


「俺が?」


「空から落ちてきた異世界人が強盗を退治したんですよ。そりゃあみんな、『イェン・ジェリカ様が使いを送って、悪しき者を成敗してくれた』って思うじゃないですか」


「そんな大げさな。でもそう見えるもんなんだろうな」


「はい。そう見えてます」


 感謝されてこんな祭りになるのは、気分としては良い。

 戦って良かったと思うし、誤って一人殺してしまったことの後悔も軽くさせられる。

 誰も、アカリも咎めるふうではない。

 なら俺自身が、自分にできる範囲でその罪を受け止めておけばいい。

 そう思わせてくれる賑やかさだった。


 しかし、生かせるはずの命を奪ってしまった罪とは別に、気分を暗くさせることがもう一つあった。

 それは今回の戦いだけで既に100万円以上の額を使ってしまったことだ。

 結局2発しか撃たなかったのだから、銃に込める弾数を減らしておけば費用は100万円を切った。

 だけど事前にそうなることが見通せるわけでもない。

 初めての戦闘だったこともある。

 弾倉に入るだけ込めるのは正しい判断だった。

 そもそも、どれだけケチくさく計算したところで、1発10万円の弾の数を少し減らしただけではさほど節約にならない。

 今後も人助けをする度に100万円近く失われていくってことだ。

 人助けもタダじゃないのだ。


 戦う力があるからって人をいちいち助けていたら、すぐに資金は底をつく。

 だけど世界を救うために託された金を大事にして救える人を見捨てるというのも、どうなのだろう。


 このままでは、どう考えても資金が足らない。

 でもその解決策を、俺はどうやら知っていた。


 力を使って人を助けた上で、金を増やせばいい。


 しかしその理屈には苦い記憶が付きまとう。

 なので俺は考えることを一旦やめて、アカリに話しかけた。


「この歌って、どういうことを歌っているんだ?」


 聞き取れない歌の意味を訪ねる。


「もしかして、翻訳されていないんですか?」


「ああ。歌だから、だな」


「この歌は、イェン・ジェリカ様のお恵みに感謝を申し上げる歌ですよ。収穫の祝いなんかに歌われるんです」


「祭りの歌だもんな」


 祭りなんだから、そこで歌う歌だって願うか喜ぶかっていうのが定番なわけで。

 昔の人が願ったり喜んだりすることと言えば、食糧や健康についてが主だろう。

 それでもって今日は俺が女神の恵みってわけだ。


「地球にも祭りの歌ってあるんですよね?」


 と察しの良いアカリは聞いてくる。

 あるよ、とうなずく。


「じゃあ歌ってみてくださいよ」


「悪いが、歌詞なんて覚えてないんだ」


「ミュージシャンなのにですか?」


「歌詞は古い言葉でわかりにくかったんだよ。それに、昔からの風習なんてものはどんどん廃れていくのが俺の暮らしていた国でね。要するに、新しいものに夢中で伝統を受け継ごうって気持ちがおろそかなんだ」


 異世界に来ると知っていればそういう歌だって覚えたろうけれど、俺は日本でギタリストとしてやっていくつもりだったのだ。


「地球は、伝統を忘れるまでに文明が進んでいる」


 アカリは独り言として、俺の言ったことの解釈を考えながら口にした。

 彼女の推測は的を射ていると日本人の俺は感じた。


「それを危ういと言う人もいる」


「伝統を忘れることをですか? それとも、文明が進んでいることが?」


 こうも地球の理解や想像がスムーズなのは、ユーキアさんから地球人の話を聞いていたからなのかもしれない。


「両方かな」


 地球のテクノロジーは急激な発達を遂げている、その途中だ。

 世界を様変わりさせてもなお未成熟のテクノロジーには、自然と共に生きるような器用さがまだ備わっておらず、資源を食い散らかし環境を破壊しているとも叫ばれている。

 地球人というのはまだその程度なのに、この世界の女神はそんな不完全な文化の者たちを連れてきて、なにをさせたいのだろう。

 再び疑問がわいてくる。


 そういえば女神の姿はあれから見当たらない。

 女神流に言えば、祭りに紛れていようとも見つかる顔をしているのに、いくら探しても明莉あかりの顔はどこにもないのだ。


 問いただす相手のいない俺の問いなどは、質問攻めにする相手のいるアカリの疑問に押し流される。


「そんな地球で、コウさんはどういうふうに暮らしていたんですか?」


「さっきも言ったろ。アマチュアのミュージシャンだよ」


「そのアマチュアのミュージシャンが地球ではどういうふうに生きているものなのか、知りたいのです」


 母親が地球人と共にいたことに憧れているのか、アカリの地球への関心はとても強かった。

 俺だって地球のことをアカリに教えてあげたいとは思う。

 でも俺の人生の話というのはちょっとな、と気が引けた。


「俺の人生に関して言えば、そんな楽しいもんじゃないぞ? 祭りがつまらなくなる」


 楽しいこともあったけど。

 でも俺は夢半ばで死んで、ここに来た。

 だからどう語っても、暗いオチで終わる。

 この場にそぐわない。


「でも聞きたいです。コウさんは、どんな人だったんですか?」


「わかったよ。話すよ」


 俺は水を飲んで喉を潤してから話を始めた。


「幼少期のことは、あんまり覚えてないな。俺の人生が本当に始まったのは、やっぱり高校生になってからのように思う。ああ、そうだ。俺の暮らしていた日本ではな、大抵の子供が、大人になるまでの間は学校で勉強をしているんだ」


 小学校が義務教育だの大学がどうだのと具体的な学校制度までは説明することもないだろう。

 俺は、話をするのに必要な範囲で解説を織り交ぜる。

 ギターというのは弦楽器だとか、そういう具合に。


「高校ってのはその途中の過程なんだけどな。そこで俺は明莉と出会った」


「アカリって……」


「もちろんお前じゃないぞ。お前と同じ名前だけど、全く似ていない。なんたって、俺が高校で出会った明莉は、歌がめちゃくちゃ上手かった」


「私の歌が下手だって言うんですか!?」


 そこまでは言っていない。

 才能は無いと思うけど。


「違うよ。あいつが特別だったんだ。特別、才能があった」


 彼女の歌声を聞いたのは、カラオケに行った時だった。

 クラスメイトとカラオケに行こうという話になって、そのうちの一人が合コンみたいなことをするつもりで、女子を何人か誘った。

 その中に明莉もいた。


「俺はその時、明莉の才能に気付いてしまった。それが俺の失敗だった」


「才能を見つけたのに?」


「俺にも同じように才能があるんじゃないかと、勘違いをしたんだ」

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