第5話 デッドマンズ・トリガー

明莉あかり、か……?」


「いいえ。森下明莉の姿をしてはいますが、別人です。この声には聞き覚えがありましょう?」


 声というよりも、尊大そうな喋り方で、理解した。

 真っ白な夢で聞こえてきた声の女性。

 この世界で魔法を司る女神、エンジェリカ。


「夢に出てきた女神……」


「そう、イェン・ジェリカです」


「なんであんたが明莉の顔を」


「この顔なら、たとえどんな雑踏の中でもあなたは私を見つけられるでしょう? 視認性、そういう配慮ですよ」


 得意そうに女神は言う。

 だけど、人が片思いをしている相手の顔をするなんて悪趣味だと思った。

 神を前に無礼だとは思ったが、嫌悪感が表情に出るのを俺は隠さなかった。

 言葉にしてやるつもりもあったのだが、女神は俺の視線をアカリの方へ向けさせた。


「それよりも彼女、このままだと死にますよ」


「やっぱりそうだよな」


 武器を持った男たち五人に囲まれていて、どれだけアカリが強かったとしても数の差は辛いものがあるはずだ。


「交渉を有利に運ぶ目的で、抵抗力があることを見せつけたかったようですけれど。ここで殺されてしまっては意味がありませんね」


「無鉄砲なやつ……」


 高校生くらいの年齢なら、そういう無茶もしかねないか。


「ええ。鉄砲を持っているのは彼女ではなく、あなたなのですから」


「なんだって?」


「王者のカードはお持ちですね?」


「ああ。ある」


 さっきユーキアさんから受け取ったカードを見せる。


「それはあなたが魔法を用いて戦いをするための武器です。私があなたに授けました」


「それなら少し説明を聞いた。ここに入っている金で、魔法が使えるってことだよな?」


「そうです。あなたには、その中の1000万イェンで世界を救っていただきたいのです」


 たった1000万円。

 女神ならもっとよこせと言いたくなる。

 だけどそんなことを言っている場合でもない。


「世界はわからんが、この戦いくらいはどうにかなるな? どうやればいい?」


 問うと、明莉の顔をした女神は俺を導く。


「力を望み、投資をしなさい。50万イェン。それでカードはあなたの武器へと姿を変えます」


「わかった。50万円、投資だ!」


 すると数ミリの厚さのカードは、まるで熱された鉄のように光りながらどろりと溶けて、形を変えていく。

 三秒ほどでカードはリボルバー式の拳銃に変わった。

 映画で見たことがあるような、地球製の銃と同じ形をしている。


「戦うには弾も必要ですが、1発10万イェンかかります。その銃なら6発まで込められます」


「10万円、6発チャージ」


 回転式の弾倉がぐるんと一回りすると、弾丸が込められる。

 これで戦えるというわけか。

 俺はアカリを取り囲んでいる男の一人、その肩に狙いを定める。


 初めての戦いだったけど、俺の手は震えなかった。

 ライブでもそうだった。

 緊張しているのはいつも明莉だけで、俺や他のメンバーは全く平気だった。

 アマチュアバンドの、小さい箱の観客の全然集まらないステージですら、明莉は緊張するのだ。

 そしてそういう時には、オリジナルのおまじないの言葉で、明莉の心を奮い立たせるのだった。


 明莉。

 俺たちは明かりだ。

 まばゆい光だ。

 みんな、俺たちの音楽を聴いて、生きる希望を得る。

 楽しい明日を生きていく。

 俺たちが世界を照らすんだ。


 俺は明莉をそうやって励ましてきた。

 けれど、俺が死んでしまって、明莉は大丈夫だろうか?

 きっとバンドは解散してしまうだろう。

 もう彼女を傍で励ます人はいないのかもしれない。

 でも明莉、お前はどうか歌い続けてくれ。

 緊張なんてする必要はないんだ。

 お前の歌の才能は本物なのだから。

 俺には音楽の才能は無かったけれども、この地球とは違う世界で、戦ってみせる。


 さあ――


「世界を照らすぞ、明莉」


 引き金を引くと大きな音が手元で弾け、銃弾が敵へと襲い掛かった。


 音の割には、俺の体に来る衝撃は小さくて、そのことに驚く。

 そうか、見た目はまるで地球の銃によく似ていても、これは魔法による品物。

 撃った反動まで地球の銃と同じってわけではないのだ。

 しかし、相当の反動があるだろうと思い込んでいた俺の手は、恐怖から引き金を引いた直後に、銃身を上にずらすように動いていた。

 それで弾道も想定とは変わってしまった。


 肩に当てるはずだった弾は、男の頭を貫いていた。


「俺は人を殺してしまったのか!?」


 殺さないように撃つつもりだったのに、即死しかねない所に当たってしまって。

 だけど撃ってしまった弾は元には戻せない。

 俺はもう進むしかない。

 ショックを飲み込もうと決意すると、そんなものは最初から無かったかのように、俺の心は平静を取り戻した。

 家から出て、驚きで硬直している男たちに向かって叫ぶ。


「武器を捨てて、手を頭の後ろに置け! さもないと、一人ずつ撃つ!」


 残った四人の強盗たちは、遠くから攻撃してきた俺の姿を認めると青ざめて、持っていた剣なり棒なりの武器を落とした。

 さらに膝をつかせて、抵抗ができないようにすると、畑から戻ってきた男たちが強盗たちを取り押さえた。


 俺はアカリに駆け寄る。

 見えるところに傷はなかった。


「アカリ、大丈夫だったか? 怪我はないか?」


「うん。全然平気です」


「それは良かった」


「まあ、私ならあれくらい倒せましたけど」


 アカリは一人前の剣士として背伸びをしてみせたかったのか、不満げな、それでいて気恥ずかしそうな顔をする。

 でも五人の男を倒すなんて、そりゃ無理だろと思う。


「そうかもしれないけどな。でも相手があんなに多かったら無傷では難しいだろ」


「それは……確かに。ありがとうございました」


「アカリが無事でなによりだよ。恩返しができたってところだな」


 風貌は全然違うけれど明莉と同じ名前というのもあって、彼女を守れて本当に良かったと感じていた。


「恩返しなら、もう一つ頼みたいことがあるんですけど」


「一緒に人質を取り返す……でいいか?」


「そういうことです」


 意思が通じたことに、アカリはにやりと笑う。

 俺も笑みを返す。

 どうやらこの子とはなかなか気が合うらしい。


 村の広場には、商人の露店が出てもいるのだが、村の人も商人も広場の外周に固まっていた。

 そして中心には、縄で縛りつけられた子供三人と、その子供にナイフを向けている長身の女がいた。

 だけど女は子供を盾にしているわけではなく全身を晒していて、銃で撃って鎮圧することもできそうだった。


「あなたの仲間は全員捕らえました! あなたもこんな馬鹿げた真似はやめなさい!」


 とアカリが呼びかける。

 しかし自分が不利に立たされていることに気が付いていないのか、長身の女はこの場にいる全員を見下したような態度で振る舞う。


「黙れ、これは正義なんだよ! 私はお前たちの1000万イェンでもって、レイヴン・ヘヴンに加盟すれば、私が世界を救ってやると言っているのさ!」


 そのようなことを言って、自分の言葉に興奮した勢いでナイフを振るう。

 刃をすぐ近くで振り回されて、子供たちが怯えた。

 危害を加える前に撃ってしまった方がいいか?


「子供を人質にして、世界のなにを救うと言うんですか!?」


 アカリの反論に長身の女は鼻で笑う。


「命を取ろうってわけじゃないよ。ちょっと怖い思いをして、それで世界を救ってもらえるんだから、こいつらだって喜ぶだろうさ!」


 だめだ、話が通じそうにない。

 アカリに小声で言うと、アカリもうなずく。

 俺は銃を長身の女に向ける。

 こんな簡単に発砲してしまっていいものか、と俺の倫理観は疑問を抱く。

 だけど、普通に話して通用しない相手と穏やかに交渉する方法を俺は知らない。

 自分の未熟を恥じて、今は次善の策で銃を構える。


「それで、私の子分たちをやったのは、お前たちなのかい?」


「そう、俺たちたった二人で制圧したんだ。あんたに勝ち目はない。抵抗はやめてくれ」


「そうか、わかった。人質は解放してあげるよ」


 わかってくれた?

 しかし、長身の女は不敵な笑みを浮かべて、姿勢を低くする。

 それに応じてアカリが剣を構える。


「だが抵抗はさせてもらうよ! お前たちを殺すことで私の力を見せつけ、1000万イェンをいただく!」


 長身の女は真っ直ぐ俺たちに向かって走り出す。

 そんな単純に向かってきたら、俺の銃で狙うのはたやすい。

 女の脚を狙って発砲した。

 今度は狙いどおりに当たる。


「銃を知らないって言うのかよ!?」


「ぐああっ!」


 女は倒れる。

 そして女が起き上がるより先に、アカリが女の体を捕らえた。

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