第41話 それから二年の歳月が過ぎ

 それから二年の歳月がたった。


 ローゼマリーと名乗るようになった二コラは十八才、クラウスは二十二歳になった。

 相変わらず財務大臣は舞踏会を開いて、ローゼマリーに結婚相手を探すように勧めてくる。


「人々は、いつまでも女王様がお一人なので心配しております」


「心配って?」


「まあ、色々と。お世継ぎの事とか……家族がおられなくてお寂しいのではないか、とか心配しているのでしょう」


「そうなの? でも、財務大臣。なかなかいい人が現れないんだもの、仕方がないわ。適当に決めるわけにはいかないでしょ?」


「それはそうです。真剣に考えて決めて頂かないと。暴君を選ばれたら大変ですから」


「グスタフやブルーノのような人じゃ困るわよね」


 相変わらず、クラウスは仕事の合間を見てはローゼマリーの執務室へ現れる。


「だいぶ女王らしくなってきた」


「女王らしくって、どういうの?」


「人前に出ても、おたおたしなくなってきた。身のこなしが滑らかだし、堂々としている」


「ふ~ん。偉そうに見えるのも嫌だけど。ねえ、クラウス、私達って今でも兄妹なの?」


「何とも言えないなあ。今まで兄妹として育ってきたからそうだともいえるし、実際には血のつながりはないから、そうじゃないともいえる」


「クラウスはどっちがいいの? 今まで通り兄妹と、他人と」


 二つ目の選択肢が他人とはなあ。これでは兄妹を選んでしまうではないか。


「お前はどっちがいいんだ?」


「ああ、ずるい~。質問を質問で返している」


「おれは、他人でいい」


 そうだ。まずは他人にならなければ……。


「クラウスがその方が良ければ、私も他人になる」


 クラウスはその言葉の意味が身に沁みて嬉しく、体中の血が逆流しそうになった。顔は真っ赤になっている。


「クラウス、熱があるの?」


 ローゼマリーがクラウスの額に手を置いた。


「熱い、早く寝た方がいいわ。働きすぎたのね。部屋に連れてってあげる」


 別に具合が悪いわけでもないのに、ローゼマリーは俺の手を引っ張って、部屋へつれて行こうとしている。


「大丈夫だよ。自分で歩けるから」


「いいから、いいから」


 廊下に引っ張り出されると、ザシャに会ってしまった。


「楽しそうだな、クラウス」


「いやいや、別に。ローゼマリーに引っ張られちゃって」


「女王様が引っ張ってるんだ、逆らうなよ、クラウス。どこへでもつれて行ってもらえ」


「冷やかすんじゃないよ」


「自分に素直になれって!」


 肩をトンと叩いて、ザシャは行ってしまった。


 俺の部屋は、女王の部屋のすぐそばにある。彼女の警備をするためだ。

 クラウスを部屋につれて行くと、本当に熱があると思ってベッドに寝かせようとしている。


「さあ、熱がある人は寝ていた方がいいわ。無理をしないで! あなたが倒れちゃったら、私一人になっちゃうんだから」


 そうだ、ローゼマリーは俺がいないといつも独りぼっちだった。幼い頃の暮らしがフラッシュバックしてくる。俺だってそうだった。ローゼマリーが現れるまで独りぼっちだった。一緒に暮らすようになってからは、ずっと兄妹ということになっていた。だけど、だけど、そんなのはやっぱり嫌だった。養子になってからは、本当に兄妹になってしまったが。心のどこかで拒否していた。そんなの嫌だって。だから今日は、こうしよう。


「じゃあ、寝かせてよ。もう熱が出てフラフラだ」


「分かったわよ。ほらほら寝てなさい」


 クラウスをベッドに寝かせて、ローゼマリーは布団を掛ける。その手をぎゅっと掴み、クラウスは思い切り引っ張った。当然のことながら、彼女はクラウスの上に倒れてこみ、そのままクラウスは、彼女の体を抱きしめていた。ベッドに入った体勢で、ローゼマリーの唇に自分の唇を重ねた。いつもはおでこにキスをされ、髪の毛を撫でられるのが大好きだったローゼマリーに。彼女は嫌がることなく、そっと瞳を閉じた。


「クラウス、熱があるなんて私を騙したの!」


「騙してなんかない、熱があるから寝てなさいって言ったのはそっちだ。俺は悪く

ない。ローゼマリーが早とちりしたんだ」


 クラウスは、拗ねて布団をかぶってしまった。


「まあ、子供みたいねクラウス。病気じゃないなら、早く出ていらっしゃいよ」


 女王様の命令だから、出て行かないわけにいかないか。


「分かったよ」


 顔だけ布団から出すと、相変わらず顔は真っ赤なままだ。ベッドの脇に立つと、

今度はローゼマリーが近寄ってきて、唇にキスをした。


「兄妹で、唇にキスをしちゃった……」


 ローゼマリーがしまったという表情をした。兄妹、とは俺の嫌いな言葉だ。


「ううん、いいんだ」


 俺は彼女の部屋を出た。代わりにリンデルが部屋に入って来た。


「ローゼマリー様、いつまで自分の気持ちを偽るのですか。クラウス様はお兄様ではございません。あの方もあなた様を妹とは思っておられません」


「時々自分の本心がわからなくなるわ」


「お二人を見ているとじれったくてたまりませんわ。ザシャもそのようです」


「ザシャもそう思ってるの?」


「あの方は口には出しませんが、お二人はいつも一緒にいなければならないと思っているんですよ」


「私いつも一緒にいたから、それが当たり前だと思っていたの」


「当たり前なんかじゃないんですよ、ローゼマリー様。それはそれは、クラウス様はあなた様の事を大切にしていたのです。だから、どんなにつらい時でも、たとえ足手まといになっても、一緒にいることを選んだのです」


「リンデルったら、最近一緒に暮らし始めたあなたがそう思うのね。私ったら、そんなにしてもらっても何もお返しできてないわ」


「申し訳ございません。言い過ぎました」


「う~ん。言ってくれてありがとう。これまで通り思ったことを言ってね、リンデル」


「はい、私はず~っとローゼマリー様にとって良かれと思うことを言いますから、ご安心ください」


「わ~い、リンデルも私のお姉さんみたいだわ!」


 ローゼマリーは、リンデルに飛びついて喜んだ。リンデルも姉と言われて、嬉しそうな顔をしている。


「まあ、まあ、子供みたいな王女様。そこがいいところなんですけどね」


「えへへ、広いお城だけどあなたも来てくれた良かった」


 冷静で利発なリンデルがここまでの旅に同行してくれて、本当に助かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る