第38話 屋敷はグスタフに包囲されて

 グスタフの心の中には様々な思いが去来していた。


――父の死によって、思いがけず王位に就くことになった。


 しかし、クラウスたちの様子は、初めからおかしかった。何かとてつもない狙いがあってきたのではないだろうか。神秘的な魅力のあるニコラに近づいて探ってみたが、いまだ探り出せなかった。しかし、あいつらが来たせいで父が倒れたのは明らかだ。放っておくと、次第に俺の脅威になるのではないだろうか。生かしておいては自分が危ない! その前に何とかせねば……。


 グスタフの疑いの目はクラウスたち一行に向いていた。父親の突然の死によって、グスタフはさらに周囲の人々皆を、懐疑的な目で見るようになっていた。誰も信用できない!


 周りにいる者は誰もが王座に就こうと狙っているのだ、と。グスタフは、これに乗じて直ぐにでも王位に着こうとしたが、さすがに周囲の眼もあり、一か月間は喪に服することにした。


 グスタフはクラウスたち一行を参考人として捕らえ、父王暗殺を企てた者として処刑しようと考えた。


 折しも、その翌日にニコラの身辺調査にリベール王国に言っていた調査員が戻ってきた。調査員は報告した。


「二コラ様は確かに男爵家のお嬢様でいらっしゃいますが、クラウス様と一緒に養子として男爵家の娘になったのです。その前はクラウス様と一緒に、牛乳売りや籠作りなどの内職をして暮らしていたようです。それはそれは、貧しい生活をされていたそうです。最近縁談があったようですが、相手方に断られたようです。その相手というのは、申し上げにくいのですがブルーノ様、リベール王国のグーゼンバーグ伯爵家のご子息でして……」


「何だと! 私の親戚の男ではないか! なぜ断ったのだ、あの娘を! 何かわけがありそうだが」


「それが、どうして断ったのか、わかりませんでした。ご本人も答えようとしないのです」


「全く、とんでもない食わせ物だった」


 グスタフの気持ちは固まった。あいつらを捕らえて処刑してしまおう。すぐにでも捕まえねば。


「おい、兵士たち、俺と一緒にホフマン子爵邸へ急げ!」


 グスタフは、喪も開けぬうちに兵士を引き連れて子爵邸へ急いだ。


 子爵邸に着くと周囲を固め、誰一人逃げられないよう守りを固めてから、正面の戸を破って中へ入った。


「おい、誰かいないか! 速やかに出てこい! さもなくば、命はないぞ!」


 グスタフの声だけが広い玄関ホールに響き渡る。


「もう一度言う、屋敷の者は全員玄関ホールに出てこい!」


 それでも何の物音もしない。


 兵士の一人が言った。


「上の階にいるのでしょうか? 見てまいります」


 武器を持って急いで上の階へ上がる。どたどたと靴音を響かせて階段を昇り、各部屋を開けて見た。誰一人としているはずがなかった。


「誰もおりません!」


「くっそう! 手遅れだったか! こいつら皆思った通り食わせ者だった!」


 それでも、グスタフは自分の目で確かめるため、二階の部屋へ上がっていった。それぞれの個室が二階にあると、二コラに聞いていたからだ。そして、二コラが滞在している部屋も彼女に教えてもらっていた。一番手前の部屋……


 やはり……気になった。


 その部屋へ入って行くと、バルコニーには彼女がいつも会う時に着ていたドレスがゆらゆらと揺れていた。その裾は自分を手招きしているように、怪しく揺れている。窓は閉まっているが、カーテンとガラス越しにはっきりと見えている。


「ニコラ……ニコラそこにいるのか……お前私を騙したな。殺してやる!」


 グスタフは窓を開けバルコニーに出た。そこにはドレスだけが下げられていて、空しく揺れていた。誰がこんなところにニコラのドレスを置いたのだろう。


「クラウスの仕業か!」


 遠くの方から声が聞こえてきた。


「ああ! お前の父親に殺されたニコラの家族の恨みを晴らすために、来たんだ」


「何だって! 父は城に住んでいた国王と縁者はすべて殺したと言っていた! 生きている者はいない! そんな嘘は通用しない!」


「いや、たった一人生き残った国王の一人娘がいたはずだ。彼女はそのとき四歳だった。その娘が……もうだれだかわかるだろ」


「その娘が……生きていたのか……生きられるはずがない! それが、ニコラだっていうのか。名前も違うではないか!」


「本当の名前を名乗るはずないだろ。本当の名前は、知ってるんだろう?」


「ローゼマリー! 城へ来た時にたった一枚母親と一緒に書かれた肖像画があった」


「そうだ。やっとわかったのか。もう遅いよ」


 バルコニーからはクラウスの姿は見えなかった。庭に面した部屋の向こうは林になっている。その林の木の陰に隠れていた。


 グスタフは外を良く見ようとベランダに身を乗り出した。


 そして窓から下を見た瞬間バリッという音がして火花が散った。手すりを掴んでいた手がもぎ取られるほどの衝撃を受け部屋の中へ弾き飛ばされた。


「おのれ、クラウスめが! う~」


 グスタフは苦悶の表情を浮かべた。シューッという音を立てながら、自分の手足が煙を上げながら消えていくのが見えた。


「これはどういうことだ――」


「俺の魔術が……」


「やめろ――」


 悲痛な叫び声が、最後にとどろいた。


 その後には、着ていた服だけが残された。異変に気付いた兵士たちは二階へ上がっていったが、グスタフの姿はそこにはなかった。


「グスタフさま――っ!」 「何処にいらっしゃるのですか――っ!


「お返事なさってください!」


 林の中からはクラウスがバルコニーを見つめていた。


「ようやく……終わった……長い旅だった」


 屋敷を見つめるクラウスの眼には、去っていく兵士たちの姿だけが見えた。屋敷の周囲を取り囲んでいた兵士たちも、すごすごと城へ引き上げていった。命を失い消えていったグスタフは、二度とここへ姿を現すことはない。


 屋敷の前で見張っている見張りの目を欺くために、地下壕へ隠れていたホフマン一家と二コラ、ザシャ、リンデルは、あまりの速さに驚きながら這い出してきた。


「みんな、もう……終わった! グスタフの姿はない! 奴に苦しめられることもない」


「クラウス! クラウス! 無事だったのね」


 二コラの眼には涙が光っていた。地下壕で彼の無事だけを祈り続けていた二コラの元へ、クラウスが駆け寄った。


「俺はそう簡単にはやられない」


 ニコラは緊張の糸が切れて、クラウスの腕の中に倒れ込み、そのまま気を失ってしまった。


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