第3話 地球の歌声

 ユーキアさんが、俺のような違う世界から来た者のことをすんなりと受け入れてくれたのは、俺をとても安心させてくれた。


「話が通じる人がいて良かったですよ」


 それも目覚めてすぐに出会えるなんて。

 彼女たちが俺の介抱をしてくれたのは、なにか運命的なものを感じずにはいられない。

 もしくは、あの真っ白な夢の声の女性が俺に配慮してやってくれたことなのかもしれないが。


 いずれにしても、非常識的であろう話をしても、その話が通じる人がいるのはありがたい。

 いや、そもそもどうして話が通じているんだ?

 俺は日本語を喋っているのに。


「って言うか、お二人は日本語を話していらっしゃる?」


 そう聞くと、アカリは首を傾げた。

 だけどユーキアさんはまた面白がって、小さく笑う。

 そして懐かしそうな顔をした。


「やっぱりそこは不思議なのですね」


「不思議は不思議でしょう。ここに日本は無いんですよね?」


「そうです。でも、私たちがあなたの故郷の言葉を話しているのではないのです。あなたが、私どもの国の言葉を話しているのですよ」


「は?」


「でも、あなたにその自覚はない。そうでしょう?」


「そうですよ。俺は日本語を話しているつもりで喋っています」


 耳から入ってくる俺自身の言葉だって、間違いなく日本語だった。

 口から出している言葉も、そして頭の中で考えている言葉も、日本語に他ならない。

 ユーキアさんは嬉しそうに笑いながら、俺に説明をしてくれる。


「かつて私が仕えた商人様も、同じことを申しておりました。『どうしてお前たちは英語がわかるのか』と。きっと、知らずのうちにお互いの言葉が翻訳されているのでしょうね」


 英語を話す人……、アメリカ人とかなんだろうか。

 その人もこの世界に来ていたわけだ、俺よりも前に。

 刀をこっちに伝えた日本人だっていたという話だ。

 異世界に連れてこられた人は俺以外にも結構いるのかもしれない。


「その人は、夢の中で声だけの女性に会った、みたいな話はしていませんでしたか?」


 と一応聞いてみる。

 あの声の女性が地球から人をどんどん連れてきているのなら、地球人を探してみることも検討したい。

 世界を救うというのがRPGみたいなことを意味するのなら、地球人で集まった方が良い。


「ええ。声の聞こえる夢を見た、という話は聞きましたよ。その女性にこの世界へ導かれた、とも」


「俺も同じです。だとすると、その女性が翻訳をしてくれているとも考えられますね」


 翻訳のことは、どういう原理でそうなっているかなんて、どうでもいいことではあった。

 事実として言葉を交わせているのだから、それがどういう理屈であれ、ありがたいと思うだけだ。

 でも閃いたことは、なんとなく口に出してみたくなった。

 するとユーキアさんは、それは女神だと言う。


「その方はおそらく、イェン・ジェリカ様だと想像されます。私たちが信仰する、魔法を司る女神様です。であれば、そういう恵みはお与えになります」


 エンジェリカとは、女神なのに名前は天使エンジェルっぽいんだな。

 と俺は思った。


「神のような高位の存在であるなら、世界を救えと言ってくるのもうなずけるか……。それで、そのエンジェリカという女神様は、俺以外にも何人も地球人をこちらに送り込んで、世界を救おうとしている。この世界は、一体どういう危機に瀕しているんですか?」


「さあ?」


 とユーキアさんは即答した。

 俺はきょとんとして、アカリの方にも目を向けた。

 アカリもぶんぶんと首を振る。


「私たちの世界がなにか大変なことになっているという話は聞きません。大きな戦争だってありませんし、平和な時代なんですよ」


 そうアカリは答えるのだけど、それじゃあ女神の話と食い違うじゃないか。

 俺は少し混乱して、「平和な時代?」とアカリの言ったことを繰り返して聞く。


「もう十年も大きな戦争は起きてませんね。十年前の戦争だって、ここより遠い国の話で、この国にはあまり関係のないことでした」


「ううん?」


 それだったら俺はなんのために異世界に連れてこられたのだ?

 俺は腕を組んで考え始めてしまう。

 女神のミスで、救われた後の世界に来てしまったのではないか?

 などと様々な可能性を考えてみるけれども、情報が無さすぎて推測の域にも届かない。

 するとユーキアさんがなにかを思い出したように小さく声を上げ、


「そういえば商人様は、私たちの世界の文明は彼の住んでいた世界よりも遅れていると申していました。それで、人々をより進歩した文明に導くことが己の使命とお思いだったみたいです」


 と言った。


「進歩した文明……ですか。確かに俺もそういう世界に生きていましたが」


「それならイェン・ジェリカ様は、あなた方の発達した文明の知恵をお求めなのかもしれませんね」


 ユーキアさんは微笑む。

 だけどユーキアさんはそれを望んでいる感じでもなかった。

 望んだり嫌ったりするでもなく、単にユーキアさんは地球の文明にあんまり興味を持っていない様子だった。

 現地の人がこんな様子なのだから、ますます危機感は伝わってこない。


「しかし、俺は科学者でも技術者でもないのですよ。地球ではそういう知識を学んできませんでした」


「そうなのですか。でも、そういったものとは別のものをお求めなのかもしれませんよ。コウさんは、地球ではなにをされていたので?」


「ミュージシャンです。歌を作って披露するんですよ。まあ、アマチュアでしたがね」


 最初は見栄を張ってみたけれど、最後は自嘲気味に笑っていた。

 こうやって自分のことを話してみると、やっぱり異世界を救う者とは思えないプロフィールだ。

 だけどアカリが話に食い付いてきた。


「歌を歌われていたんですか?」


「ああ、メインは他のメンバーだったけどな。歌に興味が?」


「異国の音楽が好きなんですよ。地球の音楽なら、もっと興味があります」


 なにか歌ってみてくれませんか、とリクエストまでされてしまう。

 俺は明莉あかりじゃないんだけどな。

 と困ってしまったけれども、まあ、明莉のいない世界だ。

 少しくらい俺が歌っても別にいいだろう。

 俺だって音痴ってわけじゃない。

 才能のあるやつと比べたら劣る、という評価が的確な程度には上手なのだ。


 ここには楽器も無かったから、ボーカルだけでも良い感じに聞こえる曲で……ということで、俺はビートルズの『レット・イット・ビー』を歌った。

 地球では超有名な曲を俺が口ずさんでみせると、アカリはとても感動した様子で目を輝かせ、手を合わせる。


「今のが、日本語ってやつなんですね!」


 とアカリは言った。


「えっ?」


「私たちの知らない言葉で歌っていましたよ」


 ユーキアさんが、小さく拍手をしてくれながら言った。

 どうやら不思議な力は、歌の翻訳まではしないようだった。

 それもそうか。

 日本でだって、外国の歌が翻訳されて歌われるとは限らなかったのだし。


「歌は、リズムに合わせて翻訳するのは難しいから、女神様も手抜きをするのかもしれませんね」


「でもおかげで、コウさんの国の言葉が聞けました」


 アカリはとても満足した表情をする。


「ああ、これは英語だよ。日本とは違う国の人が作った、だけど日本でもよく聞かれている、有名な曲なんだ。俺の作でもない」


「英語……」


 ユーキアさんは目を見開く。

 その目にはなにも映りはしないのだろうけれども、視線は俺を捉えていたし、ユーキアさんが俺のことを深く見ようとしていると俺は感じた。


「そうです。ユーキアさんがかつて仕えていたという、商人さんの言葉です」


「そうなんですか。あの方は、歌を口ずさんだりはしなかったものですから、気が付きませんでした」


 ユーキアさんは恥ずかしそうに笑った。

 そしてアカリが、別の歌も聞かせてくれとねだってくる。

 日本語の歌も歌え、と。

 応えてやってもいいのだけど、先に俺も質問をさせてもらった。


「アカリは、歌は歌えるのか?」


「私? 私は歌うの、そんなに得意じゃないですよ。聞く方が専門ってやつです」


「本当かな。俺がさっき歌ったやつ、歌ってみせてくれよ。そうしたら日本語の歌を聞かせてやるから」


「ええー……。歌わないとダメですか?」


「ダメです」


 俺が強くうなずくと、アカリは何度か咳ばらいをしてから、ビートルズを歌った。

 その歌声は凡庸そのものだった。

 明莉と同じ名前なのに、才能は欠片ほども感じない。


「お前も音楽の才能、無いんだなあ」


「その言い方、酷くないですか!?」


 アカリの大して上手くない英語の歌に、俺とユーキアさんは笑った。

 それでもアカリは顔を赤くしたまま、覚えている分の歌詞を正確な発音ではないけれども歌ってみせて、


「乙女に恥をかかせたのですから、喉が枯れるまで歌ってもらいますからね」


 と言った。

 その気合いは素晴らしかったから、俺も快くその要求は聞き入れた。

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