第37話 屋敷が危ない!
国王崩御の話を聞いて直ぐ、リンデルが早口に言った。
「できるだけ早くこの国を脱出した方がよろしいです! クラッセン家の皆様も、隣国リベール王国へ一時避難してください!」
「リンデル、なぜ! ゲレオンが倒れたのは、ひょっとして……あのお菓子に何か入っていたのっ! 私もグスタフも、あなただって食べたけど何ともなかった。それにゲレオンに差し上げてくださいと言ったあの箱に入っていたお菓子は一緒に作ったもので、私達が食べたのと同じものだったわ!」
「私たちには毒ではないけれど、ゲレオンにとっては毒になるもの、絶対に食べてはならないものが入っていました」
「それは何なの? 食べたらいけないものって!」
「エビでございます」
「へ、エビが、ですか?」
「さようです。城の控室で待っていた時に、何か探ることができないかとお湯をもらうために厨房へ行きました。そこでバケツの中に捨てられていたエビを見てひらめきました。ゲレオンに出す料理には絶対に入れられない、と強い口調で言った調理人の言葉を聞いて」
「それを食べると……」
「ショック症状が出たり、呼吸困難に陥ることもございます。人によっては死に至ることもあります」
「ある人には薬でも、ある人にとっては毒になる食べ物があるっていうのは聞いたことがあるわ。でもエビの味なんて全くしなかったわ。どこに入っていたの?」
「焼いてしまっては効果が薄いと思いまして、砂糖をたっぷり入れた甘いジャムの中にエキスを入れたのです」
「そうだったの。私にも気がつかないうちに……」
「お二人が城へ行っている間に準備しました。ザシャにも手伝ってもらって」
ザシャがその時の事を思い出した。
「それで川へ魚を取りに行こうなんて言ったんだ。俺はてっきり魚を取るのが目的かと思ったら、ちっちゃなエビを取るのが本当の目的だったんだ」
クラウスが、考え込んでいった。
「あんな状況の下で、よく調べてくれた。でも、エビを口にしたからと言って、絶対に死んでしまうとは限らないんだろ?」
「はい、猛毒ではございませんので、必ず死んでしまうわけではありません。運が悪ければ……死んでしまいますが、回復することもあります」
クラウスは慌てふためいている。
「苦しんでいる父グスタフを見て、助けようと思えば助かったが、敢えてグスタフがとどめを刺すか、放置して死に至らせた可能性もある。ひょっとしてリンデルは、苦しんでいる王を、グスタフは助けないと思ったのかっ!」
「はい、その可能性が大きいのではと。父に似て残忍なグスタフは、自分に有利になるとわかれば父親も見捨てるのではないかと思ったのです。それで不確かではありますが、イチかバチかの作戦に掛けたのでございます」
「リンデルがそんなことを考えていたとは……俺が何も手出しできずに思いあぐねている間に、よくやってくれた。しかし、あのお菓子を食べたのがきっかけで父王の様子がおかしくなったとわかったら、二コラやリンデルに疑いの目が向けられる。あいつだけがここへ、密かに捕まえに来るかもしれない。よし、みんな!ここへは俺だけが残る」
ザシャが怒鳴った。
「お前だけに戦わせるわけにはいかない。俺も残って戦う!」
「ダメだ! ザシャは、他のみんなを守ってくれ!」
二コラが口をはさんだ。
「川を下っていく方法もあるわ。早くここを出れば追いつかれることはないし、暗いうちに出れば、森の中だから見つかる可能性は低い!」
先ほどから話の成り行きをすべて聞いていたホフマン夫妻が言った。
「ちょっと、みんな! 逃げる逃げるっていうけど、見つかってしまったら兵士たちにはかなわないわ。私たちに任せて! ゲレオンが国王になって、彼の暴挙を見た貴族の館では、家族がいつでも隠れたり逃げたりできるよう、色々な方策を練ってきたの。家では地下壕を掘って、隠れていれば絶対に見つからないように準備してきたのよ。そこから外へ通じる出口もある。外部の人や客人達には、絶対に教えない場所がね」
レオンが説明した。
今がその緊急事態ということだ。エリーゼ夫人も事情が呑み込めたようだ。
「大変なことになってしまったけど、ゲレオンが倒れたのは私たちにとっていいことよ。この際ここでグスタフも倒れれば、皆穏やかな生活ができるわ。急いで食料と飲み水を用意して地下壕へ行きましょう。準備が出来たら、使用人たちは家へ帰しましょう。ここで見つかってとばっちりを受けたら、可哀そうだわ」
クラウスが言った。
「じゃあ、ホフマン夫妻の指示に従うことにしよう。それからみんな、まだ外には見張りがいるから、部屋の明かりはずっとつけたままにしておいてくれ。いついなくなったかわからないようにな」
クラウスだけが残ると聞き、二コラは心配で胸が張り裂けそうになった。クラウスだけを危険な目に合わせてしまう。クラウスがゲレオンを倒そうと思ったのは、自分が原因なのに……。
「クラウス、絶対に死なないで! あなたが死んだら、私……今まで何のためにここまで来たのかわからない」
「俺の事は心配するな。あいつに気付かれないで仕留める作戦を考える! グスタフをやっつけたら合図するから、それまでじっと隠れているんだ!」
これが最後のお別れになってしまったらどうしよう。そう思うと言いたいことは山ほどあった。今までずっと一緒にいてくれた感謝の言葉だけではない。食料や水を運びながらも、目頭が熱くなり視界がぼやけてしまう。
――もう会えなかったらどうするの! もし仮に、グスタフが勝ったら……。
考えたくないことが頭の中をよぎる。二度と外へ出ることが出来ず、地下壕の中で自分は息絶えるのではないだろうか。考えてはいけないと思いながらも、最悪の結末が目に浮かぶ。奴らの警備がいつまで続くのだろうかと。
逃げて行っても同じこと、ホフマン氏が言うとおり、子供たちを含めたこれだけの大所帯が逃げれば、兵士たちに見つかってしまう可能性が高い。
食料や水などの準備ができ、地下壕へ向かっている時ニコラはクラウスにいった。
「今までありがとう。ずっと私のそばにいてくれて……私は何もできなかったけど」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
「これからも傍にいる! 俺を信じてくれ!」
今までの思いを込めて二コラを抱きしめると、一人上に上がっていった。すべての部屋に明かりが灯ってはいるが、部屋の主はどこにも見えない。二コラの部屋へ入って行き、ドレスを出すとちょっと小細工をした。グスタフが来たらこの部屋へおびき寄せたい。準備ができると、クラウスは外へ出てグスタフが来るのを待った。
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