第34話 ニコラ、再びグスタフに呼ばれる

 優しい言葉で言ってはいるが何のことはない。城の馬車で送って来てくれたと思えば、乗っていた兵士が家の前に居座り、帰らないように見張っているという徹底ぶりだ。


「クラウス、このままでは、私はグスタフと結婚することになってしまう。グスタフがいい人だったら、結婚してもいいと思ったでしょう?」


「あいつが親と違っていい奴だったら、と一瞬考えたんだ。でも違うようだな。自分の目の前をうっかり横切った子供の母親を、牢につないでしまったらしいから」


「おお怖い。あの態度も結婚するまでのまやかしで、決まったとたん手のひらを返したようになるでしょうね」


「多分ね。奴隷のように扱われるかのしれない」


「ああ、住居の建物まで入ったのにいい案が浮かばない」


 ブリーゲル家には、更に滞在が延長されると手紙を出さなければならなかった。二週間はとうに過ぎたが、全く帰れる当てがなくなってしまった。気持ちの大きいザシャも心配し始めていた。


「見張りを付けられて、二コラさまのご結婚はもう決まってしまったのか?」


 ようやくザシャもグスタフの強引さがわかったようだ。


「勝手に思い込んでるだけだ。奴は父親同様残忍な奴だ」


「では……断わるつもりなのか」


「時期を見て……あいつらを城から追い出してやる」


「えっ、そんな……とてつもないことを考えていたんだな。旅の目的ってのは、それなのか?」


「絶対に口外しないと約束してくれるなら……話すが」


 クラウスは、口元に人差し指を持っていった。


「約束する!」


「ゲレオンは二コラの仇なんだ。だから……俺は!」


「それ以上言わなくてもいい。分かった!」


 この男いざとなると話が早い。決して誰にも話したりはしないだろう。これで四人の結束は固まった。



                   ⋆

 数日後、再び使者が迎えに来て、二コラを城へ向かわせろとの命令があった。連絡がある度にクラウスは冷や冷やしていた。いつ身元がばれてしまわないか、ばれたら最後命はないだろうからと。使者は言った。


「毎回大勢で来ることはない。二コラ様のお供は……一人だけにしろ!」


「何だって! 二人じゃダメなのか。断わったらどうする」


「断ったらだと! そんなことできるはずないじゃないか! グスタフ様のご命令だ。もし断ったら二コラ様だけをお連れするように、と命じられてきた。どうする?」


 クラウスは一旦家の中へ引っ込み、ザシャとリンデルに伝えた。リンデルが言った。


「たった一人しかお供できないのなら、クラウス様が行ってください!」


「何か考えがあるのか?」


「ええ、妙案がございます。お戻りになりましたらお話しします」


「よし、分かった。後の事はリンデルに任せよう」


「では、今日は俺がついて行く!」


「二コラ様をお守りください。クラウス様も、くれぐれもお気をつけて!」


 リンデルが事情を理解し、強い味方になってくれたのに、一緒に行くことが出来なくなってしまった。あいつのペースにどんどん巻き込まれてしまう。


 クラウスと二コラは兵士に見張られながら城の馬車に乗り門をくぐり、居住のための建物に入った。目の前に敵がいるというのに、何もできずにいることがもどかしい。二コラに手を出させないで、彼らを仕留めることはできないだろうか。


 考えていると、もう部屋の前まで来ていた。前回と同じ控えの間にはクラウスが、面会用の部屋では二コラが一人通された。また変なことをしたら、魔術を使ってやろうかとも思うが、その場で捕らえられたら処刑されてしまうだろう。


 グスタフは、クラウスを見ると失望の色を見せた。


「付き添いは一人と言えば、当然侍女を連れてくるかと思ったが、妹思いの兄がついて来たのか……」


 何だ、悪かったな、と心の中で毒づいたが黙っていた。


「おお、そのドレスが大層お気に入りなんだな、二コラ様は……」


 裾がふわふわとして、歩くたびに揺れて美しいので気に行っているのだが、嫌みに聞こえる。


「旅先ですので、これしか持ってこられませんでしたので……同じドレスで申し訳ございません」


「良い良い、私もそのドレスが気に入っている。毎日着てきてもよいぞ」


 裾が揺れるたびに、じっとそれに魅入っている。ソファに座っている二コラにぴったりとくっついて座り、スカートを見たり、胸元をちらちらと覗き見ている。二コラは、髪の毛を上にかきあげ、うなじを見せて囁いた。


「今日も客間ですね。グスタフさまがどんなお部屋で生活されているのか、見て見たいわ。ああ、私としたことが、こんなことを言ってしまいました。恥ずかしいわ」


 言いながら、二コラは顔を伏せ口元を押さえた。


「私に興味があるんだな。可愛いなあ」


 二コラの顎(あご)に手を差し伸べ、片手でくいっと上を向かせた。目と目が正面から合う。もう片方の手で髪の毛を撫でている。


「私などのどこがいいのですか? ちっとも華やかさなどない田舎娘ですわ」


「そんなことはない。見たものを虜にするような、不思議な魅力がある」


 こんなことを言われたのは初めてだ。そんなに魅力があるのだろうか。ちょっと試してみようか。


「では、グスタフさまのお部屋に一度でいいから入らせてくださいますか?」


「君の方から誘って来るなんて、願ってもないことだ」


 グスタフは、二コラに手を差し伸べた。その手をしっかり握り、一歩踏み出した。グスタフは、扉を開けて廊下を進んでいった。ああ、無事で帰れるかしら。自分の心臓の鼓動が聞こえてきそうなほどだ。


 ある部屋の前で立ち止まり、そっと彼はドアノブを回した。この部屋の向こうへ行って戻って来られるだろうか。


「ここですよ。さあ、入って」


 入るなりグスタフは、二コラを抱き寄せた。息ができないほどの抱擁の後、グスタフはようやく力を緩め二コラを解放してくれた。


 客間よりはるかに豪華な部屋だった。ソファやテーブル、机などがあるのは同じだが、ベッドは天蓋付きの大きなものだった。部屋へ行きたいと言ったことを後悔した。クラウスが土壇場で来てくれないと困る。だいぶ離れてしまったが、彼は魔力で察知してくれるだろうか。


 解放してくれたので、窓の外を見ようと歩いていると、後ろから怒鳴り声が聞こえた。


「おい、顔を出すな!」


「あっ」


 ニコラは凍り付いたように動きを止めた。ここへ連れてきたことは誰にも知られたくなかったのではないだろうか。ここにいることを見られてはならないのだ。

 ニコラは窓から後ろ向きに後ずさった。グスタフは、彼女の腕をつかみソファに座らせた。やはり、この部屋に連れて来てしまって落ち着かない様子だ。


「ここに座っていろ! 下手な動きをするなよ!」


 彼は隣に座り、肩に手を掛けた。ああ、そんな大きな手で肩に体重をかけたら、ドレスが脱げてしまう。二コラは体をこわばらせる。そんな様子でさえ面白いのか肩から腕に手を下ろしていく。ああ、私は何でこんなことをしているんだろう。そんな気持ちとは裏腹に、彼の行動はどんどんエスカレートしていく。


 隣に座った彼の手は、今度は二コラの腿に置かれた。滑らかなドレスを、大きな手が撫でている。その手が、じっと固く閉ざしている内股の方に伸びて、手を差し込もうとしている。薄いドレスの生地ごしに、まるで素肌にごつごつした手が当たっているような感触だ。


「おっ、おやめください。それだけは、勘弁してください!」


「やめてほしいのか。うっとりしていたようだが……まあ良い。我慢するのも今だけだ」


「今だけとは……どういうことでございますか」


「知りたいなら教えてやるが……お前はさぞかし、幼いころから可愛らしい姫だったのだろうなあ。念のため、お前の故郷へ調べに行かせている。その使者が帰ってくれば、もう私たちの仲は公然のものとなる。それまでの辛抱だ」


 幼い頃の事を調べるですって! とんでもないわ!


「その使者は、いつ出かけられたのでしょう。そしていつお戻りに?」


「そんなに待ちきれないのか……明日には出かける。一日がかりの旅だから、三日後には結果を持って戻るだろう。な~に、心配無用だ。お前の幼い頃の暮らしぶりを聞いてくるだけだから」


「なぜ、そのようなことを?」


「なぜって……そりゃあ、俺の世継ぎを生む大切な妃だからな。子を孕んでから、偽物の姫だとわかったんじゃ目も当てられない」


 ひどいっ! やっぱりこんな奴だったんだ! 早く何とかせねば!


「私も早く安心してグスタフさまと、このお部屋で過ごしたいです」


「おお、おお、可愛いやつだなあ……」


「今度お会いするときは、私が手作りの焼き菓子をご用意します。召し上がってくださいますか?」


「う~ん。手作りとは……」


 やはり、外から持ち込まれた食べ物に対しては、慎重だ。


「私と一緒にお食べください。それなら安心でしょう」


「ああ、いいですよ」


 やはり、毒見をしないと心配なのだということが分かった。


「では、また明日お会いしましょう」


「楽しみに待っているぞ」


 グスタフは、二コラの髪を執拗に撫でた。


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