第24話 ブルーノ、二コラとの結婚を断る
―――ブルーノの後を、二コラが追っていく。
―――廊下をずんずん進んでいくブルーノに、二コラは手を伸ばしながら走る。
―――後ろを振り返ったブルーノは、身に迫りくる危険から必死で逃れようと気持ちがせく。
脚がもつれ、つんのめりながら前進し玄関の戸に手を掛けた。
玄関のドアノブをガチャガチャと回している時、二コラに追いつかれ、肩に再び衝撃が走った。雷に打たれたことはなかったが、打たれたとしたらこんなふうになるのだろうか、というほどの体中が痺れ身動きが取れなくなるような衝撃だった。
ブルーノが振り向くと、二コラが右腕を自分の方に向けて不気味に微笑んでいた。
「やっ、やめてくれ! お願いだ! 帰してくれ!」
ニコラは、悲嘆と恨みのこもった眼でブルーノを見つめる。
「酷いお方……あれ程私を好きだとおっしゃったのに……私の気持ちをもてあそんだのですね! 私……どうしたらいいの……」
「ち、ち、ち、違うんだ――っ! そんな魔法のような力があるなんて知らなかったから!」
「それでは、結婚は取りやめですか?」
ニコラの眼には涙が浮かんできた。ここで泣かなければ、この先自分の命はないものと思い必死で涙を振り絞った。
「許してくれ――!」
「では、お約束してください。なぜ結婚を取りやめるのか、理由を誰にも明かさないと……。このことはあなた様の胸にしまっておいてください。さもないと、私の恨みが一生あなたにつきまとい、今のような苦しみから逃れることが出来なくなります!」
「わ、わ、わ、分かったから、もう帰してくれ!」
「お約束ですよ! 絶対お守りください」
「決して誰にも言わない! 信じてくれ!」
ニコラは、ブルーノの方へ向けた手を下へおろした。ブルーノは、ふーっと大きなため息をつき、その場に座り込んだ。二コラはドレスのすそを揺らせながら、くるりと彼の周りを歩きながらドアを開けた。もう何の衝撃も起こらなかった。
ブルーノは走るように、待たせていた馬車に乗りこみ御者に命じて逃げ帰った。
⋆
翌日グーゼンバーグ伯爵家から使者がやってきた。
使者は丁寧にあいさつし、ブリーゲル氏に手紙と箱を手渡した。
彼は良い知らせなのだろうと、大急ぎでシャルロッテ夫人とともに封を開けて読んだ。
『拝啓。あれ程お嬢様に心を奪われ結婚を望んでいた我が息子ブルーノですが、昨日お嬢様とお会いした後、気持ちが急に変わったと申しております。なぜかと理由を問いただしても、何も答えようとしません。もう結婚する気持ちはない、と言い張るばかりです。こちらから言い出したことで大変恐縮ですが、この結婚は取りやめたいと思います。使者に持たせた箱は、せめてものお詫びの気持ちです。お納めください。グーゼンバーグ』
シャルロッテ夫人は、顔を真っ赤にして怒りを表した。
「なぜ、なぜなの! こんな短い手紙をよこして、これっきりにしようっていうことなのニコラのどこが気に入らないっていうの! あんないい娘なのに。ちっとも人を見る目がない! あれ程自分から会いたいと頼み込んできたくせに。ああ、二コラになんて伝えたらいいの……可哀そうすぎるわ」
トニオも、怒りをあらわにして怒鳴った。
「何て男だ! 軽薄にもほどがある! ころころと心変わりしおって。ああ、二コラにこのことは伝えねばならない。呼んでくるんだ!」
トニオは、メイドのハンナに呼びに行かせた。
ニコラは、二人の部屋へ入ってくると、涼しい顔をして座った。
「何か御用でしょうか、お父様、お母さま? あら、二人とも何を怒っていらっしゃるの?」
「そこへ座って、落ち着いて聞いて頂戴」
「お母様こそ落ち着いてください」
「あの、憎きブルーノから手紙が来たの」
シャルロッテ夫人は、トニオの手から手紙を奪い取り、深呼吸してから二コラに先ほどの手紙を読んで聞かせた。二コラは予想していたことだったが、驚き悲しむ演技をした。夫妻にとっては予想通りの反応だったので、必死に慰めてくれた。二コラは、悲しそうな顔を上げていった。
「私など、伯爵家のご子息に気に入られるはずがなかったのです。所詮身分違いの結婚、仕方ありませんわ。でも、悲しいわ。暫く一人にしておいてください。やはりまだ私には結婚は早いようですから」
涙を浮かべて夫妻の部屋を後にしてクラウスの部屋へ直行し、事の顛末を報告した。
クラウスは言った。
「あいつがフォルスト公国のゲレオンの親戚だなんていうからだ」
「私本気にしちゃったけど……はったりだったのかしら」
「いや、たぶん本当の事だろう。はったりで、隣国の事情なんか話すはずがない。俺たちの事がばれなきゃいいけど」
「誰かに話したら、また今回みたいなことになるって口止めはしたけど」
「まあ、結婚だけは回避出来たからな。いずれ、フォルスト公国のへ行けば、色々なことがはっきりするだろうから」
ニコラは、今回の事を魔術で乗り越えられたことが嬉しかった。クラウスは、いつの間にかこれほどの力が出せるようになってきたのだから。椅子に座っているクラウスのそばへ寄っていった。
「クラウス、やっぱりいざとなったら頼りになるわ。もっと魔術の腕を磨いておいてね」
ニコラは、クラウスの両手をしっかりと握りしめた。
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