第39話 ニコラ、戻るべきところへ
「ニコラ……二コラ……目が覚めたか?」
「う~ん。あ、クラウスが……いた。助かったのね。グスタフは?」
「ほっとして気を失っていたんだな。グスタフは……もういない。安心しろ!」
「そうだった。クラウスが倒したのね!」
「ああ」
「私、これで身元がばれても安心してここにいられる。奇跡のようだわ」
「十六歳にして、やっと戻るべきところに戻ることができた。本当に奇跡のようだ。これからはこれが現実になる」
ラウスは二コラの額に手を置いた。二コラはじっと目をつむる。幼い頃も、こんなことがあった。クラウスと暮らしたいくつもの情景が頭の中を駆け巡る。
二コラの一族を滅ぼした連中はいなくなった。ということは、二コラがこの国の女王になったのか……。
「ニコラ! 今日からお前がこの国の女王になった」
「はあ?」
「そうだろ? 王亡き後、唯一の生き残りは二コラだけだ」
「ええ? だけど私、女王になんてなれない。そんな大役できない。何をしたらいいかもわからないっ! クラウス、このことは二人だけの秘密にしておこうか?」
ここへ来て、現実を受け入れるのが怖くなったのか。
「それじゃあ何のために苦労をしてここまで来たのかわからない。みんなに公表しよう。きっと俺たちの味方になってくれる」
「だけど、私……クラウスがいないと……女王なんてできない。そうだわ! 女王になったら、女王命令でクラウスを家臣にしてもいい? だったら、できると思うんだけど」
「家臣でも、給仕でも、下僕でも何でもやるよ。二コラの命令とあれば」
そうだ。俺も城のメンバーになればいい。このまま彼女が身分を明かさずリベール王国へ戻ったら、俺たちはまた兄妹に逆戻りだ。だったらいっそのこと、彼女の家臣でいた方が幸せだ。女王命令として。
クラウスは、ホフマン夫妻に小さな巾着袋の中から指輪とフォルスト公国の金貨を取り出して見せた。
二コラが目を見張った。懐かしい巾着袋は、汚れてぼろぼろになっている。
「あっ、それは。私が幼いころにいつも持っていた袋」
「そうだ、俺が預かってから、ずっと大切に持っていた」
「金貨は使わなかったの?」
「大切にとっておいた」
「面倒を見てもらう人に渡しなさいと言われて、家臣から持たされた金貨なのに……使ってなかったの?」
「使えるはずがない。こんな高価なもの。盗んできたと思われて捕まってしまう!」
レオンが金貨を手に取って言った。
「これは確かにわが国で作られた金貨だ。相当値打ちのあるものだ」
「レオン様、指輪に書かれている文字を見てください。二コラが殺された王の娘だということを証明するものです」
「ど~れ、クリストワからコルネリアへ愛をこめて、と書かれている。確かにこれは王妃様の指輪に間違いない。指輪自体も大変高価なものだ。大臣たちに伝えなければ!」
レオンは、大臣たちに急いで連絡を取った。指輪の事を伝えると、ローゼマリーが生きていたことを喜び合った。民から親しみを持たれていたクリストワ公の一人娘が見つかり、女王として迎えられた。
そんなニコラは、傍に控えるクラウスにしか本心が言えない。
「クラウス、私信じられない。あれよあれよという間に、女王になってしまって。リベール王国を出る時は、必ず戻るつもりだったんだけど……ブリーゲル家へ連絡したら皆悲しんでいるのよ。娘だと思っていたら、本当は隣国の姫だとわかって」
「女王になってからでもリベール王国へ帰ることはできる。二コラ! 違った、ローゼマリー! ブリーゲル男爵家の両親は、俺も城に住み着いてしまってがっかりしている。二人とも結婚して、財産も増えると思っていただろうから」
「まあ、二人にはそんな打算があったの?」
「それだけで引き取ったわけじゃないけど、力持ちの俺と、美人の二コラを養子にすれば、良い結婚相手を見つけて財産が増えるだろうと思ってたんじゃないのかな」
「そうかもしれないわね。当てが外れてしまって、ちょっと気の毒ね。できるだけの事はしましょう」
「まあ、また養子探しを始めたらしいけどね」
「今度は、私たちみたいに出て行かなければいいけど」
「そうだな」
女王の執務室では、クラウスが来るといつもこんな話になる。机の上には、財務大臣から次から次へと読まなければならない本や書類が山のように届けられる。そんな時間の合間に、クラウスがやってくると、救いの神がやってきたような気持になる。
「クラウス、ところでリベール王国に置きざりにしたローザ様とはどうなったの?」
「怪我はすっかり良くなったんだけど、俺が戻らないと知って、他の人と結婚を決めたらしい。もういいんだ。別に好きだったわけじゃない」
「そうだったの。お似合いなのかと思っていたわ」
「ブリーゲル夫妻の手前、無理をしていた」
「これからは無理をしないで、好きな人と結婚してね」
「ああ、出来たらそうする。二コラも、また間違えた、ローゼマリーも好きな人と結婚しろ。女王なんだから、命令すればいいだけだ。私と結婚しなさい、ってね。断わることはできない」
「女王ってすごいのね」
「うん。羨ましい」
ローゼマリーは、思わず立ち上がってクラウスの背中にぴったりくっついた。 くっつきながら頬と手を背中に摺り寄せた。クラウスは、何も言わずじっとしていた。
ニコラ、これは反則だぞ。子供のころベッドにもぐりこんでこれをやられた俺は、この子のためなら何でもしてあげようと思ったんだ。俺がされると一番弱いことを、このタイミングでするのか。もう無理だ。ニコラは、俺の妹なんかじゃないんだ! そうだ、もう妹じゃなくなった。やったぞ!
俺は、にんまりしてニコラの方へ向き直った。
「ニコラ、俺に命令してくれ!」
「そんな、クラウスに命令なんかできないよ」
「いや、できる! というか、既にもう命令してるじゃないか。どこへも行かない
でとか、ずっとそばにいてとか」
「あ、そうね。それが命令と言えば命令。私が言うと命令になっちゃうのね! 凄い立場に立ってしまったもんだわ」
俺は、困り果てているローゼマリーの髪を優しく撫で続けていた。彼女が嫌になるまで、いや、執務をしなければならない時間が来るまで撫でていてやろう。
「財務大臣がまた舞踏会を開くって言ってるわ。私が結婚相手を見つけるまでやるんですって。ご苦労なことだわ」
「何だって。舞踏会だって。まだ早すぎるんじゃないのか?」
「私だってそう思うわよ」
俺もダンスの練習しなきゃな。これから大変なことになる。国中のいい男がローゼマリーの元に集まって来て言い寄るんだ。へんな男につかまらないように、しっかり見張っていなければならない。
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