第31話 ニコラ軟禁状態に

 こんな事態になるとは思わなかった。奴らを観察するつもりが、二コラを人質に取られてしまったも同然だ。あいつは二コラをどうするつもりなんだ。


 ホフマン家に留め置かれてしまったニコラは、見張りを付けられて、こっそり帰る事も出来なくなってしまった。リベール王国のブリーゲル家には城からゲレオンの名で手紙が届けられた。残忍な男だと聞いていたゲレオンからの手紙に夫婦は恐れおののいた。グスタフが二コラの事を父親に話して、手紙を書いてもらったのだ。


 止め置かれたニコラは軟禁状態と言ってもよく、クラウスたち一行も残ることになった。ブリーゲル家から来た返事には、夫妻は言うことを聞きそのままとどまるように、もし二コラがゲレオンの息子に気に入られてしまったら、そのまま嫁に行くしかないと書かれていた。


 城からホフマン家へ戻ってきたニコラは終始落ち込んで部屋にこもりきりになってしまった。ホフマン夫妻も、とんだことになったと自分たちの軽率さに後悔していた。


 侍女リンデルが心配して部屋へ入って来た。


「お嬢様、まだここへ止め置かれただけで、結婚すると決まったわけではありません。あまりご心配なさると体に障ります。お部屋を出て来てください」


「ああ! ゲレオンの息子に声を掛けられるなんて。私としたことが、何たる失態。自分の事を地味だと思って油断してた。私はもう……おしまいだわ!」


「ゲレオン様の残酷非道さは、お話ではお伺いしたことがありますが、運命が何とかしてくれます。気に病んでよい結果が出ることはございません」


「リンデルは楽観的な性格なのよ。私はそう考える余裕はない」


「私は決して楽観してるのではありません。このチャンスを生かしてください。お嬢様、この旅行には何か目的があるのでしょう?」


「な、何を言っているの、リンデル!」


「私にはわかりました。クラウス様と二コラさまのご様子を見れば」


「気がつかれていたの! まずいわ」


「ブリーゲル様もホフマン様も何も気がつかれてないご様子ですが、私はお嬢様の味方ですから何でもする覚悟をしてきました」


「リンデル、あなた……私たちに協力して!」


 ニコラはリンデルの手を握って、じっと目を見つめた。リンデルの眼も真剣そのものだった。


「ゲレオンの様子を探りたいの。そして……」


「そして……ゲレオンを倒すのですか?」


「ああ、倒すなんて無理だけど……」


「倒したいのですね! ゲレオンを恨む理由は……」


「それは……今は言えない。でも私は昔、酷いことをされた。これ以上聞かないで!」


「後々、教えてくださいませ。今は、できるだけそばに行って弱点を探りましょう」


「ええ」


 果たしてゲレオンに弱点などあるのだろうか。考えても思い浮かばない以上、敵の手の内に入ってみるのも作戦かもしれない。


「ゲレオンの息子のグスタフ、どうやらニコラ様に大変御興味がおありのようです。ここは、思わせぶりな態度を取り、城内の様子を探ってください。呼ばれたら、私をお供させることを条件に城へ上がってください。ご令嬢に侍女がついて行くのは、当然の事ですし、何ら問題ありませんから許可されるはずです」


「はい、わかりました。クラウスも一緒に行かせてもらえるかしら?」


「出来れば、一緒に行った方が心強いですね。彼も一緒に行くことを条件にしましょう。今までのグスタフの様子だと、少しぐらいの条件は飲むでしょう。なんせニコラ様に気があるようですから」


「そうなの! いや、いや、いや、そんなの絶対いやっ!」


「ダンスを踊ろうと言ってきたのがその証拠でございます。もしかするとぞっこんなのかもしれませんが、それは認めたくないから、格好つけている。というのが今の様子ですね」


「絶対結婚なんかあり得ないわ! 色々なことを探ったら、あとくされなくお別れしたいもんだわ」


「では、それにも私がご協力いたします」


 もう一人強い味方が出来た。まさか、親もいないところで無理やり結婚させるなどという暴挙があるわけがない。しかし、その考えは甘かったとは夢にも思わなかった。



 侍女のリンデルが部屋を出て行き、二コラはクラウスの部屋へ入った。


 舞踏会の時のグスタフの様子について、彼の意見も聞きたかった。他の人たちのいるところではなかなか本音が言えない。


「ねえ、グスタフは私の事をどう思っているのかしら?」


「ああ、あのいけ好かない野郎の事か。自分が声を掛ければ、どの女もなびくと思っている傲慢な男だ。で、奴は二コラにかなり興味を持ってしまった。そして、もっと知りたくなっている。あわよくば自分の妃にしようと企んでいるかもしれない」


「ああ、クラウスもそう思う?」


「他に、誰がそう思ってるんだ?」


「侍女のリンデルよ。さっきまで私の部屋で話をしていたの」


「やはり、彼女の目にもそう映ったのか……しばらく二人きりにならないように、様子を見てみよう。いいな?」


「うん。うまくやってみる。リンデルもついててくれるし、少し心強くなった。それにね、彼女はとても勘が良いいわ。私がゲレオンたちと何かあったことに気付いて、協力してくれている」


「そうか、彼女は俺たちの有力な味方になってくれそうだ。今日は安心して休むんだ。明日からの戦いに備えて。目にクマが出来ていたんじゃ、戦えないからな」


「ああ、そうだった。絶対にばれないと信じて行動する」


「うん、おやすみ」


 俺は二コラの額にキスして、部屋を後にした。彼女を安心させるために平静を装ってはいたが、内心は全く穏やかではなかった。


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