第26話 クラウスの魔術

「お~い、忙しそうに何をしているっているんだ」


「親戚の家へ行くんだから、いろいろ準備があるのよ。子供たちはきっとお土産を期待してるでしょうから、手ぶらではいけないわ」


 クラウスは、編み物をしている二コラのそばへ寄った。ニコラは網目を数えることに集中しているので、クラウスの事には注意がいかない。途中で話しかけられて、正直迷惑そうだ。でも、クラウスはひるまなかった。


「おい、親の仇に会えるかもしれないのに、お土産の事を考えてるなんて、何だかのんきだなあ。俺だったら、怒りのあまり興奮して体を動かさずにはいられない」


 興奮しているのはクラウスの方だ。ようやく、ニコラは編み物をテーブルへ置き、クラウスの方を向いた。こうして自分から入ってくる時は、相手にして欲しいと相場が決まっている。


「私は、クラウスとは違うわよ。興奮はしてない!」


 落ち着いていると言えば嘘になるが、興奮したからといって何かができるわけではない。クラウスの様に魔術が使えるわけではないし、腕力も強くない。しかしクラウスにいった言葉とは裏腹に、彼女の気持ちが高ぶっていることがわかる。


「なあ、向こうへ行ったら、俺は絶対に城へ忍び込もうと思う」


 何を企んでいるのかと思ったら、突拍子もないことを言い出すものだ。ニコラは両手を顎の下に持ってきてじっとクラウスの顔を睨む。クラウスも二コラの目の前に座ってじっと見つめている。この顔は、かなり本気だ。


「お城へ……忍び込むなんて……そんなことができるの?」


 どうやって忍び込むのだろうか?


 クラウスはテーブルに両肘をついて、さらにニコラの顔に接近していく。


「それはだなあ、う~ん、俺には魔力があるから、その力を使って忍び込む」


「決意が固い割に、具体的な案はないのね」


 ニコラが不満そうな顔で俺を睨む。やっぱり、なんだかんだ言っても俺の力が必要なんだ。


「そうだなあ。城の塀をまず乗り越えなきゃならないから、鷹を魔術で操りぶら下がって忍び込む。そして、ゲレオンを探し出し、剣で仕留める」


 そんなことで仕留められたら、誰でも仕留められるんじゃないだろうか。ニコラはこんなことを本気で考えているのかと心配になってきた。


「ふ~ん、鷹ねえ。丁度いい具合に鷹が見つかるかしら? クラウス、お城の警備は相当厳重よ! 鼠一匹入れやしないわ! 捕まったら即刻殺されるわ。だって残酷非道なゲレオンが城主なんだから」


「そうだ、ニコラ! お城の見取り図を描いてくれ! 覚えてるだろ?」


 四歳の時に、城を出てきたのに覚えていられたら天才だろう。ニコラはおぼろげに自分の部屋や、入り口の様子ぐらいしかわからない。ましてや正確な見取り図なんて書けるはずがない。


「入り口は……ああ、どうなっていたかなあ。お城の中も、ああ、思い出せない」


「でも、二コラは誰かに助けられて城の外へ出られたんだろ。城の事をよく知っている侍従か誰かが一番警備の手薄な所から逃げ出したんだ。ああ、覚えていればなあ」


 ニコラは悔しがってテーブルをどんどんたたいた。口をぎゅっと結び、への字に曲げている。


 そうだ、ニコラ! 思い出すんだ、どこから逃げてきたのかを! おお、思い出したのか?


「ああ、やっぱり思い出せない。でも、近くに森があって小川が流れてるのよ。そこに舟が止まってたんだと思う。流れは割と緩やかで、そのまま下っていくと……リベール王国に出る」


 ニコラは今度は俺の手を両手で握りしめている。その手はじっとりと汗ばんでいる。必死に思い出そうとしていたのだ。


「う――――っ」


 悶絶の表情をしてテーブルに臥せった。


「ダメだわ――。悔しい―――っ」


 俺は二コラの頭に手を置き、そっと髪の毛を撫でた。柔らかい髪の感触が手に心地よかった。しかし今はこんなことを喜んでいる場合じゃない。


「行ってみれば、何か重要なことを思い出すだろう。そこから敵陣を突破するきっかけがつかめるかもしれない。俺は奴らの中に入って行く覚悟はできてる。二人の知恵とザシャと新しく雇った侍女のリンデルの四人でこの難局を乗り切ろうぜ! 彼女は冷静沈着で、土壇場でも落ち着いた行動がとれそうだ」


 シャルロッテ夫人がこの旅行を機にニコラのために雇ってくれた侍女はリンデルという名だった。彼女は、他家ではメイドとして働いていた女性で、人望も厚かった。夫人の古くからの知り合いの家で働いていたのだが、無理を押して頼み込みここへ来てもらった。給金もメイドの時よりもかなり上乗せした。侍女として迎えられるとあって、本人も期待していた。


 ニコラは初対面ながら親しみを感じていた。控えめだが、芯の強さが見られ、いざとなった時に頼りになりそうだった。


 何の具体策もないのに、やたら息巻いているクラウスの様子を見ながら、それでも嬉しくなってくるのが不思議だ。自分のためにこんなに夢中になって考えているのを見ているのは悪くない。


「ねえ、魔術の腕はどのくらい上がったの?」


「よし、見せてやるから外へ行こう」


 ニコラは編み物を放り出して外へ急いだ。誰にも見られていないことを確認し、裏庭へ出てからさらに進み林の中へ入った。ここなら人の眼はない。


「その古い切り株を見ていろよ!」


「切り株が……どうなるの?」


 クラウスは、両手を胸の前で組み、神経を集中させた。何の変哲もない古い切り株が目の前にある。何重にもなった年輪が、その木の古さを物語っている。クラウスは、体いっぱいに力を漲らせ両腕を切り株へ向けた。その時、ドンという衝撃が地面に走り、切り株が真ん中から真っ二つに割れた。


「凄い! 凄いよ、クラウス! こんなことができるの!」


 ニコラはにわかには信じられなかったが、切り株に入った亀裂がクラウスの魔術の証拠だった。


「ふーっ、よしッ! 成功だ! この技を使えば、ゲレオンだって倒せる!」


「いざという時に使って! それまでは隠しておかなきゃ」


「そうだな。あと、この技は続けて何度も使えない。エネルギーを蓄える必要があるんだ」


「じゃあ、ここぞというときに使いましょう」


 ニコラはクラウスの手をぎゅっと掴み、固く手を握り合った。


「いざ、フォルスト公国へ!」


「おう、姫がようやく国へ戻るんだ! 行くぞ!」


「最愛の家臣クラウスと共に!」


 二人だけで、ささやかに誓い合った。クラウスはローザに一週間ほど旅に出ると言っておいた。



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