第25話 フォルスト公国からの招待状
ローザの怪我がまだ完全に治りきらず、クラウスはたびたびクラッセン家に見舞いに訪れていた。ローザは気まずい思いを隠しながら、微笑みを絶やさないで迎えた。クラウスは、ただ申し訳なく思いながら通っていた。怪我が治ったら、以前のような気持で会うことができるだろうか。今は何も考えないことにした。傷ついているのは、クラウスの心の方。出かけていくクラウスを見守る二コラの心は、彼への憐憫に溢れていた。
―――無理をしているのね、クラウス……。
―――可哀そうなクラウス……。
そんな矢先に、隣国フォルスト公国から、レオン・ホフマン子爵と、シャルロッテの妹で夫人のエリーゼから手紙が届いた。そこにはクラウスと二コラにぜひ訪ねてくるように、と書かれていた。フォルスト公国訪問はクラウスのかねてからの望みだった。
ニコラも共に知らせを聞いたが、クラウスの方を向き口をへの字に曲げて言った。
「忘れた頃に知らせが来たわね。どうしようかなあ、いまさら」
クラウスと、何度も手紙を見ながら思いあぐねている。この旅自体には危険はなさそうだが、行ってから自分の心が変化しそうで怖かった。ただ物見遊山に出かけて行って現実を目の当たりにして、平静を保って戻ってきてここでの生活を続けることができるのだろうかと。
そんな様子を見て、クラウスは真剣に説得しようとしている。
「何を言ってるんだ。せっかくのチャンスだ。これを逃したら、いつ故郷へ帰れるかわからないぞ!」
クラウスは今まで念じていた思いがやっとかなうとあって、熱い口調で言った。やっとニコラの仇を打ちに敵陣に乗り込むことができる。行かないなんて、考えられない。どうにかしてニコラを説得しなければ。
「クラウス、私今の生活に十分満足してるの。現実を見たら、この生活が崩れていきそうで怖いのよ」
ニコラは恐れている。いや、自分の憎しみに蓋をして忘れようとしているのかもしれない。そんなのはだめだ。ちゃんと現実に向き合わなければ。
「なあ、行ってみるだけでもいいんだ。俺は二コラの生まれ故郷を見てみたい。どんなところで生まれ育ったのか興味がある。復讐するかどうかは、そのあと考えればいいさ。俺たちは、今ではブリーゲル男爵家の子供だ。たとえゲレオンに会っても何も疑われることはないし、誰も恐れる者はいない」
ニコラは、猜疑心のこもった眼をクラウスの方へ向けた。
―――果たして本当に身元がばれることはないのだろうか。
―――どんな小さな手掛かりからでも、彼らは突き止めてしまうのではないか。
眼に見えない敵に怯えるニコラのこわばった表情の理由がクラウスにも分った。やはり自分の身元がばれて本当の名前、たった一人の王族の生き残りであるローゼマリーだとわかってしまったらどうなるのか、を恐れているのだ。
「本当に、疑われることはない?」
ニコラは顔を上げてクラウスに訊いた。クラウスの返事次第では、勇気を奮い起こすことが出来そうな気がする。
「絶対に、無い。ホフマン子爵家の人たちにも、俺たちが養子だということを内緒にしておいてもらう。彼等さえ口をつぐんでいてくれれば、俺たちの身元を知るものは、フォルスト公国には……いない! もし万が一にも養子だとばれたら、俺と同じ船乗りの娘だと言えばいい」
再び、ニコラは眉間にしわを寄せて考え込んだ。それから、顔を上げきっと空を睨むように言った。
「じゃあ、クラウスがついていることだし、私も行くことにする! 行って全てを無くした元凶、憎っくきゲレオンの顔を見てくる。私が取り乱さないように、クラウス、ついていてね!」
「よーしっ! 決まりだ! これから忙しくなるぞ。早速ホフマン夫妻に手紙を書いて、旅の準備を始めよう!」
クラウスは、ニコラの言葉を聞き、胸の中は喜びであふれていた。二コラが自分の事を信頼してくれたのだ。二人が今すぐにでも出かけたいとの意向をブリーゲル夫妻に知らせると、何も知らない彼らは喜んで行ってくるように言った。
「私たちからも手紙を出すわ。ホフマン家には客間が何室もあるらしいから、一週間ぐらいゆっくり泊まってくるといいわ。妹にもよく頼んでおくから。いとこたちにも会えるし、とても景色の美しい土地らしいからたのしみね」
ブリーゲル夫妻は、隣国へ息子と娘をちょっとした旅に出すつもりで明るくいった。
「ただし、使用人を一人、そうねえ一番腕力に強いザシャを連れて行きなさい。もしもの時の用心のために。あと一人、ニコラには侍女を雇ってついて行かせましょう。早速手配をするから、待ってらっしゃい。あと、美味しいお菓子やお土産をたくさん持たせましょうね。さあ、私も忙しくなるわ」
ブリーゲル夫妻は子供達の初めての遠出とあり、うきうきと準備を始めた。二コラは寒い季節に備えてショールを編んだり、子供達へ木彫りの人形を買い求めたりした。皆があわただしく旅の支度をしていた。クラウスは、言うまでもなく魔術の腕を磨くべく、裏庭へ出てせっせと体を鍛えた。人目につかないところへ行き魔術を試してみたりもした。ブルーノを撃退したぐらいじゃ、ゲレオンは倒せないぞ。何時間もクラウスの特訓は続いた。
皆一週間後の出発に向けて大忙しだった。
そんなニコラの部屋へ、クラウスがやってきた。
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