第22話 ブルーノ撃退計画

一同はレストランを出て、別々の馬車に乗り帰路についた。


 屋敷へ戻るとニコラはクラウスの部屋へ行き、その日の顛末を事細かに報告した。その後の計画を練るのに、クラウスの知恵を借りようと思ったのだ。思わぬところからゲレオンの知り合いが現れたことが、二コラに危機感を与えていた。二コラは眉間に皺を寄せ、あごを左右に開いた両手の上に乗せ、考え込んでいる。その姿勢で、ぽつりと言った。


「ブルーノと婚約して、グーゼンバーグ家に乗り込んでいこうかしら?」


 クラウスは、目を丸くして驚いた。


「何のために?」


「決まってるわ。ゲレオンに近づいて復讐する為」


「あれ、いつか復讐なんてもうどうでもよくなったって言わなかった?」


「そう言ったわね。今のままでもいいかなと思ったから。でも、ブルーノがゲレオンの親戚だと聞いて考えが変わったのよ」


 二コラは言いながら、体はぶるぶると震えている。本当は怖くて仕方がない。その様子を見る限り、正体を見破られてしまう危険性の方が高い。そんな様子を見て、クラウスは二コラに行った。


「やめた方がいい。今は、あいつから離れる方法を考えた方が無難だ。というか……安全だ。復讐の機会は、また来るだろう」


 なかなか復讐の機会がないから、二コラはしびれを切らしているようだ。しかし、ここは慎重に行動すべきだ。クラウスは二コラに近寄り、声が外部へ漏れないよう小声で言った。


「ブルーノに手紙を送って、家で会いたいと連絡するんだ。家へおびき寄せれば、俺が何とか対策を講じる」


「何とかって……どんな対策?」


「俺の魔術の力を使って奴にお前との結婚を辞めさせる。正確に言うと、結婚すると身の危険が生じると思わせるんだ。そうすれば、やめざるをえないだろう」


「そんなことができるの!」


「出来るかどうか、俺の魔力をすべて出し切ってやってみる! 失敗するかもしれないが、何もしないで手をこまねいて、成り行きで結婚してしまうのはなお危険だ。どうだろう?」


 二コラは、腕組みをして唸っている。目に浮かぶのは、家柄を鼻にかけ実行力は全くなさそうなブルーノの姿だ。嫌われる作戦にかけてみようか。


「やってみましょう! 危険が伴ってもいいわ。あなたの魔力で私が死ぬことはないでしょう?」


「そんな心配には及ばない。ブルーノにはちょっと手荒なことをするから、少々怪我をするかもしれないが、原因は目には見えないからバレることはないだろう」


「それじゃあ、さっそく手紙を書いて出すわ! おびき出すために、ちょっと甘い言葉を使ってね」


 二コラはそう言うと、すぐに自分の机に向かいブルーノに甘い言葉を便せんに並べた。


 書き終わるとすぐに、クラウスに見せた。クラウスは声を出して読んでみた。


『この間お会いしてから、会えない一日は、十日ぐらいの長さに感じられます。それほどあなた様が魅力的な証拠。すぐにでも会いに来てくださらないと、私はどうにかなってしまいそうです。そうなる前に、是非とも私の家へ会いにいらしてください。来られる日がわかったらご連絡をください。必ずやご連絡をくださるものと、首を長くしてお待ち申し上げております。二コラ』


 クラウスは、手紙の感想を言った。


「プライドの高い奴のようだから、適度に刺激してやるといいな。最後に愛してるって書いてみたらどうだろう?」


「愛してる、はちょっと言いすぎだから控えめに、あなたをお慕いしています、にしましょう! じゃあそれを付け加えて、手紙を出すことにする!」


「家へ来ればもうこっちのもんだ。何とか奴に魔術を掛けて退散させよう。この手紙は、直接ザシャに持って行かせる。できれば、返事をその場でもらってくるように伝えよう」


「ありがとう、クラウス。首尾よくやるわ」


 翌日の早朝ザシャは手紙を持ってブルーノの元に向かった。馬で三時間もかかり、その場で返事を聞いてくることができた。二人が思ったとおり、二コラに会ってからは、恋心が募って仕方がないらしく、手紙を見て興奮を抑えることが出来なかったようだ。ザシャはその場で、二日後に来るという返事をもらいグーゼンバーグ家を後にした。


 クラウスはザシャにその時の様子を訊いた。


「ブルーノ様は、手紙を読むと、胸を逸らせて俺にこうおっしゃいました。お前のところのお嬢様は、俺の魅力の前に、プライドもかなぐり捨てて自分の気持ちを伝えてきた。彼女のご期待にそえるよう、今すぐにでも飛んでいきたいが、こちらにも都合がある。二日後に伺うとお伝えください、とおっしゃいました」


「ご苦労だった、ザシャ。遠方まで行ってもらい大変だっただろう。大切な用だったので、君に頼んだ。二日後客人をお迎えすることになったが、その時は手を貸してくれ」


「お安い御用です。何なりとお申し付けください。お二人のお役に立てれば、光栄です」


 ザシャは長旅の疲れも見せずに下がった。


 クラウスは、シャルロッテ夫人に頼み、当日は朝から応接間の配置を変える事にした。二コラが緊張しないで会えるようにと、二人きりにしてほしいとも言っておいた。その間に、クラウスが部屋に隠れ、二コラとブルーノの動きを見張ることにした。


 クラウスは二コラに、計画の概要を説明した。


「さあ、二日後が楽しみだぞ」


「私は、この間と同じように話していていいのね」


「ああ、できるだけさりげなく、さもあいつに気があるように、話を長引かせてくれ。じらせるぐらいがちょうどいい。決してお前には危害は及ばない……はずだ。十分に気を付ける!」


「平気よ、私は少しぐらい。逞しいのよ」


「そうだったな」


「じゃあ二コラ」


 クラウスは、二コラの額にキスをした。二コラは微笑んで部屋へ戻った。


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