第35話 ニコラ、八方ふさがりに
ああ、三日以内に何とか決着を付けなければならない!
ニコラの脳内では、既に警報が鳴り響いていた。グスタフは二コラの手を取り、自分の胸に当てている。
「女の方とは、よくこのようなことをなさるのですか? 」
ニコラは、何と間抜けな質問をしたのだろうと情けなくなった。
「こういうこととは、触れ合うことかな?」
既にグスタフはじれったい気持ちを抑えきれなくなっている。うなじに熱い息が拭きかけられる。
「グスタフさまほどの方ですから、よく女性がいらっしゃるのかしらと思いまして?
「おう、妬いているのだな。可愛いやつめ。ないこともないが……」
そう言ってちらりと二コラの顔を覗き込んでいる。
彼の視線を意識して、嫉妬しているような、拗ねたような複雑な表情を作った。
「おお、よしよし。城へ来たらいつでも可愛がってやるぞ」
「本当でございますか。私毎日でもお会いしたいです。もう、会えないと辛くて」
この一言で、完全に二コラに心を許してしまったグスタフは、上着を脱ぎすて唇をニコラの額から次第に下へ這わせていった。まずいっ! 唇に到達するのは時間の問題!
「ああ、私これ以上口づけされたら、おかしくなってしまいそう」
「おかしくなっても良いのだ。そのために私の部屋へ来たのだろう……」
まずい、まずい、どうやって断ったらいいんだろう! グスタフの気持ちをあおりすぎてしまった。
「グスタフさまと暮らすまで、楽しみにとっておきたいんです」
「嬉しいことを言ってくれるな。そんなことを言われると、なおさら触れたくなる」
グスタフは、キスするのはやめて髪の毛から額から頬顎へと指先を滑らせていく。ごつごつした指の感触に、ぞくぞくと寒気がしてしまう。グスタフは耳元に唇を寄せて、甘えたような声を出した。
「大丈夫だ。押し倒したりはしない」
「信じております」
それでも手は、うなじから肩へ、そして腰の周りに差し掛かっている。腰をぐっと抱え上げるように自分の方へ引き寄せた。
「あっ、おやめくださいっ!」
その時、どんどんとノックの音がしてクラウスの声がした。
「グスタフさま。そろそろ夕刻でございます。帰りませんと屋敷に着く前に真っ暗になってしまいます!」
「くそう! クラウスか。またもや邪魔しに来た。よく兄に言っておいてくれ、良いところで邪魔をしないようにと」
「全く、しょうがないお兄様! よく伝えておきます」
ああ、クラウスが来てくれて助かった。全く遅いわ! 危機一髪だったじゃない。
ドアが開いて、すまし顔のクラウスが部屋へ入って来た。
「ニコラの事が心配で、案内してもらいました。すいません」
「こちらも、もうそろそろ帰った方がいいと思っていたころだ」
「それでは、丁度良かった。二コラ行くぞ!」
ニコラは名残惜しそうにグスタフの手をそっと指先でなぞり、手を離した。
「明日まだお会いしましょう。お忙しい身とは存じますが……ああ、私又こんなに積極的になってしまって、恥ずかしいわ」
「そんなに会いたいのか。では、明日は夕刻にでも会おう。こちらから会いに行くから待っているように。ホフマン子爵にもお伝えしておいてくれ」
「素晴らしいですわ。会いに来てくださるなんて。何と待ち遠しいこと……」
グスタフは、得意顔でクラウスの方を見ている。ほら、お前の妹は俺に夢中なんだぞ、と言わんばかりだ。
「では、気を付けて帰るのだぞ」
「グスタフさまもお元気で。お父様のゲレオン様にもよろしくお伝えください」
「よし、分かった!」
クラウスと二コラは跡にした。二コラは終始うつむいていた。その顔には焦りが見えた。
「何かあったんだな」
「もう、私こんなことはやめにしたい……グスタフがねちねちとすり寄ってくるのよ」
それ以上具体的なことなど言えるはずがない。
「あ~ん。クラウス、早く何とかしなきゃ、私もうダメ」
そう、どうにかされてしまう。
クラウスも、二コラの事を想うとずっと気が気ではなかったのだか、もうそろそろ我慢の限界だ。
「大変なことになるわ。明日、城の使者がリベール王国へ行く。私の身元を確かめるために。幼いころからの生い立ちがばれてしまう。クラウスと私が養子だということも。そうしたら、もう城へ出入りすることはできなくなる。結婚の話もなしになるわね。それはいいんだけど、だます気なんかなかったのに、あいつの事だから私が騙したなんて言いかねないわ」
「結婚が破談になるのはいいとしても、二コラの事を探り出して真相を突き止められてしまうのが恐ろしい。城へ出入りできて、グスタフたちと接触できる今のうちに何とかしたい。で、使者が戻ってくるのは、明日を入れて、三日以内だな」
「そうね、一日で調べがついたら出発から三日でここへ戻ってくる。早くしなければ!」
先ほどから外出していたリンデルが戻ってきた。
「リンデル、あなた何処へ行っていたの?」
「ちょっと、買い物でございます。二コラ様、わたくしと一緒に焼き菓子を作りましょう」
「こんな大変な時に、なぜ焼き菓子を作らなきゃいけないの?」
「明日のデートを盛り上げる小道具でございます。二コラ様が作ったお菓子をグスタフさまはさぞお喜びになるでしょう。さあさあ、作りましょう」
「なんだか知らないけど、随分乗り気なのね。分かったわ」
リンデルは厨房へ二コラを連れて行き、熱心に小麦粉やバター、砂糖などを混ぜこんがりと甘い焼き菓子を焼いた。その上には特性のジャムを付け余熱で乾燥させた。
「リンデル、あなた料理も上手なのね。感心したわ。私は言われた通りに材料を混ぜただけ」
「特製のお菓子をグスタフさまとお召し上がりください。お父様にもご紹介して下さるとのこと。お箱に入れてお包みしますので、帰りに手土産としてゲレオン様に、とお渡しください」
「まあ、気が利くわね。だけど、その後は……ああ、早くクラウスが方策を考えてくれないと、時間がないわ」
「まだまだ時間はございます。後ほど一緒に考えましょう」
リンデルは、しっかりとした口調で言った。
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